「じゃあ、そういうことで、頼むぜ。ツナ」 「はい」 ディーノさんはそういうと、今までの仕事モードの顔から、一変して表情を崩した。そして、妙に緊迫していた部屋の中の空気が一気に緩んだ。 それに、オレは肩の力を抜くように息を吐き出した。 その様子を見て、後ろに立っていたロマーリオさんが笑う。 「なんだ。まだ慣れねえのかい?」 「ええ、まあ…。なかなか」 「ま、ボスは普段とのギャップが激しいからな」 「オレはいつもこんなんだろ」 「いーや。ボスはもっと情けねえぜ?とくに、オレ達部下がいないときはな」 そう言って、豪快に笑うロマーリオさんに、確かに、と心の中だけでうなずく。ディーノさんの、部下がいないときのヘタれぶりは10年たった今でも変わっていなかった。 部下がいなかったら、数歩歩くごとに転び、しかも、短い距離を行き来するのに3時間は有するんだから、苦笑するしかない。 それでも、ロマーリオさんとかの部下がいるときは、本当にすごい兄貴分なんだけどな。 「そういえば、あの電話は誰が出てたんだ?ちびどもでも来たのか?」 「ああ、あれは…」 ちょうどそのとき、ドアをノックする音が聞こえた。それに返答をすると、そっと開けられたドアから麻依が顔だけのぞかせる。 長い黒髪が肩から下がりふわりとゆれる。 「綱吉、お話おわった?」 「ちょうど今、終わったところ」 「よかった。お茶を持ってきたの。ディーノさん、ロマーリオさん、こんにちわ」 「おう、久しぶりだな!麻依」 麻依は、ソファーの後ろに立っていたロマーリオさんに紅茶を渡すと、俺とディーノさんの前のローテーブルの上にそれぞれ紅茶をのせた。 「少し見ねえ間にまた、美人になったんじゃないか?」 「クスクス、ロマーリオさんはお世辞がうまいですね」 「いや、世辞じゃあないぜ?なあ、ロマーリオ。ますますきれいになってる」 「綱吉!ほめられちゃった!」 ディーノさんの言葉に赤くなった顔を隠すように、手で頬を覆っている麻依は、はずかしそうにしながらも、うれしそうにほほ笑んでいた。 「ディーノさん。麻依を口説くのはやめてください」 「俺だけかよ!」 「そうだぞ、ディーノ」 「「!!リボーン!」」 部屋に入ると、お父さん、お母さん以外に、金髪の髪を少し跳ねさせた男の人がお父さんの前に座っていて、その隣に立っているのは、黒いスーツを着て眼鏡をかけている男の人だった。どっちも知らない人。 そして、なぜかリボーンが声をかけると同時に、お父さんと金髪の人が肩を跳ねさせた。 「屋敷内で気配消して歩くなよ!」 「紫杏もいるんだ。これぐらい感じ取れねえようじゃまだまだだな」 「紫杏?」 そうつぶやいたのは、金髪さん。金髪のこの人は、絵本に出てくるような王子様だった。あれ?というか、お客さんがこの人ってことは…、電話の人って…。 「ディーノさん!紹介します!私たちの娘の紫杏です」 お母さんがにこにこしながら近づいてきて、リボーンから私を受け取った。私は為すがままで、お母さんの首に抱きついていて、ディーノさんと呼ばれた人を見た。 「紫杏ちゃん。こちらは、キャバッローネファミリーのボスのディーノさんと、部下のロマーリオさんよ」 「よろしくな!」 ディーノさんはニカッと笑った。ロマーリオさんは少し頭を下げた。でも、その瞳は、マフィアらしくなく、二人とも優しいものだった。 私は、すぐにスケッチブックにペンで文字をかく。その様子を、疑問を浮かべて見ているけど、ディーノさんに謝らなくっちゃ! [さっき、でんわでまちがって、でちゃって、ごめんなさい] 「ああ、電話に出たのはツナん所のガキだったんだな。別にいいぜ?気にしてないからな」 [紫杏っていいます。よろしくおねがいします] 「ハハハ!こりゃ、ボスよりしっかりしてるんじゃねえか?」 「なっ!