奔流の中でもがく

涙の痕が残る頬に指を滑らせる。


とぎれとぎれになりながらも紫杏が語った過去に、知らず重たいため息が漏れる。


今日はいろいろあったせいだろう。眠ってしまっている紫杏に布団をかぶせる。メイドを一人呼び、紫杏が目覚めたら知らせるように伝える。


まずは部屋で執務をこなしながら待っているであろう教え子のもとへ行かなければならないだろう。


紫杏の頭をそっと撫でる。せめて、夢の中では幸せなものを。


そう願わずにはいられなかった。彼女の瞼にそっとキスを落とし、俺は部屋を後にした。






シュバルツはいまだに縄でしばられたまま地面に横たわっていた。俺が入って来るとぱっと顔を明るくさせて助かった!と喜ぶ。


「ツナはどうした」

「それが執務があるとかでいっちゃったんすよー!俺、このまま放置!?みたいな。やー、このまま忘れて一日中放置されただどうしようかと思いましたけど、リボーンさんなら来てくれると思ってましたよー」


こいつなら、こんな縄すぐ抜けられるだろうになにいってやがんだと思いつつ、冷めた視線を向ける。


「仕事は終わったのか」

「まあ、それはさすがに終わらせましたよ。モチロン!」

「そうか。ならいい」


俺は踵を返すと、シュバルツの慌てた声が呼び止めるがそれを無視して扉をしめた。


向った先はツナの執務室。そこには珍しいことに雲雀が来ていた。


「やあ赤ん坊」

「もう赤ん坊じゃねえ」

「クス、そうだね。それより、紫杏のことだろう?」

「なんだ。ずいぶん耳が早いじゃねえか」

「あの子のことは気に入ってるんだ。それに、騒ぎはこっちまで届いていたからね」


つまり、俺が来ることを見越してここに居たっていうわけだろう。ツナを見ると、今まで持っていたであろう書類を投げ出していた。


「仕事は進んだのか」

「紫杏がこんなことになってるのに捗るわけないだろ?それで、何か教えてくれた?シャマルから声が出るようになったって聞いたけど」

「ああ。声は出るようになったぞ」


ツナの表情が緩む。反対に雲雀は顔をしかめた。


「じゃあ、吹っ切れたってことかい?母親のことを?」

「いや、ちげえな。ただ、それ以上の精神的な負荷があったっていうだけだぞ」

「ふーん…」

「精神的な負荷ってシュバルツのこと?」

「ああ。いや、正確にはシュバルツの背格好が引き金だ」


どういうこと?と首をかしげるツナ。


俺はソファーに腰を下ろしてから、紫杏に聞いたことと自分の憶測を含めて話した。


「まず、紫杏の父親だがそいつは殺されていた」

「え?」

「紫杏の目の前でな。以前、出て行った。おそらく浮気だったと言っていたが、それは紫杏が記憶を書き換えていたんだろうな」

「殺されたって紫杏は一般の家庭だろ!?」

「何寝ぼけたこと言ってるんだい?殺しをするのはマフィアだけだとでも?だったらこの世の中警察はいらないよ」

「でも、そんな……」

「最後まで聞け、ダメツナ」


目を揺らがせるツナを叱咤する。こんな裏の世界にいるからには殺人よりもむごい惨状も知っているくせに、こんなところではまだ甘い教え子に、隠すことなく舌打ちをする。


「紫杏が父親と二人で留守番しているときだったらしい。一階でした物音に、父親が異変を察して紫杏をクローゼットに押し隠した。強盗かなんかだったんだろうな。犯行に計画性も何もあったもんじゃねえ。運が悪かったとしか思えない。

あいつの家に強盗が押し入り、父親が対峙した。そして、殺された。紫杏はその光景をクローゼットの隙間から見ていたらしい。バットで殴られる父親と、殴り殺す迷彩服に金髪の男。しかし、運悪く紫杏は見つかった。そして、最後に英語で、『You are also next time. 』」

「お前は次に会った時に殺す、ね。なかなかいい趣味してるじゃないか」

「雲雀さん!」


ツナが雲雀を咎めるが、雲雀は薄ら笑いを浮かべただけだった。


「おそらく父親が先に警察に電話でもしていたからだろう。殺しているだけの時間を取るより、逃げる方を優先した。そのあと、そいつがどうなったかは知らねえらしい。それから警察に保護されるまで記憶はあいまいみたいだな」

