壁から背中を離し、一歩一歩近づいてきたリボーン。まだ見上げなければいけない身長。それでも、いつもよりぐっと近づいている。 「紫杏」 リボーンが呼ぶ声が、いつものようにとても優しいもので、不覚にも泣きそうになった。 「ふっ、見違えるな」 スケッチブックがいつのまにかなくなっていることに気づき、あたりを見回すとリボーンがメモ帳を取り出した。 [あのひとはいいの?] 「ああ。問題ない」 [これなら、そばにいてもおかしくないかな?] 自分の恰好をもう一度見直す。 ハイウエストで、胸下あたりからヒダをつくり足元へと流れるスカートは、足にあたるたびに少しくすぐったい。 「綺麗だぞ」 リボーンが注意をひきつけるかのように私の頬に触れた。 「まるでLa Cenerentolaだな」 [なに?] 「灰かぶり姫の話は知ってるだろう」 頷くと、フッ、と笑みを漏らす。 顔を上げると、いつも鋭い目が少しだけ和らいでいるように見えた。 「ガキの姿だろうと、遠慮することはねえぞ。それに、俺としても離れてかれると困るからな」 [でも、つりあわないっていわれるよ] 「言わせておけ。俺のパートナーは俺が決める」 リボーンは私の前に膝をついた。 まるで物語の王子様のようだった。 帽子をとり、その帽子を胸へと当てた。そして、空いている手を私へとそっと差し出す。 「Ballerebbe con me? (私と踊っていただけませんか?」 言葉の代わりに、その手に自分の手を重ねた。 私の手はリボーンの大きな手に添えるように乗せられている。いつもは、包み込めるほど大きなリボーンの手なのに、今ある私の手はリボーンの手ともつり合いが取れているように見えた。 それが、うれしくてたまらない。 リボーンのオールバックにセットされた髪と、くるんと丸まるもみあげ。 どこからともなくリボーンが小さなクラウン型の髪飾りを取り出し、私の頭につけた。 「本物の姫みてえだな」 確かめるように触れると、その手をリボーンにとられた。 「こっちだ」 導かれるままに歩き出す。 慣れないヒールに足をとられながら、リボーンに従うままにホールの真ん中へと進み出た。途中、ウエイターに帽子を預けたリボーン。 明かりの下でより鮮明にリボーンの顔が見える。ここまではっきりと彼の顔が公の場で明かされたことはないのではないかと思う。 誰もがリボーンの容姿に見とれ、その危険な香りに息を飲んだ。 リボーンが私の右手をとり、左手を腰に当てる。もたもたしていた私をぐっと引き寄せて、顔を上げるように促した。 いつもは抱っこされているために近い顔の距離も、この姿で、今の状況で至近距離に端正な顔があると思うとどうしても顔に熱が集まってしまう。 「紫杏。綺麗だ」 低く、私にだけ聞こえるように囁かれた言葉。 楽団が音楽を奏で始める。 リボーンが動きだし、それに合わせるように私の足も動く。 リボーンがリードしていくなか、ただ熱に浮かされたようにリボーンの黒曜石の瞳だけを見ていた。 まるで世界に二人だけしかいないかのように流れる音楽の中リボーンに導かれるままに足を体を動かしていく。ふれあう肌が熱く、握られる手が嬉しくてなんだか幸せすら感じて泣きそうになった。 ふっとリボーンが止まる。 気づけば音楽すらも止まっていた。 ほう、と息をつく。口から洩れる息すらも熱を持っているように感じる。 リボーンの長い指が頬を滑る。 「火照ってるな」 リボーン、そう名前を呼びたくて唇を動かしたけれど音となってこぼれることはなかった。それでも、読み取ったリボーンが、ん?と返事を返してくれる。 「こっちこい。休憩だ」 流れるような仕草で腰に腕を回され、歩き出す。 隣のリボーンを見上げると、切れ長の瞳が横目に私を見た。 「フッ、そんなにみられると照れるぞ」 絶対にそんなことを思ってもないくせに、リボーンは妖艶に微笑む。 脇に来た私たちを迎えたのは、お父さんとたけ兄だった。 「リボーンが踊るなんて珍しいね。