おはようから始めよう







まばゆい光を感じ、眉を顰めた。ゆっくりとまぶたを押し上げてみるも、目の前には靄がかかったように何もかもがはっきりと見えない。


ぼうっとしたまま目の前のものを見るともなしに見ていると、不意に何かが顔を覗き込んできた。


それは全身真っ白な塊だった。


無遠慮な指がまぶたを無理やり開き、強い光を当ててくる。その眩しさに顔をそむけようとしても、力がうまく入らなかった。


やめて、と言おうとして何かが喉に引っかかり、漏れたのは吐息だけだった。


白い物体な何かを喋っているようだ。しかし、耳もうまく聞こえなくて何をしゃべているのかわからない。まるで水の中にいるみたいだそう思ったのを最後に私は再びまぶたを閉ざした。






「紫杏。今度こそ、起きたか?」


ボルサリーノを被ったリボーンの顔が横からにゅっと現れる。それに目を瞬かせていると、リボーンは私の前で手を振った。


「……あ、」


声を出そうとした瞬間、空気が変なところに飛び込んだようで激しく咳き込んでしまう。反射的に体をくの字に曲げて咳き込むも、空気を吸えていない肺には吐き出す息がなく、苦しみに喘ぐ結果になった。


リボーンが背中を撫でながらどこかに連絡したようで、すぐに医者がくるとなだめてくれる。


白衣の医者が駆け込んできたころには、咳も収まり、リボーンの手によって少しずつ水を与えられていた。


冷たい水が喉を通るたびに体に染み込んでいくことがわかる。どれほど喉が渇いていたのか知る結果になった。


医者からはいくつかの問診があったが、咳き込んだこと以外に特に体に不調はない。強いて言えば体が鉛のように重く、少し寝ている間に急激に太ってしまったみたいだった。それとも、かぶせられている布団がとても重たいのだろうか。


「りぼーん?」

「どうした?」


リボーンは割れ物に触れるようにそっと私の頬に指先を滑らせる。


「ここ、どこ?」

「ここはボンゴレの医療施設だぞ」

「なんで?」

「覚えてねえか?アボロッティオの奴らに誘拐されたんだ」

「ゆうかい?」


物騒な話に目を瞬かせる。


寝起きの頭の回転は遅く。視線を彷徨わせながらゆっくりと思い出してみると、確かにどこかの牢屋に閉じ込められたのだ。リボーンがここにいるということは無事に救出されたということなんだろう。


「なり、よしは?おかあさんは?」

「二人とも元気だぞ」

「おかあさん、あたま、血でてた」

「ああ、そうだったな。今は傷も無くなってる」


大丈夫だと続けたリボーンに安堵する。助けを呼びに行こうとして京子さんに出会ったのだ。そのあと気づいたら牢屋にいたから結局助けを呼びに行けなかったのだ。


「他に聞きたいことはあるか?」

「……この、ふとん、やだ」

「布団?」

「おもい。うごけない」


リボーンは少し考えた後、布団をまくりながら無駄だと思うぞと言った。


リボーンのいうとおり布団をまくってもらったところで温まっていた体が冷える以外に変化はない。体は相変わらずまったくうごかせなくて戸惑う。


「定期的に動かすようにはしてたんだがな。一年も寝たきりだったんだ。筋力が衰えてるんだろ」

「いちねん?」

「そうだ。紫杏がアボロッティオに誘拐されたのは一年前。正確には11ヶ月前だな」


ぽかんと口をあけてリボーンを見上げる。私にはついこの前の出来事のように感じていたのだが、知らない間に季節が巡っていたらしい。


「ほんとう?」

「こんなことで嘘はつかねえ」

「……なんで?」

「お前はどこまで覚えている?」


リボーンの問いかけに、記憶を巡らせる。


牢の中で金髪の男の子と話した。そして、その子が連れて行かれてから私を呼びにきた人がいた。その人に牢屋から出され、そのあとの記憶はない。


そう話すと、リボーンは始めから全て話してくれた。


京子さんがアボロッティオファミリーの間諜だったこと。正確には間諜が京子さんに変装し潜入していた。そして、アボロッティオファミリーが人体実験をしていたこと。私もその実験をさせられたこと。その実験がどういう意図の実験だったのか。


