神の成れの果て

市街地から離れた場所にひっそりと建てられているその施設は、とある製薬会社が薬物開発をするために建てた研究施設だった。当時から後ろ暗い噂が絶えなかった製薬会社が莫大な金をつぎ込んでこの研究施設で何を研究していたかなど、想像に難くないだろう。今となっては探ることすらバカバカしいことだ。白かったはずの壁に蔦が這っていたり多少雨風により劣化は見られるものの、当時のままの姿で佇んでいるその場所を見上げる。


この場所を数年前にアボロッティオファミリーが買い取っていることは調査済みだ。そして、マーモンが念写した結果、紫杏はここにいることもわかっている。


突入の合図とともに綱吉は部下を引き連れ建物内部へ潜入する。各方面にそれぞれ守護者を筆頭に編成した部隊を配置し、突入させた。綱吉は正面からだ。ここが一番混戦が予想されたからだ。


中は正面入り口は施設の受付になっているようでカウンターが設置されている。その奥には二階へ続くエスカレーターがある。


その二階の踊り場に人影があった。その人は綱吉の姿を見るとぱっと顔を華やがせた。


「ツッくん!」

「京子ちゃん……」

「ツッくん、助けて!」


京子の両腕は鎖で繋がれている。必死に助けを求める京子に綱吉の眉間の皺が深くなる。


「これはこれは、ようこそ。ボンゴレ10代目とお見受けいたします」

「返してもらう」

「ふふふ、やはりボンゴレ10代目は聞いていた通り甘い男だ」


浅黒い肌をした男だった。白金の短髪を逆立たせ、耳にはいくつものピアスをぶら下げている。タキシードをきっちりと着込み、慇懃に礼をする姿はどこぞの執事のようだ。


「タッデーオだな」


その男はアボロッティオファミリーのボスタッデーオに間違いない。調査した際の資料に載っていた男で、以前は動向を探るためにマークしていたのだが、撒かれてしまい行方がわからなくなっていたのだ。


「ツッくん!」

「おっと、それ以上動かないことだ。でないと大事な友人の綺麗なお顔がぐしゃぐしゃになってしまいますよ」


タッデーオは京子の顔にナイフをつきつけた。京子の顔が恐怖に歪む。


「なぜこんなことをするんだ」

「あなたたちにはわからないでしょう。9代目になってからボンゴレは穏健派と呼ばれ、さらに貴方に変わってからは取り締まるようにすらなった。窮屈なんですよね。今のマフィア社会は!!」

「なら、俺を直接狙えばいい。なぜ紫杏を攫った」

「紫杏?ああ、あのモルモットですか。アレはもともと私たちの物です。それを取り返して何が悪いんです?ああ、物なんて言ってはいけないのでした。あの子は唯一の成功例。人から神に一歩近づいた存在。彼女を調べれば更に我々は神へと近づけるのです!」

「……狂ってる」

「貴方にはわからないでしょう。さあ!武器を置きなさい。この娘がどうなってもいいのですか!」


京子が目に涙を浮かべながら綱吉に助けを乞う。タッデーオはその様子を下卑た笑みを浮かべながら見ていた。


綱吉はおもむろに片腕をあげる。ボンゴレギアがキラリときらめいたのを見たのは背後にいる彼の部下だけだろう。


「そいつは、京子ちゃんじゃない。それに、紫杏はモルモットでも神でもない」

「な、何をっ!」

「俺の娘だ!」


手のひらから照射された大空の炎が彼らを襲う。目を見開いた京子とタッデーオ。轟音を立てて壁を突き破る大空の炎の後に京子だったものが転がる。それは精巧にできた人形だった。


