お日様の下で

部屋に戻れば、そこにはすでに麦わら帽子が置いてあった。誰が置いてくれたのかなんてわからないけど、私はありがたく借りて、それをふかくかぶるとスケッチブックとペン、色鉛筆各色を持って部屋を出た。


向かう先は、もちろん庭!
きれいな庭だったし、今日の天気も申し分ない。


「お、紫杏。どこ行くんだ?」


角をまがった先にいたのは山本さんだった。


[にわにいくの。やまもとさんは?]


「俺は、今からもう一回行かなきゃいけねえところがあるんだ。今、ツナに一度報告しに戻ってきただけだからな!」


そういえば、山本さんは午前中も任務っていってたっけ…。忙しいんだなあ…。


「どうせだから、下まで一緒に行くか?もうちょい時間あっから、庭まで送ってってやるよ」


[おねがいします]


そう書けば、笑って、手を引っ張られた。
身長差がかなりあるから、腕を上にあげなくちゃいけないけど、私にあわせてゆっくりと歩いてくれている。


手をひかれたまま角を曲がったところで私は立ち止まった。
眼前に見えるのは、この体にとって宿敵ともいえる階段だった。


「ん?どうしたんだ?」


私は、一度唾を飲み込んでから、手をひかれるままに足を踏み出した。階段を降りるときにすべって腰を打ったのはまだ記憶に新しい。というか、今日の出来事だ。


転んでも落ちてしまわないように山本さんの手をぎゅっと握る。それに、首をかしげるのを見えたけど、今はそれどころじゃない。
一生懸命下を見て、一段一段ゆっくりと降りていく。


「そっか。お前には階段がでけえのか」


呟くように山本さんがそう言ったかと思うと、手を思いっきり上に引っ張られ体が浮き上がる。
そして、気づいた時には、山本さんに抱えられていた。


「こっちの方が速いだろ?」


危うく落としそうになったスケッチブックとペン類をもう一度抱えなおす。
山本さんはさわやかに笑いながら私を庭まで連れて行ってくれた。おかげで、階段を下りることはなくてすんだので、本当に感謝だ。


玄関から外に出れば、太陽が頭上で笑っている。


「あ、やべえな。もう時間だ」


私をおろしてから腕時計をみた山本さんはそう言った。


「じゃあ、紫杏。またな。庭はここをまっすぐ行ったら噴水のとこにつくぜ」


[ありがと]


「ハハ、じゃあ、いってくるな!」


手を振って、走って行った山本さんを私も手をふって見送る。なんとなく、山本さんはお兄ちゃんみたいだ。お父さんと同じ年だけど…。
いや、でも、実年齢的に言ったら、お兄ちゃんでもあってるし、というか、お父さんっていう方がおかしいんだよね。どこに、7歳差の親子がいるのさ。


私は、山本さんが指差した方に向かって、歩く。
草を踏みしめる感触が面白い。
裸足になって駆け回ってみたらきっと気持ちいいだろう。それで、最後は草の上でごろんって横になって…。
やってみたい。という好奇心にも似た気持ちを私はなんとか抑える。
今着ている服はお母さんから借りているものだから汚すわけにはいかない。


でも、気持ち良さそう…。


とにかく、私は歩き続けた。庭といっても屋敷がでかい分庭もでかくて、庭園といった方が正しいような気がする。
木はしっかりときれいに揃えられていて、芸術って感じだ。


やっとついた噴水の場所。うっすらとうかぶ額の汗を手の甲で拭う。


噴水には小鳥が水浴びに来ていた。吹き上げられる水は光を反射させてキラキラと輝いては重力に従って落ちていく。


うん。きれいだ。


屋敷の方を見れば、高くそびえる壁。窓という窓が、青空を映し出す。まるで壁に描かれた空のようだ。


近くにあった木陰に入り、芝の上にスケッチブックとペン類を広げる。そして、描き始めた。


描くのは抽象画。今まであったこと、思い、想い、記憶。すべてを一枚の紙の上にのせていく。
何も考えずにただ、想いのままにペンを走らせていく。色を塗っていく。
他人には、何を描いたかなんてよくわからないかもしれないけど、それでもよかった。
私にとって絵は、感情のはけ出し口で、世間に認められたいから描いているわけじゃない。


「みーどーりーたなびくー」


不意に、よくわからない歌声が聞こえてきた。甲高いようで、かわいい声。それが、どんどん近づいてきたかと思ったら、一羽の黄色い鳥が噴水のところに降り立った。


「なーみーもーりーのー」


鳥が口を動かすのと同じように声が聞こえてくるから、どうやらこの鳥がうたっているらしい。
オウムとかが人の言葉をまねてしゃべるのは知ってるけど、こんな小さな鳥でも、話せたりするんだ…。


