とある裏事情



紫杏奪還作戦から数日、笹川了平が晴れの守護者らしく日輪を背負い帰還を告げた。


「帰ったぞー!」

「お兄さん!お帰りなさい」

「うむ!今回はすまなかったな。おかげで京子も無事だったぞ」

「よかった。何よりです」


アボロッティオファミリーが綱吉たちと縁が深い笹川京子を利用しようとしているという情報をいち早く掴んでいた綱吉は、一足先に了平を里帰りと銘打って京子の元へ送り込み彼女の護衛をさせていた。


「それで。紫杏の様子はどうだ」


了平の問いに綱吉はゆるく首を振る。


「まだ何もわかりません。医療班によると、命に別状はないとのことですが、なにぶん使われた薬品が薬品なので、目を覚ましたとしてもなんらかの後遺症がないとも限らないそうです」

「そうか。アボロッティオはどうなった?」

「残党や末端の調査は今、霧部隊を中心に捜索させていますが、9割型壊滅されています。あそこで行われていた実験データはアルコバレーノのヴェルデの手に渡っています。今回の紫杏の奪還作戦に協力のための条件でしたから。それに、ヴェルデはそのデータを元に紫杏の体に異常があった場合の対処法なども研究を進めてもらっています。その辺はリボーンがうまくやったようです」

「うむ、そうか。それなら極限に安心だな!」

「ええ。概ね、今回の任務は成功したといっていいでしょう。あとは、早く紫杏が目を覚ましてくれればいいのですが……」

「紫杏はいい子だからな。すぐに目を覚ますだろう。ボスがそう暗い顔をするものじゃないぞ」

「すみません」


ここ数日、沈痛な面持ちだった綱吉は苦笑をこぼし、ずっと耳につけている通信機に触れた。その通信機は医療室とつながっており、紫杏に変化があった場合はすぐに連絡をいれるように伝えてある。


薬品には未知のものが含まれていたものの、ヴェルデによると概ね死に至るようなものは含まれていないという。ただし、彼らが研究していた神へ近づくための実験というのは、いわゆるドーピングに似た作用を引き起こしている。


人の体は100パーセントの力を使うと筋繊維がボロボロになり体を壊すと言われている。そのため脳がある程度のところでストッパーをかけている。しかし、アボロッティオの研究ではそのストッパーを外し、かつ筋肉を増強させることにより人間では通常出しえないはずの力を出させるというものだったようだ。


「俺は部屋へ戻るが、お前も休むんだぞ」

「はい。ありがとうございます」


了平が出て行った部屋で綱吉は一人深いため息をつく。


ここ数日、綱吉の頭を悩ませているのは紫杏の容態のことだけではない。


引き出しを開け、一番上に無造作に放り込まれている書類を取り出し、何度も読んだ文章に目を通す。


いつのまに、どうやったのかは知らないがリボーンは綱吉と出会う前の紫杏の足取りを調べていた。


「どう、考えたらいんだか……。というか、あいつは何を考えてるんだよ」


思わず愚痴が溢れるが、今は執務室には誰もいないため問題ないだろう。言葉に出して少しでも不可解な謎を吐き出してしまいたかった。それでなんらかの糸口が見つかるのならいいのだが、ただの気休めにもならない。







ーとある科学者の日記一部抜粋ー

○月X日
今日搬入された被験体はアジア人のようだ。年齢は推定5歳。構成員によると彼女の両親は日本人で、どちらも交通事故で先日亡くなっている。おそらくとても愛されて育ったのだろうとわかるぐらい肌にハリのある子どもだった。健康診断もいたって健康体。ただし、引き取られた孤児院から逃げ出したらしく足にはいくつか傷ができている。実験はこの傷が治り次第開始されるだろう。


