ツナの養子になった紫杏。どこで生まれたのか親が誰なのか、何もわからねえ。それでも、ここになじんできているのは目に見えてわかる。 最初は少し警戒した。子供で殺し屋なんてざらにいる。スラムの子供は同情を売るような奴らもいるからな。だから、ツナが連れてきたときに、厄介事が舞い込んだと思った。 ツナは絶対に大丈夫だと言いやがるが…。 そんなの、超直感だろうとなんだろうと疑ってかかるのが筋ってもんだろ。 だから、手をつかまれた時は驚いた。自分の何分の一の小さな手。その手が、まるですがるみたいにつかむから…。 その後もいろいろと驚かされたがな。 瞬間記憶だったり、声が出なかったり。あと、ほとんど無表情だ。それに、自分の家族のことは話したがらねえし、誰も聞こうとしてねえな。 「ガハハ!リボーンみっけ!覚悟しろお!」 「紫杏、楽しいか?」 突っ込んできたアホ牛を手で払いのけてから紫杏に近づく。紫杏はうなずくけど、ランボの方をちらっと見た。 [らんぼ、いいの?] 「俺は格下は相手にしねえ主義なんだ」 紫杏は声が出ないながらもてんてんてん、と沈黙をつくった。 それとほぼ同時に、どこかでボンッと音がした。アホ牛が帰ってきたのか。 「ハア、やれやれ。やっと戻ってこれた…。おや?リボーンに紫杏さんじゃないですか」 「紫杏は何やってたんだ?」 [おにごっこ] 「ハア、また無視か…。リボーン、オレはもう立派な殺し屋になったんだ」 「汗かいたな。ちゃんと水分とるんだぞ」 「……[うん] 「フッ…、まったく、リボーンは変わらない。オレはいつまでも格下だと思うなよ!サンダーチャージッ!」 ピカッと光ったと思えばその光はランボに集まった。腕の中で紫杏がビクッと反応したが、それより…、うざいな。 「覚悟しろ!」 「黙れ」 レオンを杖にして頭をたたけば、あいつは泣きながらどっかにいってしまった。 「さて、紫杏。もうそろそろもどるぞ」 腕の中で、紫杏は小さくうなずく。なんだかんだで世話をしちまってる俺も俺だよな。 空を見上げれば、どんよりと曇った雲が近づいてきていた。今夜は雨だな。 「ああ、今夜は雨が降るぞ」 [あめ?かみなりなる?] 「どうだろうな。なるかもしれねえな」 そういえば少し俯いたまま、俺の肩に手を置いた。こいつは、ほとんど表情を表に出さない。かすかには出てるものの、わかりにくい。喜んでいるのか、悲しんでいるのか、怒っているのか。 感情が乏しいわけじゃねえだろうけどな。 ま、俺にはわかるぞ。 さっき言った通り、夜も遅くなると、雨がパラパラと降り始め、半刻もしないうちにその雨は激しく窓を打ちつけはじめた。空には暗く分厚い雨雲が立ち込め、遠くの方では光っているのが見える。 これは、雷も一緒に来るな。 そういえば、紫杏は雷は怖くないのだろうか…。ガキと言えば、雷は怖がるものだ。 怖いものがあっても、ほとんど無表情でいそうだがな…。 「紫杏、入るぞ」 一応ノックをしてから部屋に足を踏み入れる。しかし、そこには紫杏はおらず、備え付けのシャワールームからは水の音がする。ああ、風呂か。 しばらく、待っていれば出てくるだろうと思い、ソファーに腰掛ける。外では雨の激しさもまし、大分雷が近づいてきたようだ。 ガチャっとドアが開く音がして、しばらくするとドアを開けて紫杏が出てきた。酷く驚いたように目を見開いているから、その表情が面白くて思わず笑ってしまった。 [なんでいるの?] 「いや、ちょっとな」 そのとき、窓の外がピカッと光ったと思うとゴロゴロと雷の地鳴りのような音が響いた。 紫杏に目を向ければ相変わらずの無表情で、いらぬ心配だったかと少しの安堵。正直、ガキに泣かれるのは面倒だ。けど、紫杏が泣いたところはそんなに見た事ねえな。 最初のとき以来、こいつは泣いてねえぞ。 