じっと見ていれば、それに気付いたのか、歌うのをやめてこちらを見てくる。くりくりとした小さな目。


不意に、その鳥は、私の方に飛んできた。誰かに飼われているのか人慣れしていて私が動いても逃げる気配はない。


黄色い鳥は私の前で座り込んで動こうとはしない。それをいいことに私は、そっと手を伸ばしてみる。ふわふわそうな毛並みに触ってみたいという気持ちに逆らえなかったのだ。
人間、素直が一番だと思う。うん。


触れてみれば、思った通りふわふわしていてかわいい。


私は、今まで描いていたページを一枚めくって、新しいページにこの鳥を描き始める。
鳥はそれをじっと見ていた。
できあがったそれを見せれば、その鳥は飛び上がって私の上を飛び回る。


「ヒバード!ヒバード!」


ひばーど?この鳥の名前かな?
誰がつけたんだろう。ここの人の鳥だよね?お父さんとかは飼っているようには見えなかったし、リボーンにはレオンがいるし…。


いくら考えても埒が明かなさそうなので、そこで考えることをいったん中断させて、再び絵を描き始める。
ヒバードはその間も、帽子の上に乗ったり、ほかの鳥と追いかけっこしたりとしていた。





***

「リボーン、庭に紫杏がいると思うんだけど、そろそろ迎えに言ってきてくれない?風が冷たくなってきたし」


執務室で、机で書類にサインをしていたツナはふいに顔を上げたと思ったらそう言ってきた。
俺は、今ツナに書類を持ってきたところで、ついでに休憩程度にエスプレッソを飲んでいるところだった。
思いっきり眉をしかめたのが伝わったのか、少し苦笑の交じった顔をするツナ。


「世話係、だしね?」


「…チッ、いつまでもそれで通用すると思うなよ」


「紫杏がここに慣れるまでだよ。それに、皆と仲良くなるまで、ね」


「それじゃあ、いつまでたっても来ねえぞ」


山本や獄寺はともかく、雲雀や骸が仲良くなんて想像できない。ただでさえ、一人でいたがるような2人だ。犬猿の仲でありながら、やはり似ている。


「そうかな。雲雀さんなんかは、小動物が好きだし大丈夫だと思うんだけど…」


ヒバードか。
確かにそうかもしれないが、だからと言って、あいつがそばに人がいることを許すことはなかなかないことだろうな。
今、雲雀は紫杏について調べているようだから、しばらくしたら何か出てくるだろう。それをどう受け止めるかはあいつ次第なのだ。


「雲雀は確かにそうかもしれねえが、骸は近づかねえぞ」


「うん。そうかもね。でも、オレは紫杏が皆にとっていい影響になると思うんだ」


「…超直感か」


「ハハ、そんなんじゃない。ただの、願望、だよ」


苦笑気味にそう言う。
紫杏がいい影響、か。確かに、今までにない存在ができることは何らかの影響が出てくるだろう。心境の変化は特に。
それが、いい方向へ向くかどうかはわからねえがな。


「それに、リボーンにとってはいい影響、だっただろ?」


それには答えずに、残っていたエスプレッソを口の中に流し込む。珈琲特有の苦みが口の中に広がる。


そのカップを机に置き、俺は立ち上がった。


「夕飯までにそれを終わらせねえと、晩飯抜きになるぞ」


「は!?冗談…―」


銃を向ければ、顔を青くして手を上げるツナ。どうやら、これに対しては条件反射となっているらしい。このまえぼやいていた。


「抗議してる暇があるならさっさと取り掛かれ。俺の言ったことは絶対、だぞ」


急いで取り掛かり始めたツナをしり目に、俺は執務室を出て中庭に向かった。





中庭に行けば、噴水の近くの木の下に紫杏はうつ伏せになっていた。
近づいていけば、静かに寝息を立てているのが聞こえる。


紫杏の近くには、描きかけのスケッチブックとペンや色鉛筆が散らばっていた。
スケッチブックを手にとってページをめくる。


「ヒバードか」


ヒバードの他にも、たくさんの絵が描いてあった。それとともに、文字も書かれている。


日中より冷たくなった風が吹き抜けた。
紫杏はもぞもぞと動き、体を縮こまらせる。
紫杏の格好は、朝と同じで麻依のノースリーブだった。
たしかに、その格好で今の時間は少し寒いかもしれない。


自分のスーツを脱いで起こさないように紫杏にかぶせる。そうすれば、そのスーツを握って、安心したように再び動かなくなった。
紫杏の髪をすく。日本人特有の黒髪は、細く、絡まることなどなくサラサラと流れる。


木によりかかり、レオンを地面に下ろす。そうすれば、レオンは俺を一度見てから、紫杏の近くでうずくまり、目を閉じた。


俺もそれに習うように目を閉じ、ボルサリーノで顔を隠す。


空は夕刻の茜色に染まり、世界を優しく包み込んでいた。


マフィアのトップであるボンゴレとは思えないほどの穏やかな時間が木の下にいる2人と1匹を包み込んだ。


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あきゅろす。
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