「10代目。ヴァリアーからの通信ですよ」 ジャンニーニの言葉に顔をあげる。インカムの音量を意図的に最小まで下げてから、ジャンニーニにつなげるように指示を出す。 繋がった途端聞こえる特有の遠吠えに、インカムの音量を最小にしていても耳に痛いほどの声量は相変わらずだと苦笑せざるを得ない。 「スクアーロ。うるさいよ」 一言苦言を呈するが、それでどうにかなるのならこの10年の間に治っているはずだ。 『こっちは制圧完了だぜえ!ったく、雑魚をよこしやがって。まったく手応えがねえじゃねえかあ!』 「場所は公平にクジにしただろ。クジ運に関しては俺にはどうすることもできないよ」 ヴァリアー内で誰がどこへいくというのを決めるときに、もめにもめたので平和的にくじ引きを提案したのだ。実力主義なところがある彼らだが、驚くことにその方法が採用され、くじ引きにて場所が決定した。スクアーロとルッスーリアのペアが行った場所には、彼らのお眼鏡に適う敵はいなかったようだ。 『チッ!まあいい。それより、研究施設は空だったぜえ?作戦がバレてたんじゃねえのかあ!』 「問題ないよ。それより、他のヴァリアーは?」 『ベルとフランのところはもうそろそろ終わるはずだあ。レヴィは知らん』 「そう。隠し扉とかがあるかもしれないから、慎重に探っておいて」 綱吉の命令に、隠すことない舌打ちを残し通信が途切れる。 ふう、と大きなため息が出た。インカムを外し、耳を揉む。いまだにスクアーロの大声が耳の奥でこだましている。 「彼のマイクはすこし特殊になっているはずなのですがね」 ジャンニーニが苦笑をうかべながら言う。それだけ、スクアーロの声量が馬鹿でかいということなのだろう。 なにはともあれ、ヴァリアー側は作戦通りうまく事が運んでいるようだ。あとは、ボンゴレ側の守護者からの報告待ちなのだが、果たしてそううまく運ぶだろうか。 今朝からずっとちりちりと頭の隅を焼くような不安。 そのため、守るための要塞といっても過言ではない彼女の部屋に紫杏とともに籠ってもらっている。麻衣は詳しいことは知らなくとも、危険が迫っていることはわかっているのだろう。部屋から一歩も出るなといいふくめる綱吉に対して二つ返事で頷いていた。 紫杏も聞き分けがいい子だ。麻衣の言うことを聞いて、外に出ることはないだろう。あの部屋だけは、ボンゴレリングの7色の炎を使って鉄壁の結界を張ってある。 逆に、あの部屋に大切なものがあると丸わかりではあるが、それを押してでもボンゴレリングによる結界は強固だ。 麻衣たちを守ってくれる。 それでも嫌な予感が消えない。 「ジャンニーニ。麻衣たちの部屋はどう?」 「今のところ、異常はありませんよ」 「そう……」 「心配せずとも、あの部屋の守りは完璧です!外からの侵入は絶対にできません!外から攻撃を受けようものなら、すぐにこちらにも知らせが届く仕組みになっています」 すでに何度と聞いた説明を、ジャンニーニがもう一度繰り返す。安心してくださいと胸をはるジャンニーニに頷く。 「なんでしたら、お部屋におつなぎしましょうか?麻衣さんの声を聞いたら、少しは落ち着くのでは?」 「いいや、他の通信が入ったらいたずらに不安にさせるだけだから」 「そうですか」 プライベート空間であるため監視カメラの類こそないが、あの部屋には様々なセンサーが内臓されているため異常があればすぐにこちらに知らせが届く仕組みになっている。また、室内にはここへつながる通信機器もある。麻衣には何か問題があればそれを使って必ず連絡を寄越すように言い聞かせている。 「麻衣さんも愛されていますねえ。いやはや、私もこの歳ですがまだ結婚にはとんと縁がなく、」 額に浮かぶ汗をハンカチで拭きながら、場をなごませるようにジャンニーニが世間話を続ける。それを右から左へ聞き流していたときだった。 突然大きな爆音と、屋敷全体が強く揺れる。 立っているのも難しいほどの揺れはすぐに収まったが、揺れのせいで通信機器が一時ショートしたようでパソコンの画面が真っ暗になった。しかしすぐに電源が切り替わったらしく再起動されていく。 それを待つまでもなく、窓から外をみると西側から黒い煙が上がっているのが確認できた。 続いて部下の一人が駆け込んでくる。 「西棟が原因不明の爆破!死傷者は不明!通信機器に障害が見られます!」 「第8部隊を西棟の救助に当てて。けが人を優先。晴れの炎を持っているものはけが人の治癒に当たれ!第11部隊は原因の究明!それと特命に2人派遣!状況確認!ジャンニーニ!通信機器は!?」 「ええ、たった今、回復いたしました!」 「状況はどうなってる?」 「ええっとですね、ああ!」 ジャンニーニが悲鳴をあげる。 「大変です!あの部屋の結界が破られています!」 「そんな!どうして!?」 「わかりません!センサーによりますと、中には麻衣さんと成吉くんの姿だけのようです」 「通信繋げて!