「そんなことが」

「おそらく、母親もそれが原因で壊れたんだろう」

「むごい……」

「シュバルツは、恰好が酷似していた。それに、おそらく逆光もあってだろう。その時の状況を思い出させた。だからフラッシュバックして、あの悲鳴、だろうな」

「……犯人は?」

「さあな。どちらにしても日本でのことなら、一般人か、迷彩服みてえだから軍人かもな」


どちらにしても、完全に裏世界であるマフィアには不可侵の世界だ。


「リボーン。その事件、調べることはできる?」

「マフィアは一般人に手出しはご法度だぞ」

「それでも、」


沈痛な面持ちのツナは、ほのぐらい瞳に激昂の炎をくゆらせているように見えた。ぞくりと背筋に走る何かに、知らず口元をゆがめた。


わかったぞ。


そう言い切る前に雲雀が遮った。


「いや、この件は僕にあずからせてもらうよ」

「え?」

「君たちは今、別件で手一杯でしょ。シュバルツも動かしたってことは、決定的なものが手に入ったんでしょう?」

「でも……」

「大丈夫。悪いようにはしないさ。それに、今、赤ん坊を紫杏から離さない方がいいよ。精神面的にも、そっちの問題的にも、ね」

「……わかりました。じゃあ、雲雀さん。お願いします」


この件はひとまずこれでいいだろう。あとは紫杏次第だ。しばらくは付きっきりになるだろうが、今屋敷内ですら安全とは言い切れない。ちょうどいいだろう。


「それで、シュバルツからの情報はどうだったの」

「そうだぞ。あいつからはもう聞き出したんだろう?」

「うん。アボロッティオのことは、概ね予想通りだったよ。ただ、一つ話しておきたいことがあるんだ。シュバルツには紫杏のことも調べてもらったんだ。あまりにアボロッティオの奴らが執拗すぎるから。犯行現場を見ただけでボンゴレまで相手にして追いかけるほどのリスクを負うかなって思うんだ」

「それで?」

「紫杏の戸籍はない。日本にもない。もしかしたら、名前を変えているのかもしれないと思って、姿絵とか使って幅広く調べてもらったんだけど……」

「まどろっこしいな。さっさといいなよ」

「……紫杏とボロッティオに何かしらの繋がりがあるみたいなんだ」

「繋がり?」

「まさか、この後に及んで紫杏がアボロッティオの間者だとか思ってないだろうね?」

「それは、ありえない。もしそうなら、あんな形で誘拐したりはしない。でも、紫杏を殺すのではなく、捕まえようとするだけの理由がある。シュバルツでも調べきれなかった理由が……」


考え込むツナだが、雲雀は興味が湧かなかったらしく踵を返した。


「それは僕には関係ない話だ。紫杏のこともわかったし、僕はもう戻るよ」

「雲雀さん。紫杏の調査、くれぐれもよろしくお願いします」

「ねえ、もし紫杏がアボロッティオとつながっているとしたら、君は紫杏を殺すの?」


普段と変わらぬ平坦な問いは、ともすれば揶揄っているようにすら聞こえる。ツナなら怒りをあらわにするかと思ったが、そんなことはなかった。ただ静かに、そして決意をその瞳に宿していた。


「紫杏は、俺の娘です。そんなことさせません」

「そう」


雲雀は酷く楽しそうに顔に笑みを浮かべ出て行った。相変わらず雲のようにつかみどころのない男だ。


「リボーンに任務を言い渡す」


琥珀色の瞳に静かな炎を灯らせたツナが口を開く。


「紫杏の護衛を」

「Si」

「お兄さん、もう合流できたかな?」

「さあな」

「……あーあ、なんでこんな面倒な作戦にしちゃったんだっけ」

「知るか。テメエが腰抜けだからだろう」

「確証もないのに、できるわけないだろ」

「だからって、懐に招き入れる奴がいるか。ボンゴレのドンが寝首をかかれるなんてシャレにならねえぞ」

「俺がそんなヘマするかよ」

「ハッ、どうだかな。お前が大丈夫でも、麻衣や紫杏は違う。俺たちの中では女子供に手をださないっていう常識”があるが、あいつらは違う。それはわかってんだろうな?」

「…あいつらはマフィアじゃないってことだろう」

「そうだ。そして、骸の潜入の裏は取れている。心配ねえとは思うが、情けなんてかけていい相手じゃねえぞ」

「わかってる」


ならいい、とだけ返して踵を返す。ツナには、なるべく麻衣の行動に気を配れとだけ言い置いて、もう起きているかもしれない紫杏の元へ向かった。


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