この部屋には、本のページをめくる音と、目覚まし時計の秒針が振れる音だけが響いていた。 部屋の中は、殺風景でとても女子高生の部屋とは思えない。部屋にあるのは、折りたたみ式ベッドと本棚。そして、勉強机にタンスのみだ。 女の子らしさのかけらもない部屋。きっと初めて入った人はそういう感想を持つだろう。 部屋の主はというと、ベッドに寝転がって分厚い本を引っ張り出しては読んでいた。優しさを忘れた王子と、慈しみを持った町娘の話だ。 彼女、もとい木内紫杏は少し茶色がかった髪を耳にかけ、一心にその本を読んでいた。 この本は、彼女にとって思い出深いものだった。 ずっと、本棚の奥に埃をかぶって眠っていたこの本は、昔父に買ってもらってまだ字もしっかりと読めないころに読み聞かせをしてもらったものだ。 小さい頃は、その話の内容にあこがれて、こんな恋がしてみたい!と思っていた。 しかし、大人へと近づいて行くうちにその夢のような思いは心の奥底へとしまわれてしまった。 この話の内容は、美しい一人の女性と、野獣となってしまった王子の恋物語。 女性は父を捜しに来たところで野獣である王子と運命的に出会ってしまった。そして、彼女は恋をした。今までの人生を変えてしまうような、恋を…。 それは、決して愛すことのない、愛されることのないと思っていた相手だった―――。 パタン、と分厚い本を閉じて、表紙を手でなぞる。うっすらとついていた埃は指につくが、それも気にせずに、じっと表紙を見つめていた。 表紙には、女性と野獣が手をつなぎ見つめあっている絵が描かれている。 「…私も、人生を変えるような、恋がしたい」 一度は誰だって夢見るようなものだろう。恋を。素敵な、漫画の中のような恋を。 でも、それが叶う人はほんの一握りだろう。いや、もっと少ないか。もしかしたら、そんなものはないのかもしれない。 そのときに愛し合っていても、何年かして離婚してしまう人なんてごまんといるでしょう? 私の両親もそうだった…。 「それでも、憧れるんだ…」 仰向きに寝転がって、何も見えないように腕で目を覆い隠す。そうすれば、音だけが聞こえ、少し安心する。何も見なくて済む。もう、見るのは嫌だった。 どんどん増えていく記憶は確かにあった記憶を塗りつぶしていく。 すべてを暗闇に変えて。 愛されたい。愛したい。人を好きになりたい。自分を好きになってほしい。 でも、好きっていう感情がよくわからない。 「17にもなって、恋の一つもしたことがないなんて…」 自嘲の笑みを口元に浮かべながら言った言葉は、自分以外誰もいない部屋の中へと消えていった。 運命を信じてる? 赤い糸は本当につながってる? あるのなら、なんで見えないのかな? 見えたら、絶対にその人のところへと行くのに…。 私の意識は、腕によって作られた闇の底へと引きづり込まれていった。 |