そりゃねえぜ、ロマーリオ…」 ロマーリオさんは豪快に笑い、ディーノさんは苦笑を浮かべていた。あれ、二人の上下関係…。上下関係…。ディーノさんってボスだよね。ロマーリオさんって部下だよね。上下関係皆無なんだ…。この二人って。 [なかよしだね] 「クス、そうね。キャバッローネは部下もボスもあまり関係ないところなのよ」 [すごいね] 「そうね」 「ところで、なんで、紫杏はさっきからしゃ―――」 ディーノさんが何か言おうとしたところを、バン!というクラッカーの音よりも重たい音が遮った。吃驚して、固まっていると、徐(おもむろ)に、お父さんが立ち上がった。 「紫杏、麻依。二人でお茶菓子持ってきてくれないかな?リボーンの分と、あと紫杏の分もね」 「うん。紫杏ちゃん、行こう?」 お母さんに言われて、ようやく動いた首は、お母さんの優しい茶色がかった目をとらえた。私はお母さんに抱きかかえられたままだったし、そのまま何も応えることもできずに部屋から、出ることになったのだった。 *** 二人が部屋から出たのを見届けてから、一つ溜息をつく。見れば、ロマーリオさんとディーノさんは険しい顔をして、発砲した本人を見ていた。というより、睨んでいる。 まあ、そりゃそうだよな。いきなり発砲されたら、相手があのリボーンだからって、な。 しかも、その本人であるリボーンは、そしらぬ顔でそっぽを向いている。ったく。どうせなら弁解かなんかしろよな。俺に全部まかせんなっつーの。 「ディーノさん。ロマーリオさん。すいません。お願いですから座ってください」 「いくら、リボーンでも、そりゃねえんじゃねえか?」 「フン、昔の家庭教師のよしみだ。しっかり外したんだから感謝しろ」 険悪な雰囲気があたりを漂う。 それにしても、まさかあそこでリボーンが発砲するとはなあ…。紫杏をかばうような形だったけど。 「ハア…。リボーン今のはお前が悪い」 「俺じゃねえぞ。ディーノが悪い」 「なっ!何が悪かったんだよ!」 「察してやることもできねえのか。だから、いつまでたってもヘナチョコなんだ」 「ディーノさん、落ちついてください。リボーンも煽るなよな」 リボーンが発砲したわけは、ディーノさんが言おうとした言葉を遮ろうとしたから。それだけ、リボーンにとっても紫杏のことを気にかけているんだから、喜ぶべきところなんだけど…。 「ディーノさん。さっき、ディーノさんが紫杏に言おうとしたことありましたよね。あれ、なんでした?」 「…ただ、さっきからしゃべらなかったから、なんでかと思っただけだ」 「紫杏は、しゃべらないんじゃなくて、声が出ないんですよ」 苦笑交じりに言えば、見開く二人の目。リボーンは相変わらずそっぽを向いている。 「その話はあまり、触れないようにしているんです。何があってそうなったかもわかっていませんから」 「そう、か…」 下を向いてしまったディーノさん。まあ、最初に説明も何もしなかった俺が悪かったんだけどな。にしても、リボーンももっと別の方法があっただろ。 床に穴があいちゃってるし。 「あ、リボーン。床の弁償よろしくな」 「ハッ、なんで俺が」 「お前が開けた穴だろ。そういうことは、ちゃんとしろよな」 「だって、俺まだ10歳だもん」 「いやいやいやっ!見えないからな!しかも、こういうときだけ、子供ぶるなよ!」 「チッ、さすがにもう効かないか」 「昔から効いてなかったから!」 ったく。第一、昔ってお前がまだ1歳のときだろ。赤ちゃんだったから、まだ…『まだ』いいものの(ここ、強調)10歳にもなって、しかも、通常の10歳より大人っぽく大人にまぎれていても、それなりに見えるのに、気持ち悪いだけだろ。 「気持ち悪いとはなんだ」 「……読心術禁止」 ったく。10歳を強調するなら、もっと子供っぽいことしてから言えよな…。 