えっと、左、だから階段を降りたらそのまままっすぐ行けばいいんだよね。 その前に、今の私にしては長すぎる階段という試練が待っていた。気を抜けばそのまま転がり落ちてしまいそうなほど高い。ここから落ちたら、誰かが来る前に死にそう…。 自分を奮い立たせるように、口の中にたまった唾を音を立てて飲み込んで、壁を伝って一歩一歩降りていく。登るときよりも楽だけど、大人用の階段は子供にとっては降りにくいことこの上ない。 自分の子供ができた時は絶対に小さい階段を作ってあげよう! なんて、ことを決意しつつ一段一段降りていく。 階段を降り切っても、また折り返しであるもんだから、これが溜息をつかないわけにはいかない。 でも、下に降りないとどうにもできないし、沢田さんにも頼まれたんだから頑張らないと! 一歩、また一歩。細心の注意を払って降りていく。 そのとき、ふっと優しい温かな風がほほをなでた。どこから、風が吹いてくるのかとあたりを見回す。でも、あいている窓もなければ、風が来そうなところもない。 気のせいかもしれないと思い、もう一段、と足を進ませれば、その足はしっかりと階段をとらえることなく、ズルッと引っ張られるように重力に従って、私の体は滑った。 「―――っ!!」 ぎゅっと目をつむり、体をこわばらせて、必死に地面に手をつく。その際に、体は止まったものの、尻もちをつき、加えて階段の段の部分に背中が当たって、痛い…。じんじんする…。半泣きになりながらドキドキと響く心臓に手を当てて抑える。 もう、この階段嫌だ。エスカレーターがいい!というか、エレベーターがほしい!自動的に階段を登れるものでもいいよ。ってそれ、エスカレーターか。 いつまでもそこで痛みに悶えているわけにもいかないので、そっと起き上って、まだ痛む場所を手でさすって痛みを和らげようとする。まあ、気休めだけどね。とりあえず、外傷はなかったみたいで良かった。 あと、数段の階段を一気に駆け下りて、やっと安堵のため息がつけた。今まで降りてきた階段を見上げる。 うん。私、頑張った。えらいぞ!私! なんて、自画自賛しつつ、目的を思い出して、足を進める。 私の部屋から4つ目のドア。 ここ、か。 ノックをしてみるけど、またもや返事はなし。リボーンも起きてないのかな?部屋に入ってもいいのかな? 沢田さんの時と同じように、返事がないので、背伸びをしてぎりぎり届いたドアノブを回して、そっと中に入る。 中は、沢田さんの部屋よりも少し狭いけど、私の部屋よりも大きい。そして、質素だ。無駄なものが置いていなくて、落ち着いている?感じ。 ベッドの近くに置いてある台の上には、リボーンが昨日もかぶっていたボルサリーノが。そして、そのボルサリーノの近くではレオンが目をくりくりとさせて私を見ている。 [おはよう] とりあえず、レオンに挨拶。レオンは舌をチロっとだした。たぶん挨拶だろう。その姿がかわいくて、思わず頬が緩む。 そして、ベッドに寝ているであろうリボーンに視線を移す。 やっぱり、彼のベッドはちゃんと独り用のベッド(それでも大きいけど)で、沢田さんの部屋同様、私の顔がやっとのぞけるぐらいの高さ。これでは、やっぱり上に登れない。 登らないといけないわけじゃないけど、声が出せない分直接起こさないといけないから…。 さっきのように椅子がないか確認。でも、そこまでものが置いていないこの質素な部屋にはそんな無駄な椅子なんてなくて、ソファーはあるけど動かせないし。 レオンが乗っている台を使えば登れるかな? じっとその台を見つめていれば、レオンと目があった。カメレオンなのに、やっぱりレオンはかわいいなあ。 なんて、考えることをすり替えて思っていたら、レオンはいきなり飛んで、地面に着地すると、七色に輝いて一回その姿が丸くなったと思うと、次に見えた時、レオンがレオンではなく、いい感じの台になっていた。 というか、これ、レオン!?レオンが突然変異で台になっちゃった!! え、これ、乗っても大丈夫?というか、リボーン!どうしよう!これ、どうすればいいの!?レオンが、レオンが!レオンじゃなくなっちゃったっ!! 頭の中は大パニック。でも、とりあえず私は、リボーンを起こしてこの事態をどうにかしてもらおうと思って、その台に素早く乗って、なるべく時間がかからないようにと思って、すぐにベッドに登った。 つぶれていないかの確認のためにベッドの下を見れば、また、七色に輝いたと思ったら、またレオンの姿に戻っていた。 な、なんで!?さっきのは何?まさか、魔法、とか?あ、ありえない…。 でも、私も実際に5歳になっちゃってるし、あり得ない話ではない…、って、あり得ないよね?