六道さんが任務にいってから2日が立った。 私は今、庭に生えている一本の木の下で途方に暮れていた。 目の前には、ピイピイとなく、一羽のヒナ。上を見れば、上空で心配げに鳴いているたぶん母鳥。そして、その先には小さな巣。 もう一度ヒナに視線を戻せば、今、大分、毛が生えてきたところのようで、怪我はしていないみたい。 で、問題はここから。どうやってあそこに戻そうかなってこと。 木に登るのはいいけど、ヒナを持って登るのは大変そう…。それに、昔聞いたことがあるけど、人間の匂いがつくとヒナは、親に見捨てられてしまうらしい。 どうやって運ぼうか、と考える。何か使えそうなもの…、と水色のワンピースのポケットを探れば、中には一枚のハンカチが。 これなら、戻せるよね。 意気込むように、一度大きくうなずいてから、そっとヒナに近寄りハンカチで持ち上げる。不安げに見詰めてくる瞳。上の母鳥も不安そうだ。 いま、戻してあげるからね。 心の中で呟いて、それが伝わりますようにとハンカチ越しにヒナを軽く撫でれば、伝わったのか何なのか、大人しくなった。 それを確認してから、スカートなのも気にせずに、木に手をかける。 この木が、かなりごつごつしている木で助かった。とりあえず、片手だけだけど、足も使えるし、なんとか登れそうだ。 片手両足で、私はいつぶり、または人生初の木のぼりをする。 左手の中のヒナを握りつぶしてしまわないように、そちらに注意を向けながら。 しかし、自分の体を5歳児が片手で支えるというのは、かなりきついことだと挑戦してみてわかった。すぐに、掌が痛くなってくる。自分の体重でもそうだけど、それに加えて木のゴツゴツが手のひらを刺激するのだ。 体力のなさをこんなところで痛感させられるなんて、と思った矢先だった。ある程度まで登っていた高さから、もうひとつ上の枝へ手を伸ばした時、木のこぶにかけていた足が滑り、体勢を崩し、宙をさまよっていた右手は何もつかむことができないまま、体は背中を下にして落ちた。 とっさに頭だけを働かせて、ヒナを守ろうと、ヒナはお腹の上へ持ってきて自分はギュッと目をつむった。 が、いっこうに予想していた痛みはおそってこない。そして、真上では少し荒くなった息遣いが聞こえて、恐る恐る目を開けてみた。 「ハア…。まったく。何を考えてるんですか。木に登るなんて…」 目の前にいたのは、長い藍色の髪をしたオッドアイの彼だった。彼が、危機一髪というところでキャッチしてくれたみたいだった。 「で、何をしたかったんですか」 かなり、呆れ口調で言われ、恐る恐る自分のお腹の上にいるであろうヒナを見る。ハンカチに包まれていて姿は確認できなかったが、ピイピイと鳴いているので怪我はなかったようだ。 「…鳥のヒナ、ですか」 私はうなずいてから、ヒナを指差して、上にある巣を指差した。 「ああ、巣に返してやりたかったんですね」 見事に当ててくれた六道さんに、うなずく。 それから、もう一回立ち上がって再度挑戦。木に手をかけて再び体を持ち上げる。が、先ほど落ちたのと、さっき上ったことにより、上手く力が入らない。 「ハア、仕方ないですね」 その声に後ろを振り返れば、六道さんが立ち上がり、こちらに近寄ってきて、私を抱き上げた。あ、初めてじゃない?六道さんに抱っこしてもらうの。 「ああ、あそこですね。しっかり持っててください」 コクリ、とうなずけば、私を持ったまま、器用に上の方の太い枝をつかみ、体を持ち上げて、少し固定した後、両手で私を持ち上げてくれた。 そうすれば、私の目の前に巣があって、私はハンカチの中のヒナをそっと巣の中に戻した。 他のヒナもピイピイと鳴いている。 親鳥も近くで鳴いていた。 「大丈夫ですか」 六道さんの方を向き、手でオッケーの合図を送る。