哀しき咆哮

渡された書類を無言でまくる。二人しかいない室内には俺がまくる紙の音と、ツナが書類にペンを走らせる音しか響かない。


これだけ文明が進んだ今でも書類仕事があるのは、一重にハッキングによる情報漏洩を防ぐためだ。いかにボンゴレのメカニックが素晴らしかろうと、ハッキングというのはいつの時代もその上を凌いでくるもの。技術が発展すればするだけ、より高度な守りがなされていくが、どこかに穴というものがあり、その針さえ通らないような穴をするりと通り抜けてくるのがハッカーだ。


そのため、ボンゴレでは重要な書類ほど、紙での報告が義務付けられていく。


ふと、ツナの気配が変わり、顔をあげると、先ほどまで動かしていた手を止めて卓上にあるカレンダーに目をむけていた。


その光に透けるブラウンの瞳をパチリと瞬かせる。


「ねえ、リボーン」


俺の名を呼んだボンゴレのボスの声はどこかあどけなく、まだこいつが闇に足を突っ込んでいない時の声を思い出させた。


「今日ってさ」


ツナがゆっくりと言葉を紡ぐ。


「あいつが来る日だっけ?」


あいつ、という三人称にすぐに浮かんだのは、今日この屋敷に訪れるはずの一人の男。


コロネロの後輩であり、元イタリア海軍コムスビン所属だった男だ。今は情報屋を営んでいる。そのくせ軍人時代が抜けないのか、いまだに迷彩服を身にまとい、軍人と違わぬ出で立ちをしているのだ。


そして、思う。


食えない男だと。


「俺、あの人苦手なんだよね」


ツナにしては珍しい言葉に、珍しいなと言葉を返す。


大空の属性であるツナはその使命である、全てに染まりつつ全てを包み込み抱擁する大空を体現している。


力がなく臆病だったからこそ分かることがあり、受け入れられることがあり、発揮できる力がある。そんな彼はあらゆる人間を惹きつけ、時にぶつかりあいながらここまで来た。


そんな男から苦手、という言葉を聞くのは実に久しぶりだった。


昔は学校の勉強から運動、何から何までダメで苦手だとぶつくさ言っていたが、内側に居れた人間に対してその言葉が使われるのは珍しいと思う。


「なんかさ、あの人のテンションってロンシャン、思い出さない?そのくせ、食えないんだよ」


苦笑交じりの言葉に、あいつか、とすでに忘れかけていたアホ面を思い出した。


中学2年で同じクラスになったトマゾファミリーの10代目であり内乱に乗じて俺たちが潰した、というより自滅したマフィアのボスだ。


敵同士だというのにかなりハイテンションなあいつの性格でツナにやたらと絡んできていた男でもある。


あのアホ面を思い出し、クッと喉の奥で笑う。確かに似ているかもしれない。あんなアホ面ではないにしても、テンションの高さや、酒でも入っているかの如くねっとりとした絡み方をしてくる性質などは。ロンシャンほどの陽気さはないが。


外見はまるっきり日本人の内藤ロンシャンとはちがい、軍人なだけあって体躯もよくその身のこなしもコロネロが認めるほどのもの。


「キライ、とかじゃないんだけど……、疲れるんだよな」


深く思いため息をつくツナに、確かにあのテンションはうざい。


ラルもよく殴っていたな。


「だが、あいつの情報は確かだぞ」


「うん。わかってる」


麻衣と成吉には会わせたくないなとぼやく綱吉は、そうとうあいつのことが嫌らしい。


成吉が生まれて一ヶ月が経とうとしている。いまだに手足をばたつかせるしかできない小さな存在は、すでにこの男を虜にするには十分だったらしい。


今から子煩悩でどうするのか。


いや、男親など、子供が慕ってくれるうちが花だろう。


そのうち息子だから反抗期を迎えて構ってもらえなくなるのだから。


あと何年後かに訪れるであろうあの小さい生き物の反抗期と、それをうけておろおろする綱吉の姿を想像し、ほくそ笑む。その姿はいつの日かの家光のようだ。


アイツの場合は仕事にかまけて家にほとんど帰っていなかったため、妄想を膨らませるしかなかったのだが。


そんなことをつらつら考えながら書類に目を通しているとき、その声は聞こえた。


屋敷にこだましたのはつんざくような悲鳴だった。その声に嫌な予感が胸をよぎり、綱吉が反応するより早く部屋を抜け出していた。


その声は、一度聞いたことがあった。


ついたのは昇降口。


そこにいたのは、頭を抱えて、この世のすべてを拒絶するかのように、まるで目の前に見たこともない化け物がいるかのように、喉がつぶれてしまうのではないかと思う程に叫ぶ紫杏がいる。


体中からありとあらゆる恐怖を履きだそうとしているかのようだ。ばたばたと騒がしくなってきた上階。


紫杏の前には、おろおろとしている軍服を着た男。さっきツナとの会話にあがっていた男だ。


あいつが何かをしたのか、何があって紫杏が“叫んで”いるのか、そんなことはどうでもいい。


ただ、紫杏が苦しんでいることだけは確かだった。


「あ、リボーンせんぱ―――」


男が俺にきづくとほぼ同時に、男は目を見開き、その顔面めがけて俺の足が飛んだ。


男の体はいとも簡単に吹っ飛ぶも、足に加わった衝撃は、不完全燃焼なもの。俺の動きに合わせて後ろに飛び退いたらしい。それでも、完全に衝撃は交わしきれなかったのだろう、吹っ飛んだ体はそのまま壁をへこませめり込んだ。


「紫杏!」


呼びかけるも、なおも叫んでいる紫杏に俺の声は届いていない。


肩に手をやってゆすり、彼女の目を俺に向けようとするも、見開かれた目は、目の前の俺ではない何かを見ていた。


チッ


舌打ちをこぼす。


駆け寄ってきた屋敷にいた守護者をはじめ、使用人たちを確認すると同時に、俺は紫杏の首筋に手刀を落とした。


途端に力をなくし崩れ落ちる紫杏の体を胸の中に抱き込んだ。


紫杏の叫び声がやみ、シンと静まり返った室内に、瓦礫の崩れる音と共に、男の痛みをこらえる声が響く。


「いっつーっ、さっすが、リボーン先輩。あれで防ぎきれないとかまじか」


「おい、何をした?」


立ち上がってきた男、基シュバルツに銃口を向け詰問する。


「…いや、えーっと、」


「3秒以内に答えねえなら、お望み通りその頭に風穴開けてやるぞ」


のろのろと上げられた両手。ひくりとシュバルツの顔が引きつった。


「や、やだなあ、リボーン先輩。こんなかわいい後輩を前にして何言って」


バンッという短い発砲音の後に男の耳をかすめた風。シュバルツには振り返ることもなく銃弾がかすめたのはわかっただろう。


男ががっくりとうなだれた。


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