霧に紛れてサンタクロース

窓ガラスに私の姿が映る。どこのお嬢様だというような格好をさせられている姿だった。馬子にも衣装なんて言葉が頭をよぎる。


髪はまとめあげられ、少し痛い。きっとあと少しでも引っ張られたらすべての髪が抜けてしまうんだろう。顔には化粧が施され、日本人特有の幼い顔立ちだったのが影も形もなくなっている。どうにも背伸びをしすぎているような気がする。


ドレスはオーダーされたもので、私の体にぴったりあっている。苦しくは無いが、慣れないドレスとヒールのある靴はとても歩きにくく、まだパーティーも始まってすぐだというのにもう疲れてきている。こんなので最後まで持つのか不安だ。


「紫杏!やっと見つけたぜ。小僧は一緒じゃねえのか?」


向かいからたけ兄がかけよってきた。いつもは何もしていない髪をしっかりまとめて整髪料で整えている。スーツより少しおしゃれな格好をしている彼の胸には一輪の花がつけられている。


わからないから首をすくめてみせると、困ったような顔をされた。


だって、私はメイドさんに着替えさせられた後、問答無用で開場につれてこられてしまったのだ。リボーンを見つけるにも、会場の広さと人の多さに圧倒されて動けなくなっていた。


メイドさんは、他にもいろいろと仕事があって忙しいらしく、そそくさと帰っていくものだからひきとめる暇もなかった。


会場にはホテルの大広間を貸し切られている。終わった後、そのまま宿泊もできるようになっており、私もその一室に朝から連れてこられてはボンゴレから一緒に来たメイドさんにドレスを着せられ化粧を施され、髪をまとめられと準備に勤しまれていた。おかげですでに体力は底をつきかけている。


イタリアのクリスマスは恋人よりも家族と一緒にいることが優先される。同盟ファミリーは家族同然だということで、特に親しくしているファミリーがいくつか招待されている。だから、警備も厳重になっている。


しかし、家族同伴が可能になっているためか、以前にマフィアのパーティーに出たときよりも子供の姿がちらほらと見受けられた。それを見越してか、食事や飲み物も子供用のものが用意されている。


室内にはアップテンポな曲が流れていて、ところどころにある丸テーブルには豪華な食事が並んでいる。立食パーティー式だ。中央にはダンスを踊るためのスペースもあけられていた。ちなみに、BGMは生演奏だ。豪華だ。豪華すぎる。


そんな場所に、ひとりで放り出されて困っていたところにたけ兄が来てくれたのだ。


手を伸ばすと、彼はスーツがしわになるのも構わずに私を抱き上げてくれた。


「かわいい格好してるのな」


頷くと、そっと頭をなでられる。髪を崩さないように配慮してくれているのがよくわかる手つきだった。


「とにかく小僧と合流だな。いいか?今日は絶対に小僧から離れるなよ。同盟ばっかだから大丈夫だろうけど、用心に越したことはないぜ」


ケータイを耳に当てながら、私に言い聞かせるたけ兄。同盟ファミリーしかいないとはいえ、何が起こるかわからないのがマフィアというものだ。マフィア界でも巨大な組織であるボンゴレを始め古参が揃っているのだ。これを好機と見て攻め入ってくるものがいてもおかしくない。


そして、今私が知らないところで何かが起きているのも確かだった。だから、たけ兄達はとても警戒しているのだろうと思う。でも、その何かが何なのかはわからない。


「小僧。紫杏を見つけたぜ。ホールに居る。ああ。………、わかった。西側の入り口付近だ。俺はこのまま紫杏といるな」


電話を切ったたけ兄は、すぐに小僧が来るからなと言った。


たけ兄の言うとおり、本当にすぐにリボーンが来た。いつもより少しおしゃれなスーツ。今日もレオンはいない。クリスマスなのに、お留守番を強いられたらしいレオンがかわいそうだと思った。