「えーっと、で、なんでしたっけ」 話しを戻すために、オレは再びディーノさんに向き合う。今日は、さっき話していた内容のこともあったけど、もうひとつ頼みたいことが会ったんだった。 「ディーノさんに、一つ頼みごとをしたいんですけど」 「かわいい弟分の頼みならなんでも聞くぜ?」 この人は相変わらずだと、心の中で苦笑する。もし、変なお願だったらどうするつもりなんだろ。 「明日、一日紫杏を預かってもらえませんか?」 「?」 「明日は珍しく幹部も全員ではらっていて…。ちょっといろいろとあって、あの子を一人にはしたくないんです。俺も麻依もしなきゃいけないことがあるし…」 「いろいろって、何か聞いてもいいか?」 「アボロッティオファミリーがあの子を探しまわっています」 「アボロッティオ?」 「中小マフィアだぜ、ボス」 ロマーリオさんがいったとおり、中小マフィアだ。ディーノさんは、しばらく考え込んだ後、疑問の眼差しを向けてきた。 「そんな奴らが、ボンゴレの姫に?」 「紫杏は奴らの取引現場を目撃しています。そして、紫杏が一人のときを絶対に狙ってくる」 「だから、屋敷にのこしておけない、と」 「はい。お願い、できますか?」 「おう!まかせろ!」 彼の、ニカッと笑うこの笑みを見ていると、とても、頼りがいがあって、安心できる。他のどこに預けるよりも。ずっと。 「ありがとうございます」 「にしても、ツナも大変だな」 「まあ…。今は調査中なんですけど、証拠をつかむまではどうにも動けなくって」 「ツナ」 「!」 リボーンが、扉に目を向けた。オレは、ディーノさんに目配せをして、この話を終わらせることにする。 「じゃあ、ディーノさん。明日はお願しますね」 「おう!」 「お茶持ってきたよー。あーけーてー」 麻依が扉の向こうから呼びかけて、リボーンが扉を開けた。入ってきた麻依と紫杏の手に持っているお盆には、それぞれ珈琲とお茶菓子がのせられている。 「二人ともありがとう。紫杏、こっちおいで」 机にお茶菓子を置かせて、オレは紫杏を呼ぶ。相変わらず無表情だけど、首をかしげてトタトタと近づいてくる。 近づいてきた紫杏を横向きに膝の上に載せる。 あ、なんか、昔のイーピンとか思い出すよな。 サラサラの細い黒髪に指を通しながら、さっきのことを紫杏にも聞かせる。 「紫杏。明日、悪いんだけどディーノさんと一緒にいてもらえないかな?」 「?」 「明日は守護者が珍しく全員出払っててね。オレ達も一緒にいられないから、さ」 [りぼーんは?] 「俺は、野暮用だ。悪いな」 紫杏の顔を覗き込んで見る。無表情のせいで、このことをどう思っているのかがよくわからない。 [あした1にち?] 「うん。明日だけ」 紫杏はじっとオレの目を見てくる。真黒な瞳がオレの中をのぞく。 紫杏は不意にうなずいて、ディーノさんの方を向いた。 [よろしくおねがいします] 「おう!よろしくな!」 ディーノさんはそういうと、そろそろ帰るということで立ち上がった。オレ達も、見送るために立ち上がる。 「じゃあ、明日の朝、迎えにくるのでいいか?」 「はい」 「じゃあ、紫杏。明日はデートしようぜ?」 「なっ!?ディーノさん!」 「まあ!紫杏ちゃん、明日はおめかししなきゃね!」 「麻依!」 [でーと?] 目をパチクリとさせる紫杏。うん。かわいい。ってそうじゃなくってっ! 「ディーノさん!何言ってるんですか!」 「いいじゃない。綱吉。ねー?ディーノさん」 「ああ!だから、行きたいところ考えとけよ?」 コクリと一つうなずいた紫杏の頭を、ディーノさんはぐしゃぐしゃっとなでた。 それから、ロマーリオさんの運転で彼は帰って行った。 (紫杏。明日ロマーリオから離れるんじゃねえぞ) (?[なんで?]) (なんででもだ) ([わかった]) |