すると、彼は、そのまま私を抱えて飛び降りた。 「…貴女は綱吉の子供になったのでしょう?それなら、もう少し大人しくしていなさい」 前髪を書きあげて、溜息をつく六道さん。でも、六道さんの言っている意味がわからずに、首をかしげて六道さんを見上げる。 「…なんでもありません。では、僕はこれで」 「!!」 私はあたりを見回して、地面に落ちているスケッチブックを拾うと、走り書きをした。 それで、もう歩き出してしまった、六道さんを追いかける。 なんとか、追いついたのは、もう玄関の前で、やっとのことで、六道さんのズボンをつかんだ。 「…何か?」 [ありがとう!] 「っ!!……」 六道さんは、これを見たあと、何も言わずに中へと入って行ってしまった。 そんなことは、気にしない。ということで、私はまたもとの場所に戻ってさっき見た、ヒナたちを絵に描き始めた。 *** 「綱吉。報告書です」 「おかえり、骸。怪我は…、なさそうだね」 「これぐらいでヘマするわけないじゃないですか」 「そっか」 開けられた執務室から、少し久しぶりに見る人物が現れた。最近、紫杏が気にかけている骸。さびしそうだと、言った。 でも、それは、初めて会ったときから、あまり変わってはいないようだけど…。 「それで?」 「アボロッティオファミリーですが、どうやら、彼女といた時は取引だったようで、子供とはいえ、見られたのですから襲ってきたのでしょう」 「…取引してたものは?」 「クフフ…、アヘン、ですよ」 「!!…やっぱりか」 綱吉は、骸が渡した書類をペラペラと見ながら、深いため息をついた。 「では、僕はこれで」 「うん、お疲れ様」 骸は踵を返して、この部屋を出ようとドアノブに手をかけたところで後ろから呼びとめられた。 「さっきは、ありがとう」 「……なんのことです?」 「紫杏が木から落ちそうになってたのを助けてくれただろ?」 綱吉は、開けられた窓から下を見た。そこには、木に寄りかかって、何か絵を描いている紫杏がいた。 「…僕が助けなくても、綱吉が助けていたでしょう」 「あれ?気づいてたの」 「助けてから、ですがね」 「クス。オレじゃあ、間に合わなかったからね」 「……よく言う…」 「いやいや、これは本当に、だよ」 「…僕は、気を許したわけではありませんよ」 「うん。わかってる」 「そうですか。では、」 さっそうと出て行った骸の後ろ姿を、綱吉は感慨深げに眺めていた。 「オレ達には、眩しいな…。紫杏は」 「どうしたの?綱吉。今骸さんと話してたみたいだけど」 入ってきたのは、麻依で、その手には紅茶とお茶菓子が入ったお皿が持たれていた。 「ううん。ただ、やっぱり、紫杏に変な虫がつかないといいなって…」 「クスクス、何それ。無理よ。だって、紫杏ちゃんは絶対に美人さんよ?」 「そうなんだよねえ…。オレ、耐えれるかな」 「今からそんなんじゃ、愛想尽かされるのも時間の問題ね」 「ええ!?」 「父親は、なつかれているうちが花よ?大きくなったら、だんだん恥ずかしくなって来るものだから。私もそうだったけど」 「えー、そんなの嫌だなあ。…どうしよう、麻依」 「それに比べて、私は、ショッピングもできるだろうし、楽しみだなー」 「オレも、それ、ついてくから!」 「ダメよ。女同士の買い物に男はじゃ・ま・よ」 「麻依〜」 情けない声を出すと、麻依はクスクスと笑いをこらえるように笑い始めてしまった。 ああ、でも、それは、それで心配だけど、紫杏は優しい子だからきっと、なんだかんだでかまってくれる…、と思いたい。 (無理だな) (リボーン!いきなり入ってきて、人の心読むなよ!) (フン、読まれるお前が悪いんだぞ) ([なんのはなし?]) (んー…、かわいい娘を持つと大変だねって話) (??) |