「山本。もう行っていいぞ」


リボーンに抱きかかえられるままたけ兄を見送った。








相変わらず、パーティーというものはどうにも苦手だとつくづく思う。


私は壁の花を決め込んでいた。リボーンはすぐそこで、女性と話し込んでいる。知り合いなわけではないらしいけれど、無下にもできない相手らしい。


リボーンにここから動くなと言われたためにじっとしている。


パーティーに行くたびに思うが、まるで別世界に来てしまったようだ。私がここにいることに違和感しか感じない。


最近では、子供の姿にもすっかり違和感を無くしてしまった。でも、こうして大人の世界に身を置くととても思う。もし私が17歳の姿だったとしたら。そうしたら、この空間に溶け込めるのだろうか。


こんなサビシイ気持ちにならずに、リボーンの隣に、堂々と並べるのだろうか。


「クフフ、浮かない顔ですね」


いつの間にか隣立っていた骸に驚いて彼を見上げる。


「せっかくのクリスマスパーティーです。楽しんではどうですか」


[むくろは?]


「僕はこういうのは好みませんね」


私は骸からリボーンへと目をうつす。


スタイルのいい女性は、胸を強調するような服装をしていた。そしてその豊満な胸をリボーンの腕に押し付けるようにして彼によりかかっている。


それを特に気にした様子もなく甘受しているリボーン。


「クフフ、恋煩い、ですか」


首を横に振って否定する。


骸はクフフ、と笑うだけだった。


「少し、テラスへ行きましょうか」


[うごくなっていわれた]


それを見せると、骸は無言のままリボーンへと近づいていき、耳元で何かをささやいた。


リボーンが少しだけ眉をしかめたように見えたけれど、何かを言う前に女性がリボーンの服を引っ張った。


「さあ、紫杏。アルコバレーノから許可はもらいました」


骸に手を引かれるままテラスへ向かう。一度、リボーンの方を振り返ると、なぜか目があった。しかし、すぐに私たちの間に人が行き交ってしまったために、姿は見えなくなった。


テラスへ出ると冷たい風が肌を撫でていく。しかし、火照っていた体にはちょうどいいように感じた。


[さんたさんっているとおもう?]


「サンタですか。僕には無縁な話ですね」


[いっしょ]


「…紫杏は信じていないんですか?」


[こないもん]


「そうですか」


何かを考えていた骸はしばらくして、小さく笑った。それに首をかしげると、なんでもないのだといわれてしまう。


「ちなみに、紫杏の今の望みは元の姿に戻りたい、というところですか?」


驚いて骸を見上げた。


骸は相変わらず余裕そうに微笑んでいるだけだ。


どうして知っているのだろう。どこでバレたんだろう。みんなに言われてしまうのだろうか。言われたら私は追い出されるのだろうか。ここにいられなくなる?


「紫杏。心配しなくても僕は綱吉たちに言うつもりはありませんよ。知った理由は、僕は霧の守護者だから、とでも言っておきましょうか」


骸の男性にしては細くしなやかな手が頭を撫でてくれる。動揺していた心がおちつき、短く息をついた。


「ですが、そうですね。ここには十年バズーカ―もあるぐらいです」


最後にぽんぽんと頭を軽くたたかれ、骸の手は離れて行った。


「サンタではありませんが、僕からささやかなプレゼントをあげます。あとは、君しだいですよ。紫杏」


骸が私の目に手をかざす。そして、しばらくすると離れた手。


目を開けると、見上げていたはずの骸の顔がずっと近くなっていた。


目を瞬かせて骸を見ると、微笑んで頭を撫でられる。


「日本人ですから、ちょうど釣り合うでしょう」


それがどういう意味かわからなかった。ただ、身長が伸びて手や足も長くなっている。着ているドレスも、子供っぽいものではなく、ハイウエストでさらりと地面へ伸びている黒いドレスだった。


「僕の役目はここまで。後は、頼みましたよ」


意味が分からず首をかしげる。骸は私の横を通り過ぎ、中へと戻っていこうとした。それを目で追いかけていると、テラスの入り口に人が立っていた。


いつものボルサリーノに、黒いスーツを着て、腕を組んで壁に背を預け佇んでいる。


「どういうつもりだ?」


「僕からのクリスマスプレゼントですよ。ささやかな、ね」


リボーンとのすれ違いざま、骸は何かをリボーンに囁くと、リボーンが口角を上げた。


「利子がつくな」


「負けておきますよ。クリスマス、ですから」


骸はそう言い残し人ごみの中へと消えて行った。


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あきゅろす。
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