夢と現の狭間で僕は

ああ、今私は夢を見ているんだ。だって、そうじゃなかったら、5歳のころの記憶なんて見るわけないもの。


目の前には5歳のころの自分がいた。このころはまだ何も知らなくて、自分のことしか頭になくて、本当にガキだった。
まあ、5歳なんだから、あたりまえって言えばあたりまえなんだけど、それでもこのころにもっと親のことを見ていれば、って今になって本当に思う。


自分のことばかりだったから、両親の変化に気付けなかった。


いつからか、なんてもう忘れてしまったけど、両親は一緒にいることがなくなった。
そして、パパは出て行ってしまった。私と、ママを置いて。


小学生になったときに一度、ママに内緒でパパを探しに行ったことがある。偶然見つけた住所を頼りに、人に聞きながらなんとか見つけ出した。
その時には、来なければよかったと後悔した。


パパは、知らない女の人と子供と笑い合っていた。ママといた時には見せたことのない笑顔だった。


そのとき、私はパパが幸せならいいかとかそんなこと考えられずに、ただ絶望的だった。


ママは、別れた後がむしゃらに働いた。そして、積っていくストレスの矛先は私に向いた。つまり、虐待だ。


今では、ママに彼氏ができるたびに私を置いて出て行って、帰ってきたかと思えばそれは振られた後で、その悲しみはすべて私に向いた。


嗚呼、あのころに戻りたい。あの、まだ何も知らなくて、真っ白だったあのころに…―――




「紫杏!紫杏っ!」


ドタバタと上ってくる足音と、私を呼ぶ声に急激に眠りから引き揚げられた。


上ってくる足音には明らかに怒りが含まれていて、ヒステリックに名前を呼びながら向かってくる人物に、今日も始まったと、諦めが含まれた溜息をつく。


溜息をつくけど、近づいてくる足音に体がこわばるのを感じた。


寝転がっていた体を起こし、ドアの方を見つめる。


早鐘のように鳴る心臓は隠せそうにない。


足音はドアの前でやみ、突然の静寂が訪れる。それによって、さらに緊張は高まっていく。嫌な汗が背中を伝った。


そして、荒々しく、今にも壊れてしまいそうなほどの勢いで開けられたドアの向こうには髪を振り乱し、化粧も崩れ、息を荒くしたママの姿があった。


「いるんなら、返事しなさいよっ!」


そんなことしたら、真っ先にここに飛んでくるじゃない。そんな自殺行為なこと保育園児でもやらないよ…。


「なんとかいいなさいっ!」


思いっきり拳で顔を殴られ、ベッドの上から頭から落ちた。頭の隅で、ああ、しばらく学校には行けないな。って考えていた。


もう、大分感覚が麻痺してるみたい。


痛みなんて、どこかに置いてきてしまったみたいだ。


「アンタさえ!アンタさえいなかったら!!」


髪を痛いほどに鷲掴みされ、体中を拳で殴ったり蹴ったりされる。


「ごめんなっ!ごめっ!ごめんなさい!!」


私の口からは意味のない謝罪がこぼれていく。口の中には血の味が広がった。


「アンタがいなかったら!このっ!化け物め!!」


「ごめっ!ママ!!」


「アンタに、ママなんて言われる筋合いないのよ…。声を聞くだけでも気持ち悪い…」


虐待行為が止んだと思ったら、ぞっとするほど低く小さい声でママはそういった。じゃあ、もう、しゃべらないから、何も、話さないから、だから…。


床に横たわれながら見上げたママは、もうくるっているんじゃないかという目をしていた。


嫌わないで―――


ママはいきなり、机に近づいたと思ったら、机の上に置いてあったスタンドを手に持って、私の方を振り向いて、ニヤリと笑った。
サアっと血の気が引いて行くのがわかった。


痛む体をなんとか腕で支える形で起き上がらせて、なるべく距離をとるために後ろへ体を引きづらせる。


ゆっくりと近づいてくるママの姿に、もう、そこには昔私に笑いかけてくれたママの面影はどこにもなかった。


厚く塗られた化粧。隈のできた目元。ボサボサの髪。手には、コードを地面へと垂らしているスタンド。


そんなママの姿を見た瞬間に、ああ、死ぬかもしれない、と思った。


そして、ママは持っていたスタンドを振り上げて、


「アンタを、生んだことが間違いだったのよっ!」


振り下ろされたスタンドは私の頭に直撃。
頭に強い衝撃を感じるとともに、私の意識は薄れていった。
でも、どこかで安堵していた。
だって、もう、ママを苦しませることはないから…。


どれだけ、虐待されようと、私にとってはたった一人のママだから、どうしても、『憎む』といことができなかったの…。


薄れる意識の中で、17歳の私が泣いていた気がした。


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あきゅろす。
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