リボーンが救出に来たときにはすでに薬品の投与が始まっていたらしく、約1年間眠っていたのもその薬の影響だと考えられている。目覚めるかも五分五分だったようだ。


この後はいくつか起きてからじゃないとできない検査が待っているらしい。それと体力や筋力を戻すためのリハビリもしなければならないと説明された。


その説明が終わる頃、病室の扉が勢いよく開かれた。


「紫杏!」

「おと、さん?」


肩で息をするお父さんは、私をみると泣きそうに顔を歪めた。そして、目を瞬かせる間に私の体はお父さんの腕の中にすっぽり収まっていた。


「よかった。本当によかったっ」


お父さんの言葉も腕も震えていた。とても心配かけてしまったのだとわかる。その心配がくすぐったく、嬉しいと思えた。


「麻衣も心配してる。今日は難しいけれど、明日には連れてくるからね」


お父さんは私の体を離すと顔を覗き込んだ。その顔が嬉しそうにほころぶのを見て照れくさくなる。


「本当に良かった」

「今、紫杏に現状の説明をしたぞ」

「もう?」

「本来は高校生だ。何の問題もないだろ」


リボーンのその言葉に私は硬直した。目を見開く私に、焦ったのはお父さんだけだった。


「あ。あの、これはね」

「紫杏。雲雀から聞いた。お前が異世界から来たことも、本来は17歳だということも」


動揺を隠せない私に、リボーンは逃げるなというようにまっすぐに黒曜石の瞳を向ける。その目には何の感情も見出せない。


「紫杏がどこまで自分のことをわかっているか知らないが、おそらく紫杏は異世界に転移し、幼児化したわけではない。紫杏のその体は本来別人のものだったはずだ。そいつは、イタリアで生まれイタリアで育った。そして、アボロッティオファミリーにより人体実験をされたがそこから逃げ出した。その際に何らかがあったんだろう。お前と中身が入れ替わった。または、死んだことによりそこに紫杏の魂が入ったと考えられる」


あの子のことだとすぐにわかった。


私であって私ではない。本来ならば交わることのなかった存在。生と死、世界と世界の間で出会ったもう一人の私。彼女は言った。私たちを出会わせたのは愛だと。あの人の愛なのだと。


「わかるか?」


私の瞳からは涙が溢れていた。リボーンに何度も頷く。


「あのこは、ママとパパのところにいったよ。こんどはしあわせになれるよ」


お父さんとリボーンが顔を見合わせるのがわかった。きっと彼らには意味がわからないだろう。それでも私にはそれを説明するだけの余裕はなく、私の胸は様々な感情が絡み合い一杯になっていた。次から次から流れていく涙は、止まることを知らない。


しゃくり上げる私の背をお父さんが優しく撫でてくれる。


やがて、体力がまったくない状態の私は泣き疲れて眠ってしまったらしい。


次に目覚めた時には、お母さんに泣きつかれ、守護者のみんなもそれぞれの空き時間になると顔を見に来てくれた。一年経ったことによりそれぞれ髪型が少し違っていたりするが、概ね変わったところはなかった。一番変化があったのは成吉だ。子供の成長が早いというのを実感する。生まれたばかりだった成吉ははいはいを通り越しつかまり立ちができるようになっていた。体も大きくなっており、すぐに追い抜かれてしまいそうなほどの成長具合に驚く。


そんな訪問客が絶えない状態だったが、合間合間にややこしい検査が待ち受けていた。


身体中に測定器を取り付けられ、大した説明もなく体の隅から隅まで、髪の毛の一本に至るまで調べ上げられる。


さらに翌日からはリハビリも始まった。寝ている間も床ずれにならないようにだったり、起きた時用にと関節を動かしたりしていてくれたらしいが、まったく使わなかった筋肉のおかげで自分の体すら支えられない状態は驚くほどだった。


支えなく座ることすら難しい体に驚愕する。


何気なくしていた動作全てに筋肉を使っていたのだと知ることになった。


そんなリハビリが続くこと2ヶ月。


ようやく私は自室へ戻ることが許された。


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あきゅろす。
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