縛られている男を前にして、俺は先ほど男が出て行った扉に目をやる。 珍しく屋敷内で本気の殺気を感じたと思えば、それはリボーンのものだった。いつも冷静沈着なリボーンにしては珍しいことだ。彼がここまで感情を荒ぶらせるなんて。 そして俺の目の前で椅子に縛り付けられ、なんとも情けない格好をしているにもかかわらず鼻歌まで歌っている男、シュバルツは、今日ここにくると言ってた情報屋でもある。 コロネロの元部下であり後輩でもある彼は、前に見たときとまったく変わらない軍服姿をしている。 それにしても、と再び思考を戻す。 あの叫び声は間違いなく紫杏のものだった。 駆け付けた時には既にリボーンによって気絶させられていたが、あの子の叫び声を聞くのは久しぶりだ。 また、叫び声だったな……。 苦いものが口の中に広がる。 以前彼女が声を出したのは、パーティーで彼女が人質にとられた時だったか。俺に向けられた銃口。彼女が止めようとして必死に叫んだ。 彼女の心は自己防衛のために、彼女自身が声を取り上げた。 前回は、伝えるために必死に叫んだものだ。 じゃあ、今回は? 彼女はなぜ悲鳴を上げたのだろうか。 シュバルツが紫杏に何かをするとは思えない。 過去、のことだろうか。思い出させて紫杏の心を傷つけてはいけないから、と何も聞かないようにしてきた。 雲雀さんの話だと、親に「声も聴きたくない」と言われたことが紫杏が声を閉ざした原因らしい。 声も聴きたくない、か。 「あのー、さ。物思いにふけるのはいいんだけど、俺のこれ、外してくんねえの?」 「それは無理だね。俺がリボーンに殺されちゃうし」 さらっと答えると、シュバルツはがっくりと頭をうなだれさせる。 しばらくして、リボーンが入って来る。彼の気性はいまだに納まっていないらしい。とげとげしい雰囲気に、俺は反射的に一歩退いた。 リボーンはそれに気づいたようだが、何も咎めなかった。おそらく彼の頭の中の優先順位は俺ではなく今はシュバルツを問い詰めることにあるのだろう。 ああ、よかった。 これが平常時ならば、何ボンゴレのボスが引いてんだとかいって、鉛玉の一発でもぶち込まれるに違いない。 「シュバルツ」 「……な、なんすか?」 「紫杏に何をした?」 「あー、っと、俺、本当に何もしてないんすよ」 「なら、なぜあんな悲鳴を上げた」 「いや、それは俺の方が聞きたいぐらいなんスけど……」 苦笑するシュバルツ。嘘は言っていないな。第一、俺たちを敵に回してまでつく嘘があるとは思えない。 「なら、何があった」 「いや、いつものように、勝手に入ったんすよ。この屋敷に。で、ボスの部屋に行こうと思ったら玄関ホールにあの子がいて、あ、この子が噂のボンゴレの姫さんかなって思って挨拶しようと思ったら、いきなり叫ばれたんすよ」 「本当に何もしてねえんだな?」 頷くシュバルツにリボーンと顔を見合わせる。 「……リボーン。シュバルツは嘘はついてない。紫杏に何があったのか、紫杏が目を覚ますまで待ってみよう」 「……ああ。俺は紫杏についてる。お前はしっかり情報聞いておけ」 「わかってる」 ボルサリーノを深くかぶり、出て行ったリボーン。その帽子にはいつものくりくりした目をあらゆる方向に向けているカメレオンの姿はない。 尻尾が切れてから、リボーンの部屋で待機している状態だ。 あれはリボーンの生徒に危機が訪れると尻尾が切れるようになっているはず。だったら今のリボーンの生徒というのは誰になるのか。俺か、はたまた紫杏か…。 どうにも、ここ最近キナ臭い空気が漂っている。 「シュバルツ、とりあえず、俺の部屋に行こう。情報をつかんできたんだろう?」 「もっちろんすよー!だから、ささっ!早く解いて!」 「ったく。とりあえずシュバルツは紫杏との接触は原因がわかるまで禁止だから。見かけたらすぐに紫杏のまえから姿を消すこと。いいね」 「えーっ!俺だって、噂の姫さんと話してみたかったんすよ!?あのリボーン先輩が溺愛してるっていうから、どんな子かって楽しみに来てたのにー。沢田ちゃんのイケズーッ」 「……縛られたまま放置されたい?」 「ちょっ、それは嫌だ!沢田ちゃん!ごめんって!ほどいて―!」 ああ、やっぱりこのテンションは苦手だ。 |