「くっ、いつから、気づいていてんですか」


ギリギリのところで逃れたらしいタッデーオが空中で彼のボックスへ兵器らしいヤギに載って浮いている。炎の色は緑だ。


「最初からだ。京子ちゃんはお兄さんが保護してくれている」

「なるほど、騙されたふりをしていたということですね」


黒服の男たちがそれぞれの手に武器を持ち奥の部屋から出てくる。


「お前たち、やってしまいなさい!」

「迎え撃つ」


加速していく戦況の中、次々に他の守護者の状況がインカムから入ってくる。


それによると山本リボーンペアは下層部への侵入を成功させたようだ。


他の方角から侵入した隼人、雲雀、クロームもそれぞれ幹部と交戦中。あちらも対策を取っていたとはいえ、戦況はこちらに有利に働いているようだ。


吹き抜けの上階から雨のように降り注ぐ銃弾を往なし、湧くように出てくる敵を倒していく。


いつのまにかタッデーオの姿がないことに気が付いた。そして、嫌な予感を感じ、空中で立ち止まる。一階ではいまだに部下たちが混戦している。6色の光が飛び交う中、何に超直感が働いたのか。


銃弾や死ぬ気の炎を避けながら周囲を探る。


すると、一人が悲鳴をあげて飛び上がった。上空にいた綱吉だからよく見えていた。地面にいつの間にか複数の亀裂が入っていたのだ。そして、中心がわずかに崩れている。


その場にいる誰もが固まり、固唾を飲んだ。一歩でも動くだけでいまにも地面が抜けてしまうのではないかと危惧したのだ。しかし、地面が抜けるのではない。床がわずかに盛り上がる。


手のひらほどのわずかな穴が空いた。そこから、何かが覗く。それが目だと気づいたのは超直感によるものだったのだろう。


「逃げろ!!」


叫ぶと同時に綱吉は急下降した。しかし、綱吉が一階へ降り立つよりも前に、一階の床が突き上げられた。部下や敵を巻き込み突き上がる瓦礫が綱吉を襲う。その下からこの世のもとのも思えない咆哮が轟いた。


鼓膜が破れるのではと思うほどのその咆哮に、耳を抑え顔をしかめる。インカムにノイズが混じる。


「くそっ」


助けられる部下を助け、上階へ避難させる。


おそらくアレが、タッデーオが言っていた神に近づくための研究の成果なのだろう。それにしてはおぞましい姿だった。


6本ある足に、全長3メートルはあろうかという体。ぎょろりとした目は先ほどから何かを探すようにさまよっている。ライオンのような尻尾でしきりに地面を叩き、口からはよだれを垂れ流している。


「これが、元は子供だっていうのか……?」


呆然と見下ろしていると、インカムが回復したらしい。


『10代目!ご無事ですか!?』


ジャンニーニから通信が入る。ジャンニーニの方にはそれぞれの視覚映像も送られているはずなのでこの状況も見えているだろう。


「ああ。他の状況は?」

『10代目と同じように、他の方々のもとにも同じような化け物が姿を現しています』

「そうか……」

『今ヴェルデさんに確認させていますが、おそらく彼らの研究成果なのでしょう』

「元に戻せるか?」

『わかりませんが、どちらにしても時間がかかると思います』

「わかった。取り押さえる」

「ふっはっはっは!そいつを殺せ!」


タッデーオの高笑いが上階から聞こえた。吹き抜けから見下ろすようにして立つタッデーオの命令に従うようにソレは吠えた。そしてソレのぎょろりとした目玉が綱吉を捉える。


「言葉を理解するのか!?」


鋭い爪をつけた腕を振りかぶるソレの攻撃を避けながら、綱吉は翻弄するように飛び回った。しかし、巨体に似合わず素早い動きをするソレの攻撃は強く、腕が掠っただけでも壁は壊れていく。


「くそっ!目を覚ませ!自分を見失うな!」

「無駄だ!人間だったころの記憶なんて持ち合わせていない!」

「お前と戦いたくない!元に戻す方法を見つける!戦わなくていいんだ!」


飛び回りながらも必死に呼びかけるも、ソレは綱吉の声など聞こえていないかのように爪を振るい続ける。やがてその爪が綱吉を捕らえた。横から来た別の足に気づかなかったのだ。とっさに腕でガードしたものの、勢いを殺すことはできず、壁へ吹き飛ばされてしまう。


そんな時だった。ジャンニーニではない通信が入った。


『聞こえますか。沢田綱吉』

「骸か」

『随分甘い判断を下しているようですが、吉報ですよ』

「元に戻す方法が見つかったのか!?」


骸が最初にアボロッティオファミリーの研究施設へ潜入し、彼らが携わっている研究の一端を目の当たりにしてからというもの、独自のルートでも怪物にさせられてしまった子供を元に戻す方法を探っていることは綱吉も知っていた。その関係にヴェルデも関わっているようだったが、最終的な目的が同じである以上口出しはしていなかった。