○月○日
今日の実験は特別な実験となった。記録に残る実験だ。
投与した「   」薬が彼女に適合した。彼女は神へと一歩近づいたのだ。
彼女は到底5歳児が出しうるとは思えない力を発揮。拘束器具を破壊し、実験施設の壁に穴を開け逃走。被害は甚大だが、それ以上に、我々の実験が間違っていなかったことを証明されたのだ。これで神へと一歩近づける。しかし、そのためには彼女を調べ正しいデータを取らなければならない。アボロッティオファミリーの準構成員が追った。はやく捕まえなければデータが変わってしまうかもしれない。しかし、あの爆発的な力を長時間維持できるとしたら、車でも追いつけない場所へ既に遠ざかっているだろう。実に素晴らしい。


○月△日
アボロッティオファミリーが総出となって探すが未だに見つからない。彼女と同じ薬を同じ分量だけ投薬しても被験体に変化はないどころか失敗続きだ。今日は2体もダメにしてしまった。被験体が足りない。そういえばあの被験体はアジア人だった。アジア人の血が何か関係があるのだろうか。次はイタリア系ではなくアジア系の被験体を連れてくるようにアボロッティオファミリーに依頼する。


○月□日
彼女はまだ見つからない。神が我々から遠ざかっていく。まだ我々は神に近づくには早いと言われているようだ。アボロッティオファミリーは使えないクズどもしかいないらしい。他の被験体もまったく適合する気配を見せない。やはり彼女だけが特別だったのだ。彼女は神が遣わした天使だったに違いない。なぜ逃げてしまったのか。なぜ逃してしまったのか。ああ、また今日も3体もの被験体をダメにしてしまった。彼らは神に選ばれたなかった。やはり彼女が特別だったのだ。なんとしても彼女を取り戻さなければならない。


○月○日
彼女が見つかった。しかし、彼女は別のマフィアのもとへ連れ去られてしまったらしい。なんという失態だ。しかし、今日は実験に少し変化が出た。被験体が変異したのだ。外見は相変わらず醜い獣の如きだが、人間が神へ近づくためには幼虫が蛹の中で自身の体をドロドロに溶かして作り変えるように一度人の姿を捨てるべきなのだと結論が出ている。変異体は人間にしてははるかに強い力を持っている。通常の拘束器具は破壊されてしまった。このまま神の姿へ寄せていかなければならない。我々の道はまだまだ長いようだ。


○月X日
ついに彼女が我々の手に帰ってきた。彼女はやはり素晴らしい。他のどの被験体もなし得なかったことをなし得てしまったのだ。やはり彼女は神が遣わした天使なのだろう。我々は彼女の存在を崇め、敬わなければならない。彼女こそ人間を神へ近づける存在なのだ。






ーとある町医者の証言ー

その日はたまたま家にいたんです。私は訪問診療を中心に仕事をしておりまして。ええ、あの辺は特に年配の方が多いでしょう。少子化が進んでいるのは時代ですかね。とにかく、そんな事情もあって普段はあまり家にはいないんですがね。その日は本当にたまたま回診の予定も入っていなくて、家にいたんですよ。そうしたら電話がかかってきましてね。月一回、健康診断で寄らせてもらっているご夫婦の家からでした。とても驚きましたよ。なんせつい一週間前に訪問したばかりでしたから。夫婦そろって特に問題も見られませんでしたからね。といっても、歳をとれば突然ガタがきてもおかしくはないものですから、奥さんの電話を受けて走って家までいきましたよ。

そうしたら、旦那もピンピンしてる。しかし、もう子どもも巣立ったはずのあの家に小さな女の子がいるじゃありませんか。それもひどい熱を出しているのは一眼みてわかりました。聞いてみると外で倒れていたらしいじゃないですか。こりゃ何かあったんじゃないかと思ったんですよね。なんせ、着ているワンピースにはところどころ血がついていましたから。泥で汚れていても医者の目は誤魔化せませんよ。

しかし、洋服を脱がせて見ても傷一つ見当たらない。ただ体温がひどく下がっていましたからね。すぐに清潔な布で綺麗にして、そのあとは点滴をしましたよ。どう見ても栄養失調でしたからねえ。小さいのにガリガリでかわいそうに。この辺では見ない顔立ちでしたがね、頬は痩せこけていましたし、きっとろくな環境にはいなかったんでしょうなあ。