それと、すぐに迎えそうな守護者か準幹部はいる?」 「あ、ちょうどいいところにイーピンさんがいますよ!」 早急にインカムをイーピンのインカムに周波を合わせる。 「イーピン!麻衣の部屋に向かって。紫杏の姿が消えた!」 『紫杏が!?すぐに向かいます!』 「麻衣さん。麻衣さん。応答をお願いします。麻衣さん」 ジャンニーニが何度も呼びかけるがそれに応える声はない。麻衣に何かあったのだと全身から血の気が引く。 『ボス!特命部隊が壊滅!ターゲットを見失いました!』 インカムから入った報告に、無理やり頭を回転させる。 「すぐにターゲットを探せ!」 『ツナさん!麻衣さんは無事です!先ほどの揺れで転倒して頭を打ったようですが、意識はしっかりしています』 「医療班は手配した。イーピンはそのまま麻衣についてて。すぐにランボも向かわせるから、二人で護衛について」 『わかりました!任せてください!』 「それと、そこに紫杏の姿はある?敵に潜入された形跡は?」 『紫杏ちゃんはいません。潜入されたような跡もありません』 「そう。イーピンは引き続き麻衣と成吉をお願い」 『了解』 麻衣がひとまず無事だと知り、全身から力が抜けるほど安堵する。しかしまだ座り込むわけにはいかない。事態はなにも解決していないのだ。 「ジャンニーニ屋敷中のカメラを使って紫杏を探して」 「はい!」 ぎりりと唇を噛み締める。 屋敷内で監視の目をつけているから目立ったことはしないだろうと思っていたのが間違いだった。まさか爆弾まで仕掛けられているとは思わなかった。それに紫杏が消えた。 現状を鑑みるにおそらく紫杏は自分からあの部屋を出たのだろう。麻衣が気を失ったのを見て気が動転したか、助けを呼ぼうと思ったのか。 「10代目!最後に紫杏さんの姿を捉えたカメラがありました!」 スクリーンに映し出される紫杏。彼女は呆然と立っている。何かと対峙しているようにも見えるが、その相手の姿は見えない。ちょうど爆発があったあとのようで音声が壊れているらしく、何の音も聞こえない。それでも、 「ジャンニーニ。他にここが映されているカメラはないの?」 「ええ、どうも先の爆発で通信系統の配線の一部に触れてしまったようで、起動していたカメラはこれだけのようです」 「わかった」 綱吉は即座にマイクを掴む。 「全隊員に告ぐ。ターゲットを見失った。子供を連れ去った可能性あり。各アジトにいる隊員は手がかりになりそうなものを探せ。霧部隊は街の包囲。蟻一匹見逃すな」 次にマーモンに通信をつなげる。 『なんだい。今忙しいんだけど』 「紫杏が誘拐された。念写で居場所を割り出してくれ。報酬は言い値で払う」 『紫杏が……。君たちの警備はザルだね。一度鍛えなおした方がいいんじゃないかい』 「マーモン」 『本来なら断るところだけど、紫杏絡みなら仕方がないね。紫杏のことはボスも気にかけているみたいだし。Sランク任務の報酬5倍分で手を打つよ』 「わかった」 『場所はジャンニーニに送っておくよ』 そう言って通信が切れた。 すぐさま手が空いているもののリストを集め、紫杏の救出部隊班を編成する。 「ジャンニーニ、俺も出るから、この屋敷のことは頼んだよ」 「任せてください!」 それからしばらくしてマーモンから紫杏の居場所が送られてくる。それを全守護者と救出部隊班の端末に送ってもらう。 「隼人。状況は?」 『10代目!こっちは滞りなく進んでいます!すぐに向かいます!』 「武。そっちはどう?」 『ツナ!こっちはあとちょっとって感じだぜ。紫杏のところは俺のところからちょっと離れてるからな。遅れるかもしれねえけど、ちゃんと行くぜ』 「うん。お願いね。最後まで気は抜かないで」 『おう』 「クローム。準備はいい?」 『はいっ!ボス』 「リボーン。そっちは終わった?」 『誰に物言ってやがる。しかもみすみす取り逃しやがって。最近気を抜いてやがったからだな。帰ったらネッチョリ鍛えなおしてやるぞ』 「ねっちょりはやめて…。それより、リボーンは何よりも紫杏の救出優先して」 『ああ』 「皆、頼んだよ」 『Si capo!!』 「10代目、すぐに車の用意を」 通信が切れたタイミングでジャンニーニが綱吉に声をかける。 しかしその言葉は言い切ることなく途切れることになった。振り返った綱吉の額には透明度の高いオレンジの炎が灯り、彼の瞳も同じく透き通ったオレンジの瞳をしている。背中にはプリーモのマントが開け放った窓から入る風で翻っている。 「必要ない」 「ま、まさか飛んでいくおつもりですか!?」 「その方が早い」 言い終わるが早いか、綱吉は両手から炎を噴射し飛び立ってしまった。それをジャンニーニが呆然と見送る。部屋の入り口には車を用意した部下が入ってくるがすでにボスの姿がないことを見てとると素早く身を翻し、追うように走り去った。 「まったく……。お気をつけて、10代目!」 |