転がったオレンジ

見ることは、そのまま覚えることにつながる。でも、見ないことは、わすれることにはつながらない。


瞼の裏にさまざまな記憶が飛び交うのを必死で抑えて、周りの音に耳を澄ます。ざわめきは、何をいっているのかわからない。一つの声に集中して聞こうとすれば、それなりにその人の声だけ、耳は拾う。でも、やっぱりイタリア語だから、何を言っているのかは話からなった。


「紫杏様」


不意に、名前を呼ばれて、閉じていた目をあけ、上を見上げる。


そこには、片方の手に白ワインの入ったグラスを。片方の手に、オレンジジュースと思われるものが入ったコップをもってイリーシャさんがいた。


「こぼさないようにしてくださいね。面倒事はごめんですから」


コクンとうなずいて、そのコップを受け取って口をつける。思った通り、オレンジジュースだった。甘く冷たい感覚が口の中に広がって、少し息を吐き出す。


「……行きますよ」


突然の言葉に首をかしげて見上げれば、冷たい視線が降ってくる。その視線に、思わず目をそむけた。


「いつまでも、壁際にいては不自然です。それでは、疑ってくれといっているようなものです」


そういうと、彼女はさっさと歩きだしてしまう。私は、どうすればよいのかわからなかったけど、この人の傍を離れるのもダメなんだろうと思いいたり、コップを手にしたまま彼女の跡を追った。


でも、足の長さの違いもあって、悠然と歩いている彼女に対し、私は少し後ろを小走りで走る。


でも、やっぱり人ごみのなかということもあって、前を横切る人になんど蹴られそうになったり、ぶつかりそうになったか。しかも、小走りでコップのことも気にしないといけないから、途中で転びそうになった。


声が出たら、待ってっ!と叫んでいるのに。


少しずつ遠くなっていくイリーシャさんの影を必死に見失わないようにと首を伸ばしながら走っていると、いきなり目の前を青いドレスが横切り、それに反応しきれずに、私はその人にぶつかってしまった。


「Il mio vestito è stato macchiato!!」


悲鳴とともに、ヒステリックに叫ぶ女の人が、目の前にいた。ぶつかってしまった拍子に、目の前の人のドレスに、オレンジジュースをかけてしまっていた。


金切り声をあげる女の人は、私の方をキッと睨む。そして、人目も気にせずに、私に何かを怒鳴ってきた。でも、イタリア語だし何を言っているのかわからない。私たちの騒動にその場が騒然となっていた。


[ごめんなさい]


手帳に素早く書きこんで見せるけど、当り前ながら日本語は読めない。その様子に、彼女はまた何かを怒鳴っていた。


素早く、ボーイの人がタオルとかを持ってきて、彼女のドレスの対処をしだす。その様子を見てか、周りは再び騒がしさを取り戻していた。彼女一人が、何かをずっと言っている。
私は、周りに視線を走らせてイリーシャさんを探した。通訳がいないと、イタリア語なんてわからないから。
でも、近くにいない。どうしようかと思っていると突然後ろから抱きあげられた。


「Mia figlia andò via. Yuzuru」


後ろを振り返ってみれば、そこにはリボーンがいて、再び前を見ると、お父さんが、女性の手をとって、その手の甲にキスをしていた。
その行動に、女の人はぴったりと止まる。


「Questo compenserà il vestito.」


「Ci lo è e può dire. Io sono ogni destra. Perché è un bambino.」


お父さんと彼女の言葉を聞いて、後ろでリボーンがくつくつと笑った。


「さっきと言ってることが間逆だな」


「?」


「紫杏のせいだと言っていたのに、今は許すらしいぞ。まあ、ツナの表向きの笑顔だからな」


リボーンはそういうと、私を抱えなおして、今度は真剣な顔になって私を覗き込んできた。あ、怒られる、かも…。


「紫杏。怪我はねえか?」


コクンとうなずく。


「イリーシャはどうした。一緒じゃねえのか」


私は、どうしようかと思って、視線をさまよわせた。だって、私が言った言葉でイリーシャさんが怒られるかもしれない…し。
私は応えずに、いるの、リボーンは不意に視線をそらした。その視線の方へ向くと、イリーシャさんが人ごみの中から少しあわてた様子で出てきた。


「イリーシャ。何処行ってたんだ」


「すいません!少し目を離したすきにっ」


血相を変えて飛んできた彼女の後ろには、こちらを見ている男性がいた。リボーンもそこに目が言ったのか、視線を険しくさせる。


「目を離す?男についていった、の間違いじゃねえのか」


「そんなっ!私は!」


「まあ、いい。紫杏」


[だいじょうぶだよ]


さっき、会話を聞きながら書いた言葉をリボーンに見せる。
でも、思いっきり顔をゆがまされた。


「大丈夫じゃねえぞ。紫杏」


[すみっこでおとなしくしてる。さわぎをおこして、ごめんなさい]


「…チッ。紫杏。もっと頼っていいんだぞ」


[ありがと]


その気持ちだけで十分嬉しかったりするので、これ以上迷惑はかけられない。


リボーンは私をゆっくりとおろすと、お父さんへと視線を向けた。そこには、先ほどの女性とにこやかに話している二人がいた。あんなに怒ってたのに、すごい…。


「なんかあったら、頼るんだぞ」


その言葉に一応うなずいておく。なんかあっても、頼らなさそうだな―っておもいつつ。


そのあと、私は、イリーシャさんに連れられて会場の隅っこに来た。


「紫杏様のお陰で、私がとばっちりです」


[ごめんなさい]


「第一、しゃべれないなんて、不便すぎる。正直、面倒ですね」


[ここにいるから、いっていいですよ]


「本当の子供じゃないというのに上から目線ですか。これだから、子供は嫌いなんですよ」


もう、黙るしかない、って思った。


「第一、そのネックレスも、むかつきますね。まあ、どうせ私の言っている意味なんて半分も理解できないでしょうけど。それ、私がほしいぐらいですよ」


目の前のこの人は、私の言葉なんて聞かない。この人に、私の言葉何て届かない。だから、私は何も言わず、ただ、耐える。全て聞いて、石のように、相手の怒りがおさまるのをまとう。昔、17歳の私がそうだったように。


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