私も含めて! 「クククッ、何百面相してやがんだ?」 突然聞こえた、笑い声に吃驚してその声の方を見ると、寝ていると思っていたリボーンが肘を立ててそこに顔をのせ、私の方を見ていた。 いつの間に起きたんだ、この人。 「おはよう。紫杏」 [おはよう] とりあえず、さっきレオンにも見せたのと同じものを見せる。 「よく、俺の部屋がわかったな。ツナか?」 うなずく。 といういか、今はそんなことより! [れおん!] 「?レオンがどうかしたか?」 リボーンは起き上がってレオンを見た。昨日は、ボルサリーノをかぶっているところしか見てなかったから、かぶっていないリボーンは初めて見た。 カッコいいな。 リボーンは今、スウェットっぽいものを着ていて、色はやっぱり黒だ。でも、それもまた似合う。というか、リボーンって何歳だ?そういえば、ここの人の歳って聞いてなかった気がする。 リボーンは…、大人っぽいけど沢田さんたちよりは年下だよね?じゃあ…、19とか、かな? リボーンは慣れた手つきで、ボルサリーノをとり左手で髪をかきあげてからそれをかぶった。 その姿が、様になってて本当にかっこいい。 というか、ここの人って皆美形だよね。 なんか、それにスーツを着てたらホストみたい。 ホストを実際に見たことがあるわけじゃないけど…。 「で、レオンがどうかしたのか?」 まだ下にいたレオンをリボーンは持ち上げて私の前に持ってきた。 それで、またさっきのことを思い出して、急いで紙に書く。 [れおんが、だいになった] 「だい?ああ、台か。それがどうかしたのか?」 え、反応おかしくない!?疑う訳でもないの?受け入れちゃいますか?普通。というか、自分のペットが台になったって言われたら、普通こいつ何言ってるんだ?ってならないのかな。 「ああ、そうか。紫杏はまだ知らなかったな。こいつは、形状記憶能力って奴があって、一度見たものなら何でも変身できるんだぞ」 そういうがはやいか、レオンはリボーンの手の上でまた七色に光ったと思えば、リボーンと同じボルサリーノに変身した。 あ、そういえば、ここの人たちに自己紹介する前に、帽子をかぶらされてそのあとそれがレオンになっていたかもしれない。 自分の頭の上で起こっていたことだから、ちゃんと覚えていなかった。 レオンはまるで私みたいだ。見たものを忘れない。私に言わせれば、忘れられない。それがいいという人もいるけれど、私にしてみればつらかった記憶を忘れられることはいいなと思う。 でも、瞬間記憶能力があって、よかったと思うこともあった。だから、嫌いにはなれない。それに、勉強に関してはかなり役に立ったしね。 「で、紫杏がなんでツナを起こしに行ったんだ?」 [ごくでらさんにたのまれた] 「で、ツナのとこに行って、俺のところによこしたのか」 深くうなずく。 「今日の、飯は獄寺か…。紫杏、ちょっと待ってろ」 リボーンはまだ帽子になったままのレオンを私の頭にかぶせてどこかに行ってしまった。けっこう大きかった帽子は私の視線を遮って真っ暗にしたため、あわてて外せばその部屋にはもうリボーンの姿は見えなかった。 でも、部屋を出ていくような音はしなかったし、何よりレオンを置いて行くようなことはしないだろう。 それに、待ってろって言われたので、大人しく待っていることにする。 しばらく、帽子となったレオンを触って遊んでいれば、レオンはまた違う形になった。それが、よくわからないもので、不思議だ。本当に、何を見てきたんだろう。レオンって。 また、違うものに変身したのでそれを手にとってみれば、それは銃だった。 なぜ、銃? よくできている銃。というか、レオンでも本物の銃になるの?とりあえずその銃を手に取ってみる。結構重たい。でも、レオンだからか、鉄の冷たい感じはしなくて、おもちゃみたいな感触。 そういえば、ここの人たちはマフィアって言ってたから銃とか持ってるのかな?人を、殺したり…、ま、いっか。あまり難しいことは考えないでおこう。 「!!…ああ、レオンか」 「?」 「レオン。戻れ」 横から聞こえた声に、そっちを向けば、黒のダボッとした服装ではなくて、ピッシリしたスーツを着たリボーンがいた。 レオンはリボーンの言葉通りにカメレオンの姿に戻った。 というか、リボーンは着替えにいっていたのか。 レオンを定位置に就かせると、リボーンは私を抱き上げた。 驚き慌てて暴れる私を、片手で抑え込んだまま彼は歩き出す。 「こっちの方が早い」 おろす気はないらしく、そのまま、リボーンは私が持ってきたスケッチブックとペンを持って部屋を出て、リビングに向かった。 |