ここで通信が入ったのは、何かしらの結果が出たということだろう。しかし、吉報だと聞かされてなお、綱吉の超直感は悲惨な未来を告げる。


『いいえ。殺してください』

「骸!?」

『元に戻す方法などありません。少なくとも、今の技術では不可能』

「なら、これから研究し探していけばいい」

『クフフ、ボンゴレ10代目ともあろう人が随分バカなことを言いますね。貴方らしいともいうのかもしれませんが』

「あいつらは生きている」

『ええ。しかし、もう人間ではない』

「元に戻す方法があるはずだ」

『人間ではないものにされ、大勢を殺し、それで元に戻ったとして彼らにどのような未来があるのでしょうか』

「生きていれば、得るものがある。そうだろう。骸」


お前だってそうだったはずだ。過去にマフィアによって人生を狂わされ、復讐を誓った男の周りには、今は守るべき存在が複数いる。それらは彼が生きていたから得られたものであるはずだ。そう問いかけると骸はいつものように静かに笑った。


『僕たちは思考があった。人の形を保っていた。人には不相応な能力を得たかもしれませんが、それらは些細なこと。でも、彼らは違う。すでに人ではない。沢田綱吉。彼らはただ人間から獣の姿にされたわけではありません。彼らはいわばキメラ。獣と人間を合成させたもの。それも複数の個体が合わさっている』


何かを訴えるかのように咆哮をあげるソレ。部下が何度も攻撃を飛ばすも、痛覚がないのかただ大したダメージにはなっていないのか痛がる様子も見せない。


『すでに人でも獣でもない。この世にあってはならないものだ』

「ボンゴレにとどめをさせ!」


ソレはタッデーオの命令に従う。綱吉が突き破る形になった壁を覗き込み、ソレと目があった。ぎょろりとした目だが、その目が哀しみに染まっているように思えてならなかった。


『殺してあげてください。それが、彼らにとって一番いい方法なのです』


穴はソレには小さいらしく、爪を食い込ませてはぐいぐいと押し込もうとして入れないようだ。何度も穴を覗き込むソレの目を見ながら綱吉は顔をしかめたせた。


『彼らに解放を。沢田綱吉』

「本当に、そうするしかないのか……?」

『ボス、私からもお願い。生きていくのが、辛い時もあるから……』


クロームの言葉に綱吉はぐっと拳を握った。


「骸。本当に、無理なんだな?」

『ええ。ヴェルデにも確認しましたが、彼をもってしても不可能だと』


綱吉は一度硬く目を閉じる。ガラガラと崩れ落ちる瓦礫の音で、穴が徐々に広がってきているのがわかる。あと数分もしないうちにあの鋭い爪は綱吉まで届くだろう。


建物全体を揺るがさんばかりの咆哮が、まるで彼らの悲鳴のようだ。どれだけ恐ろしかっただろうと考えるだけで胸が痛くなる。綱吉は目を開けた。ちょうどソレと目があった。


「各部隊に告ぐ。殺すことを、許可する」


綱吉はソレの目が引っ込むと同時に飛び立ち、瓦礫から抜け出した。そして素早くソレの後ろに回り込むと、両腕を前に突き出した。


手のひらに炎を集約させていく。


ソレは最初こそ綱吉を探していたものの、綱吉を見つけ見上げてきた。目があった。その時、ソレが動きを止めたように綱吉には見えた。まるで、攻撃を受け入れるかのように。


「っ、ダブル、イクスバーナー」


一瞬のことだったので確かだったのかはわからなかった。綱吉が放った炎は純度の高い炎となりナッツの形を模した炎がソレ目掛けて飛んでいく。


激しい爆音とともに上がる硝煙。そして、断末魔のような悲鳴。ぎょろりとした目から流れるものが涙だったのか血だったのか、綱吉にはわからなかった。


後に残ったのは、大きな獣の形をした焦げ跡だけだった。


「なぜだ!?神に近い存在のはずだ!負けるなど!」

「お前だけは、絶対に許さない!」





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