点滴が終わる頃には顔色もましになってきたんでね。一応飲み薬と、もし嘔吐や吐血した場合の対処法だけとりあえず伝えて私は帰ったってわけですよ。でも聞くとその翌日にはいなくなったって言うじゃありませんか。まるで狐につままれたみたいだって話してたんですよ。え、その時の診断書ですか。ええ、書けますよ。ちょっと待っててくださいね。



ーとある老夫婦の証言ー

私たちがその子を見つけたのは、偶然でした。その日は雨が降っていて、私は用事を済ませた帰りでした。なんとなくいつもとは違う道を通って帰ると、彼女が倒れていたんです。最初は猫か何かだと思ったぐらいです。地面に散らばる黒髪が黒猫のように見えたのです。近づいて見て、子どもだとわかりました。この辺りではあまり見ない顔立ちでしたし、彼女は茶色く汚れたボロをまとっていました。駆け寄ってみると彼女はまだわずかに息がありました。私は彼女を連れて帰りました。救急車?ええ、もちろん呼ぼうとしましたよ。でも彼女が止めるんです。あまりに必死だったんで、連れて帰るだけにしたんですよ。幸い知り合いの医者がいたんで、妻に呼んできてもらいましてね。

医者の話では疲労だそうで、熱もありましたね。え、怪我ですか?ええ、洋服には血のあともあったみたいですがね、私が見つけた時から怪我は全くありませんでしたよ。医者の先生もそうおっしゃってました。それで、解熱の点滴だけ打ってもらって、あとは安静にと言われたんで、そのようにしていたんですよ。

え、洋服ですか?Tシャツ?ああ、確かに。雨で濡れて汚れてもいたんで恥ずかしながら私の洋服を着せたんですよ。うちには子ども用の服なんてとっくに捨ててしまってますからねえ。親元もわからないようなら、息子夫婦に言って孫のお古でももらおうかと妻とも話してたんですがね。

点滴も打ったし、数日で元気も取り戻すだろうって先生もおっしゃったんでね、妻と交代で夜中も看病していたんですがね。明け方ごろになって、流石に歳ですね。妻と交代して私が見ている時にうとうとしちまいまして、私が目を覚ました時にはもうあの子の姿はありませんでした。ご飯は食べられてたし金目のものもそのままだったんで、まあ誘拐とかではないだろうとは思ってましたがね、どこにいったのやらと思っていたましたが。いやはや、そうですか。あの子は無事ですか。それならいいんですよ。ええいいんです。




ーとある守護者の証言ー

へえ、君が自ら聞きにくるなんて珍しいね。でもさすが、と言っておこうかな。その君の鋭い勘に免じて一つ君が欲しがる情報を与えてもいい。でも、それだとつまらないし、それに一応紫杏とは秘密にするって約束をしたんだよね。……へえ、それ本当かい?いいだろう。君の本気が見られるんだ。

紫杏に関しては君も調べたんだろう。どうだった?そう、データは何も出なかった。僕の方で探っても何も出なかった。この世界に紫杏という日本人の5歳児は存在していなかった。だから僕はいくつか仮説を立てていたんだ。

人は荒唐無稽だと笑うかもしれないけどね。死ぬ気弾で己の限界を引き出せたり、憑依弾で他者に憑依したり。果てには過去の人間がリングに宿っていたり。ボックスもリングもいまだに解明されていない部分は多い。そんな中、荒唐無稽だと断ずることはできないはずだ。だからこそ、普段ならありえないと一蹴する仮説だって立てられた。

ねえ、赤ん坊。君の中にも答えは出ているんじゃないかい?