もう、ここにいる必要もないなと思い、立ち上がろうとすれば、また雷が鳴った。しかも、今度は爆弾が落ちたかのようなドカーンという音。視界の隅で、紫杏がビクッと飛び上がったのが見えた。 紫杏を見てみると、少し涙目になって外を見て、それから、部屋を見回した後、箪笥(たんす)のほうへ向かった。 その様子を見ていれば、紫杏は箪笥を開けたかと思うとその中へよじ登り入っていった。箪笥の中の洋服に紛れ込む紫杏。 パタンと軽い音を立てて箪笥の扉が閉まる。 「……何してんだ?」 [なんでもないです] いつもより少し雑な文字が扉の隙間から出てきた。 「なんでもなくねえだろ」 [なんでもない] 「……」 しばらくすると、再び同じような爆弾のような雷の音が響いた。それと同時に、箪笥の中でガタンッと音がする。 ああ、なるほど…。 「知ってるか?この箪笥の四隅にはな、金属があって雷が落ちやすいんだぞ」 そう言い終わるのとほぼ同時に箪笥の扉がバタンと開かれ、転がる様に紫杏が出てきた。 その顔は涙でぬれていて、ぐちゃぐちゃだった。 「なんで俺がいるのに頼らねえ?」 しかし、首を振るだけの紫杏。 書いている余裕がないのか何なのか。 目をぎゅっとつむって、耳もふさいでいる紫杏に歩み寄り、少し震えている体を抱きかかえる。 「頼っていいんだぞ。紫杏。ツナにも麻依にも。他の守護者にだって。頼っていいんだ」 落ちつかせるように背中をトントンと叩きながら、窓の方に近寄りカーテンを閉める。 それから、耳をふさいでいる紫杏をそのままベッドの方へ寝かせた。 「もう寝ろ。寝ちまえば聞こえなくなる」 その声が聞こえたのか、布団をかぶり、丸まる紫杏。その姿はまるで猫のようだった。 「じゃあ、俺はもう行くぞ」 最後に背中をポンポンと叩いてから部屋を出ようと乗っていたベッドから降りようとすれば、涙目で見上げてくる紫杏が俺の服をつかんだ。 これもまた、振り払おうと思えば振り払える手。 しかし、それができないのは…。 「どうした?言わねえとわかんねえぞ?」 まあ、わかるけどな。目が必死で行くなって訴えてる。でも、自分で言わすのも教育だろ?と、言うより、頼られているということが存外嬉しかったりするのだ。 「……」 しかし、じっと見つめたままの紫杏。てこでも動きそうにねえな。 しかし、こっちも折れる気はなく、じっと見つめ返す。紫杏の少し茶色がかった瞳が見つめてくる。 しかし、それも次の雷が鳴って終わった。再びなった雷は一番これまでで近かったからか、バチッというような静電気の音がした後ドカーンッという音が鳴り響いた。 紫杏を見てみれば、目をギュッとつむり、片方の手は耳をふさぎ、それでも、片手で俺の服をつかんでいる。 紫杏はそっと目を開けると、口ぱくで、 “い・て” と言った。しかも、涙目で上目づかい。 「……いいぞ」 これで、断れるやつがいたら見てみたいな。 一緒にベッドの中に入ってやれば、すり寄る様にして顔をうずめてくるから、そっと髪をすくようになでる。 風呂上がりだからか、まだ少し湿った髪は冷たくなっていた。 しばらくすれば寝息が聞こえてきた。ここにいて、朝、ツナに見つかったらきっと怒られるだろうと思い、そっと抜け出そうとすれば、かすかな抵抗。その抵抗の場所を見てみれば、紫杏が服の裾をその小さな手でギュッとつかんだままだった。 「……フッ」 まあ、いいか。 今度は紫杏を抱きしめるようにすると、俺も目を閉じて紫杏の静かな寝息を聞きながら眠りに落ちて行った。 (おーい、起きろよ―。って、なんでリボーンが紫杏と寝てるの!?) (あ?ツナか…) (ちょっ!リボーン!説明しろよ!なんでリボーンが一緒に寝てるんだよ!) (あ?うっせえな。紫杏が起きちまうぞ) (変なことしてないだろうな!) (…フッ、さあな) (えぇぇぇぇええぇ!?) |