アップステップダウン

パーティー当日。今日は、皆朝から準備でバタバタと行き来していた。私は、一人、部屋で大人しくしている。皆の迷惑になるつもりはないし、緊張して、無邪気に遊べるような神経は持ち合わせていないもん。


「紫杏…。着替え」


クロームさんが入ってきた。手には、この前のドレスと付属品が持たれていて、ベッドで横になっている私の傍に近寄ってきた。
私は、起き上がって、クロームさんの方へ行く。


「これ、着て」


こくんとうなずいてから、ドレスを受け取って着る。夏の今、肩をだしているのはちょうどよかった。でも、冷えるかもしれないから、と言われて、薄いボレロを持たされる。
ウエストよりも短い丈のそれは、白色で、袖を通してみれば肌になじんで触り心地がよかった。


「紫杏。こっち」


手招きをされて、クロームさんの方に行くと、化粧台の前に座らされた。大きな鏡が私を映す。そこには、こっちに着てから黒に戻った長い髪に、淡い水色のドレスを着た女の子が座っている。後ろに立つクロームさんは、櫛で私の髪をとかしていく。


その光景を見ながら、今までの事を少しだけ思い出していた。怖い人たちに追われて、お父さんに拾われて。もし、お父さんがあそこを通りかかっていなかったら?もし、拾われたのがお父さんじゃなかったら、そう考えただけで、怖くなってくる。
だって、そうなったら、私は今こうやって温かい気持ちでいることはなかったかも知れない。


それどころか、もしかしたら死んでいたかもしれないんだ。そう考えたら、運命っていうのは本当にあるのかもしれない。


「おとなしくしてて…」


こてを使って髪をゆるく巻いていく。ストレートだった髪が、少しづつくるまっていく様子を私は凝視していた。髪を巻いたことはないし、ましてやこんなドレスにあった髪型なんてしたことがない。
だから、出来上がりがどんなふうになるのかなーってすごい楽しみだったりする。


クロームさんは、巻いた髪を櫛を使って上にあげていき、一度一つにまとめたところで、ドアがノックされた。
クロームさんは、一瞬顔を歪めてドアを睨んでいたけど、すぐに櫛を置いてそちらに向かった。そっとドアを開けて、外をのぞいている様子が見える。でも、ドアの向こう側に誰がいるのかは私には見えなかった。


「……今ドレスアップ中だからダメ」


「装飾品はもう決めたのか?」


「うん」


「ネックレスは?」


「ない」


「…そうか。じゃあ、紫杏にこっちに来るように言ってくれお」


「……襲っちゃだめ」


「…ハア、分かってるぞ。じゃあ、頼んだぞ」


そこで会話は打ち切られて、クロームさんが戻ってきた。声からしてリボーンだと思うんだけど、なんだったんだろう?


[りぼーん?なんだった?]


「終わったら、部屋に来いって」


なんの用だろう?
そう思っている間にも、クロームさんは私の顔を鏡の方に戻させると、再び再開した。ピンを使って落ちそうな髪を止めていく。巻いた髪がふわっとなるようにもした。
そして最後の仕上げ、髪に、リボンとところについているコサージュと同じ花のコサージュをつけて完成。


「できた」


[ありがとう!りぼーんのとこにいってくる!]


私は、そう書いたのを見せてから、リボーンの部屋に向かった。リボーンの部屋は、廊下を出て左に向かい、二つ目の扉。


コンコン、とノックをすれば、すぐに開かれた。中には、黒いスーツに、中にはワインレッドのポロシャツを着て、紺色のネクタイを締めているリボーンがいた。ボルサリーノの上には、普段通りレオンがいる。


開いた扉を抑えるようにして、中に迎えられた。


「紫杏。にあってるぞ」


[ありがと]


なんだか、はずかしくなって、私は少し俯いた。そのまま、連れられて、ベッドの上に座らされる。さすがに、パーティーにスケッチブックを持っていくわけにはいかないということで、今日は手帳に書いている。そういえば、何か用事があったんだよね、と思って見上げれば、リボーンと目があった。


「紫杏。目を閉じろ」


頭に疑問符を浮かべながらも、促されるままに目を閉じる。ふわっと、香ったリボーンの匂い。そして、ほぼ同時に首筋に冷たい何かが当たって肩をビクッと震わせた。


「もういいぞ」


リボーンの香水の匂いは離れていくと、目を開ける。さっきの冷たさが少しだけ残っていて、首元を見てみれば、綺麗なネックレスがつけてあった。
トップには、卵型の黒い石がつけられていて、その石には青い斑点模様がついている。その青は、深い海の色のようで、とてもきれいだった。


ネックレスから視線をそらしてリボーンを見上げる。


「お守り、だぞ」


おまもり?
もう一度ネックレスに視線を戻す。ひやりとした鎖の感触は、すでに肌の温度と一体化していて気にならなくなっていた。窓から入る光にきらりと光る海の色がきれいだ。


「絶対にはずすんじゃねえぞ。いつでも身につけとけ」


リボーンをみて、ネックレスをみて、もう一度リボーンを見上げる。そんな私の頭を一撫でしたリボーンは、私のよこに座った。ベッドが少し揺れる。しかしすぐに、わきに手を差し込まれてリボーンの膝の上に座らされた。


「よく、似合ってるぞ。紫杏」


ネックレスのトップを手にとって、口づけると、そのままの状態でニヤリと笑った。あまりにも近い顔と、その表情に、私は顔に熱が集まっていくのを感じた。だって、だってっ!なんか、大人なんだもん!


「クククッ、ほら、行くか」


私をおろすと、リボーンは手を差し出した。


私は、うなずいてその手をとる。今の私よりも、ずっとずっと大きな手が私の掌を包み込んだ。
この温もりが、ずっと離れなければいい。そう思って私はリボーンの手をぎゅっと握った。





(皆。準備はできたね?)
(じゃあ、行くよ)


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