紫杏の家庭事情は聞いただろう。父親の虐殺。母親の虐待。そして紫杏は5歳児とは思えない部分が多々見られる。君には身に覚えがあるはずだ。アルコバレーノである君にはね。

そうだよ。紫杏は本来は17歳だ。本人から聞き出したから間違いない。晢、アレを。これは紫杏が自分の自画像を描いたものだよ。17歳の時の彼女だ。母親の虐待により殺されたと思ったら5歳児の体になってイタリアにいたらしい。顔は面影がある。これを5歳児が想像で描いたとは思えないだろう。

他にも小中高校のことも事細かに教えてくれたよ。裏付け?もちろんとったよ。17歳に限らず、見た目が該当するあらゆる年齢の紫杏という女性を日本で探したけれど見つからなかった。ただ、一つ面白いことはわかった。紫杏の母親と同姓同名、この顔の女性が存在していた。彼女は日本人男性と結婚後、夫の仕事の関係でイタリアに渡っている。そして、こちらで一人の娘を出産。しかし娘が5歳の誕生日に夫婦は交通事故で死亡。娘は奇跡的に助かるも夫婦に親戚縁者はなく、娘は孤児院に引き取られた。その娘の写真がこれだ。紫杏だよ。でも、出生届の名前は紫杏じゃない。顔は同じでもこれは紫杏という名前ではなかった。

彼女は孤児院に引き取られた数日後、孤児院を脱走。そこで行方不明になっている。当時は誘拐事件としてニュースにもなっていたみたいだね。まさかマフィアの実験動物にされているとは世間も警察も思わなかったってわけだ。

これらのことから、僕はこう考えた。

紫杏は死んだ後、なんらかの形でパラレルワールドの彼女の体に乗り移ったのではないかってね。かつての白蘭がパラレルワールドを渡り歩いたように、紫杏はそうやって異世界へ渡ってきた。この結論は結構早いうちに出ていたよ。でも、紫杏とは秘密にするって約束をしていたからね。ふふ、僕が知っているのは以上だよ。これで、本気の君と綱吉と戦えるんだね。約束、守ってもらうからね。







「調べてくれたのは助かったけど、なんで雲雀さんと勝手な約束してるんだよ!本気の雲雀さんなんてどれだけおっかないんだか!」


想像して思わず身震いする綱吉は今はいないこの元凶になった男を激しく恨んだ。本人はきっと安請け合いをしたに違いない。今までだって雲雀から何度か本気で噛み殺されそうになったことはあったがなんやかんやで回避してきたのだ。それなのにこんな確固たる約束を、本人がいないところでされては逃げようもない。約束を破ったりしたらそれこそ恐ろしい。戦うも地獄、逃げるも地獄というやつだ。


「っていうか、いくら約束してたとはいえこんな重要事項をこんな回りくどい形で知らされることになるとは……」


雲の守護者はその守護者の特性からしても代々どこにも属さない自由な気風を持つ人物がなる。かろうじてボンゴレとつながっているが、彼自身は風紀財団のトップとして君臨している。そのためボンゴレとはお互いの利益を考えた協力体制を敷いている程度に過ぎない。お互いの利益というのは、こちらは雲雀さんの戦力、あちらは風紀財団でしているボックスの研究と雲雀さんの戦闘欲を満たすための強敵を手配させるため。


そんな中、最近は比較的ボンゴレの屋敷にいることが多くなったのだが、その原因が紫杏だ。小動物好きで密かに知られる雲雀さんだが、子どもはうるさいから好きじゃないらしく、10年バスーカーでたびたび入れ替わる5歳のランボに優しくしているところを見たことがない。


そんな彼が珍しく紫杏は気に入ったのだ。


その理由の一端をみたような気がして、激しい脱力感が体を襲う。


つまるところ、紫杏境遇を知り興味を持ったということだろう。白蘭のパラレルワールドを行き来していたという事実がある以上、紫杏が異世界から来たということを否定するわけにはいかない。


そして、これらの報告を作った張本人は一体全体どこへ行ったのか。


綱吉は再び大きな大きなため息をこぼし、だらしなく背もたれに寄りかかるのだった。


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あきゅろす。
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