で…、リボーン。その子は…、誰?紫杏はどうしたの?」 「わからねえか?」 ニヒルな笑みを浮かべるリボーンは完全にお父さんで遊んでいるらしい。 わかったらすごいと思う。だって普段の私は5歳児でしかなくて、今は背もずっと高くなってドレスアップまでしている。 「…俺、会ったことある?」 「わかんねえなら、そのままでいいぞ」 ぐっと腰にまわされた手を引かれ、反対の手で、髪を一房手にしたかと思うと口元へ持って行って口づけをする。 その仕草に頬に熱が集まった。 「フッ、初々しいな」 そのからかいを含んだ声に、リボーンの腕を叩くと喉の奥で笑われる。 それでも尚からかおうとしてくるリボーンの手を逃れてお父さんの後ろへと隠れる。驚いているお父さんだけど、今は気にしていられない。 だって、ドキドキして心臓が破裂しそうだ。 無駄に触れてくるリボーンが悪い。 私と狼狽えているお父さんの反応が面白かったのか、珍しく肩を揺らして笑っているリボーンをお父さんの影から睨む。 「ククッ、悪かった。だから戻ってこい」 唇を尖らせ、つんとそっぽを向くと、お父さんが余計に困惑して私を肩越しに見下ろしていた。 「紫杏かくれんぼか?」 「え?紫杏って、山本?どういうこと?」 「さすが山本だな」 さすがというか、たけにいは私が大きくなったことに気づいていないようだった。こんなにも変化しているはずなのになぜわからないんだろう? お父さんはたけにいの発言に頭上にクエスチョンマークを浮かべながら私とたけにいを交互に見ている。 「まだわかんねえのか」 深くため息をついたリボーンが素早く私の腕をつかんだかと思うとお父さんの影から引っ張り出された。 そして、リボーンに後ろから抱きしめる形で立たされる。 「!!!…もしかして、本当に紫杏?」 こくん、と首を縦に動かすとお父さんはさらに目を見開かせた。 そんなに驚くほど顔が変わったっけ?と思いながら足元を見るも、自分の顔が見えるわけもなく首をかしげる。 「ちょ、リボーン、紫杏がなんでっ」 「骸だぞ」 「骸!?あいつ何やってんだよ!ていうか、パーティー来てたのか!」 「自分の守護者ぐらい把握しとけダメツナ」 リボーンはいつもの調子でお父さんを叱る。 「あーもうっ、本当に勝手に行動するんだから。あー、でも綺麗だね。高校生くらい、かな?」 「だろうな」 「そうだ。紫杏、写真撮っていい?絶対麻衣が喜ぶと思うんだよね」 「浮気と勘違いされねえようにな」 「そんなへまするわけないだろ」 いいながら、どこからともなく取り出されたケータイを構えるお父さん。 戸惑いながらリボーンを見上げると、何を考えているのかわからない笑みを向けられた。 その間に、お父さんに写真に撮られる。 次にリボーンが肩を抱き寄せてきたために、私はこてんとリボーンへと寄り掛かった。 何?と見上げると、ツーショットだ。と当たり前というように言われる。 お父さんを見れば、とても嫌そうな顔をしていたけれど、リボーンに脅されて結局撮っていた。 見せてもらった写真の中には、写真で見てもかっこいいリボーンと、その腕の中に納まっている17歳の私がいた。 ドレスを着て、化粧をしている私の姿は、記憶にある私の姿よりもずっと大人っぽく、まるで私ではないみたいに見えた。 「よし、送信、と」 「ツナ、俺にも送っとけ」 「わかってるって」 「じゃあ、俺たちは行くぞ」 「え!?どこいくんだよ!」 「どこって、デート中だぞ」 「はあ!?」 何言ってんのお前と声をあげるお父さんを無視して、リボーンは私の肩を抱いたまま歩き出した。 リボーンが離れたことを機にお父さんに話しかけてきた人がいたせいで、お父さんは私たちを追いかけることができなかった。まさかそれも狙ってたのかな、と思ってリボーンを見上げると、いたずらに口角を上げた。 「Egrave segreto. 」 低く囁かれた「内緒だ」という言葉に、思わず頬がゆるんだ。 |