ぱちりと目が覚める。眠りからぷつりと途切れたかのように唐突な目覚めに、戸惑いを覚えた。 今まで眠っていたことをまず理解できず、ここがどこで何をしていたのかをしばし考えなければいけなかった。 見渡すと、そこは私に宛がわれた部屋だった。 そして、私はベッドで横になっている。 体は怠く、起き上がろうとは思えなかった。窓から差し込む日差しを見て、午前中であることを知る。 昨日のことを思い出すと、再び吐き気ににた拒絶反応が起こるから、体に布団をまきつけるようにして縮こまる。 「紫杏」 後ろからかかった声に驚いて体がびくっと跳ねた。振り返ると、そこにはこちらを見て喉で笑っているリボーンがいた。 いつもオールバックにされている髪は、今まで寝ていたからだろう乱れている。しかし、もみあげだけはいつものようにくるんと丸まっていた。 「おはよう」 こくんとうなずく。うなずいてから、声が出ることを思いだして慌てた。 「あ……」 「少しずつでいい。急ぐ必要はねえぞ」 「りぼーん……、あ、あの、ね……、あのっ」 私の口から出る声はか細く、掠れていた。 「あ、ありが、とう」 「ん?」 「そば、いてくれて、ありがとう」 そう伝えると、リボーンはふっと吐息を漏らすように笑みをこぼした。 そのあと、二人でまったりベッドの中で過ごしていたら私のお腹が鳴ったことをきっかけにようやく起き上がることになった。 談話室へ行くと、珍しいことにたけ兄が一人っきりでいた。スーツ姿でソファーにゆったりと座り、新聞を広げている。 出勤前のサラリーマン風なその姿だが、たけ兄の顔が整っているからか、ドラマか何かの一コマにすら見えてしまうから不思議だ。 たけ兄はすぐに私たちに気付くと新聞を閉じた。 「よお!ゆっくりだったみてえだな!」 「ああ。お前だけか?」 「さっきまでツナがいたぜ。麻衣はまだ見てねえな」 「そうか」 リボーンとたけ兄の向かい側の二人掛けソファーに腰を下ろす。ふかふかのこのソファーはよく沈むため、体制を崩さないようにするために少しコツがいるのだ。 私たちが座ったのを見計らったようにメイドさんが朝食を運んできてくれる。 「今から食ったら昼飯食えねえんじゃねえか?紫杏」 時計に目をやったたけ兄はからかうようにそう言った。それに、そんなことないと伝えるために首を横に振る。 「ん?そういや今日はスケッチブック持ってねえのか?」 びくりと体が揺れる。緊張が背筋からかけあがり、体をこわばらせた。 「紫杏?」 はく、と空気を飲みこむ。しゃべらなければと焦れば焦るほど声は上手く発せられない。スケッチブックを持ってこなかったのは、一種の決意の表れのつもりだった。 声を出してもいいとリボーンが言った。名前を呼んでくれと彼が言ってくれたのだ。だから、応えたいと思ったのだ。ここの人たちはみんな優しい。リボーンと同じように怖いことはしてこないとわかっている。だからこそ、もう平気なのだと自分に言い聞かせることも含めて部屋から出るときにスケッチブックは置いてきた。 リボーンは私のその様子を黙ってみていてくれた。 再び口を開く。冷や汗が浮かび、あえぐようにして息を吸う。 「……っ、ぁ…」 ようやく出た音は、ともすれば簡単にかき消されてしまうほど小さいものだった。しかし、私を注視していたたけ兄には聞こえたらしい。 目を見開くたけ兄に、思わず体を引く。しかし、逃げるなとでもいうように背中にリボーンの手が添えられて体を引くことはかなわなかった。 「紫杏。大丈夫だ」 宥めるようにぽんぽんと背を叩かれる。そして、再び背に添えられた手からは、リボーンの体温が服越しに伝わってきた。 「あ、う…」 たけ兄をまっすぐ見ることができない。 「あ…、たけ、に…」 たけ兄が再び顔に驚愕の色を浮かべる。それに思わず首をすぼめ、リボーンにしがみついた。見上げたリボーンはその目を楽しげにゆがませてたけ兄を見ている。 「声、」 先に動いたのはたけ兄だった。長い腕が伸びてきたかと思えば、子供に高い高いをするように持ち上げられる。 「紫杏の声初めて聞いたな!」 「わっ」 「これで、もっとたくさんおしゃべりできるのな!」 私を上に掲げたままくるくると回るたけにいに、慌てて彼の腕にしがみつく。 とてもうれしそうだった。 嫌がられている様子はまったくみられなかった。 そのことに体から力が抜ける。 「紫杏?な!もう一回呼んでくれよ!な!」 「た、けに、い」 「おう!」 私を片手で抱えたたけにいに頭を豪快に撫でられる。髪がぐしゃぐしゃになっていくのがわかったが、今はとても暖かい気持ちでいっぱいだったから気にもならなかった。 「そうだ!ツナたちも知ってんのか?」 「ああ知ってるぞ」 「じゃあ、喜んだだろ。ツナも麻衣も紫杏と話すの好きだしな!」 「それはまだだぞ。声が出るようになってからはあいつらには会ってないからな」 「そうなのか?」 「先に朝飯を食いにきたんだぞ」 「そっか!じゃあ、小僧以外で俺が一番最初に紫杏の声聞けたのな!よっしゃ!じゃあ、あとでツナに自慢してやろ」 悔しがるぜと笑うたけ兄。そして、ちらっと時計に目をやるとようやく私を下ろした。 「任務か?」 「ああ。紫杏から元気もらったからな。いっちょ頑張ってくるとするか」 「今日、担当は?」 「獄寺だぜ」 「そうか」 「小僧も気を付けろよ」 「誰に物言ってやがる」 「ははっ。そんじゃ、紫杏。行ってきます」 「…い、てらっしゃい」 たけ兄は再び私の頭をなでると、談話室から出て行った。 「紫杏。よくできたな」 「ありがとう」 「ほら、食っちまうぞ。そうしたら次は麻衣のとこだ」 「おとうさん、は?」 「ツナは後回しだぞ。今いったら、絶対に仕事に身が入らなくなるからな」 リボーンの言葉に首をかしげる。しかし彼はそれ以上何も言うことなく、私を抱き上げて椅子に座らせるのだった。 |