檻の中と外

「………!……!!」


強く揺さぶられる感覚に目を開ける。ぼやけた眼で、目の前に黄色の何かがあるのがわかって首をかしげた。再び強く揺さぶられ、目を瞬かせる。


ようやくはっきりした視界に映ったのは心配そうに私の顔を覗き込んでいる少年だった。黄色の何かは少年の金髪だったようだ。


「大丈夫か?」


少年はイタリア語で私に話しかけた。彼には見覚えがあった。以前、屋敷内で出会った少年だ。その頃はまだイタリア語がわからなくて会話もできなかったが、一緒に遊んでくれた男の子だった。


そして私は檻の中にいた。檻の中には少年の他にも数人の子供がいる。みんな隅で小さくなり俯いている。誰もがガリガリにやせ細り薄汚れていた。外を覗くといくつかの檻が見えるが、中には誰も入っていないようだ。私たちの話し声しかしない。


最後に覚えているのは京子さんだ。ワンピースに血飛沫をつけていた彼女。お父さんの同級生だと聞いていたのに、どうしてあんなことになっていたんだろう。それに頭から血を流していたお母さんも成吉も心配だ。


不安になってピンキーリングに触れる。リボーンは今どこにいるだろう。私はこれからどうなってしまうのだろう。連れ去られるときにこのリングが取られなかったことだけが救いだった。


「忠告してやったのに、なんでまた捕まってるんだよ」

「ちゅうこく?」

「前に!あの時だって、来るなって言ったのに追いかけてきただろ」

「あのころはイタリア語、わからなかったから」

「はあ?意味わからないんだけど」

「まだ、イタリア語はならってなかった」

「……?そういえばしゃべらないと思ったら、お前イタリア語忘れたのか?」

「え?」

「まあいいや。とにかく、捕まっちゃったのなら仕方ねえよ。奴ら、実験は最終段階に入ったって言ってた。たぶん、ここにいるやつらもすぐに連れていかれる」

「実験?」

「本当に何もかも忘れちゃったわけ?」


少年は呆れた顔を私に向ける。そして、記憶喪失か?と首を傾げている。


「ここのやつらは神を作りたいんだってさ」

「カミサマ?」

「そう。カミサマ。人間をカミサマにする実験をしているんだ。俺たちは、もうすぐカミサマになるんだよ」

「むりだよ」

「そう。無理だ。でも、ここのやつらは本気なんだ。俺たちに抗うすべはない」

「にげよう」

「無理だ。お前だってまた捕まってるじゃないか」

「たすけにきてくれる」

「助け?はっ、こんなところまで誰が来てくれるんだよ」

「りぼーんとお父さん」

「お父さん?ああ、ボンゴレか。無理だろうな。ボンゴレは今頃ファントムを追いかけて奔走してるだろうさ」

「ファントム?」

「隠れ蓑だよ。囮って言った方がわかりやすいか?とにかくボンゴレは来ない。諦めるんだな」


やっぱりわからないと首を傾げていると、少年は呆れた顔で私を見る。


「本当に何も覚えてないのか。仕方ねえな。俺が教えてやるよ」

「うん」

「いいか。お前はたぶん孤児だったんだ。ここにいるやつらはみんなそうだ。いや、一部、どっかから誘拐されてきたとか言ってる奴もいたっけ。とにかく、みんな親がいないんだ」


少年は淡々と続ける。


「それで、俺たちはずっとここであいつらの実験のモルモットにされてる。あいつらは神様を作り出すとか言ってるけど、俺に言わせれば人間が神なんか作れるわけがない。それで、あの日お前はどうやってかしらねえけど、隙を見て逃げ出したんだ。奴らはそれはもう大騒ぎだったさ」


少年はククッと喉の奥で笑う。


「お前はうまく逃げ出した。そのあとはどうやったのかは知らねえけど、ボンゴレに取り入っていたんだろ?奴らはそれに気づいてお前を取り戻そうと必死だ。なんせボンゴレはマフィア界の中でも正統派で平和主義で有名だ。そんなところに知られたら今までの実験がパーになる。慌てて前の研究所を捨ててこっちに移動してきたけれど、なんでかボンゴレが探っている様子はない。だから様子見に俺が放り込まれたってわけ。俺はあの時、お前を連れ出せって命令されてた。でも、お前は幸せそうだったから、だから俺、お前は隠れていろって忠告したのについてくるし捕まってるし」


屋敷の庭で遊んだのはそういう経緯があったようだ。あの時イタリア語をちゃんと勉強できていたのなら、お母さんに怪我をさせることもなかったのかもしれない。


「たぶん、お前が最初に逃げ出した時、少し神様に近づいたんだ。だからお前は逃げられたんだ。だから、あいつらはお前に執着してるんだ」

「ちがうよ。わたしは17歳で、にほんじんで……、ここじゃない世界からきたんだよ」


少年の言うことがわからない。少年の言葉が本当なら、私の中にある17年間の記憶はどうなるというのだろう。死に際に聞いた母の声は?殴られる恐怖は?あんなにもリアルに覚えているというのに嘘だとは思えないのだ。でも少年が嘘を言っているとおも思えなかった。というよりこんな状況で嘘を言っても仕方ないだろう。


「はあ?頭おかしくなったわけ?まあ、おかしくもなるか。奴らもボンゴレが動き出したから焦ってるんだ。ここにいた子供たちがどんどん連れてかれている。たぶん次は俺の番だ」

「いっしょに逃げよう。りぼーんたちが助けにきてくれる」

「助けなんて来ねえよ。俺のあとはお前だぜ?次に会うのは天国かもな。いや、地獄かな?」

「にげよう」

「俺さ、お前が羨ましかったんだ。優しい女の人がいて、抱きしめてくれて、助けに来てくれる人がいて、羨ましかったんだ」

「だめだよ。にげよう」

「どうやって逃げるって言うんだよ。バカだなあ。もう、逃げ場なんてねえんだよ」


少年が苦く笑うと同時に檻の前に白衣の男が立った。


「No.6744出ろ」


少年が立ち上がる。一切抵抗することなく少年は檻の外へ出た。白衣の男は少年の腕を掴むと乱暴に歩き出した。少年は前につんのめるようにしながら足を動かし、最後に私の方をチラッと見て小さく手を降った。


それが、少年との最後だった。


私は悲しくて、怖くてずっと泣いていた。


少年の悲鳴が聴こえてくるような気がした。不思議とどんな実験が行われるのか想像がついた。どれほどの恐怖だろう、どれほどの痛みだろう。私はただ、一人になってしまった檻の中でうずくまりながら涙を流していた。


それからどれほどたっただろう。何人も子供が連れて行かれた。私はそれを見ていることしかできなかった。


やがて、再び檻の前に白衣の男が立った。その男は檻の中から私を引きづり出した。


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