「紫杏。今日からこの屋敷にお客さんが来るんだ。俺の中学時代の同級生なんだけど…」 そうお父さんから言われたのは今朝のこと。そして、私は言われたとおり部屋でおとなしくしていた。あとでリボーンが迎えに来てくれることになっている。 窓から外を眺めていると、大きな門が開き一台の車が入ってきた。その車はゆっくりと玄関前で止まると、運転手が恭しく扉を開ける。 中から出てきたのは女の人のようだ。 明るめの茶髪で、肩甲骨あたりまであるのだろうかストレートの髪をそのまま下ろしている。上から見ただけではよくわからないが、お父さんが彼女に近づいていくのが見えた。あの人がお客様であっているようだ。 よく見えなくて、顔を窓に張り付けるようにして覗き込む。 お父さんとその人が何か話しているようだ。その後ろにはたけ兄や隼人までいる。 中学の時の同級生と言っていた。仲良しだったのだろうか。いまいち中学生のときのお父さんというのが想像できないでいると、不意に彼女が顔を上げた。 慌てて伏せる。しっかりと目が合ってしまったような気がする。しかし、あっちからは窓があるから見えないかもしれない。 ドキドキと鳴る心臓の音を聞きながら、ゆっくりとさっき見た顔を思い出してみる。 日本人のようだった。瞳はくりくりした茶色で、白い肌でとてもきれいな人だった。 そっと体を起き上がらせて窓から、再び覗き込んでみると、すでに誰もいなくなっていた。 「紫杏。夕飯だぞ」 不意にノック音が響く。あれからずっと絵本を読んだり、絵をかいたりして過ごしていた。 いつもならノックなどせずにいきなり入ってくるリボーン。それなのに、今日はいつまで待っても入ってくる様子がない。 そっと扉に近寄り、ドアを少しだけあけてみると、両手にお盆を持ったリボーンがいた。 「早く開けろ」 驚いて固まっている私に、リボーンは片足で扉を押し開いた。 「今日はここで俺と食うぞ」 [おきゃくさん?] 「そうだ」 さっき書いていた中に、彼女の絵もあったのを思い出し、それを見せる。 「見てたのか?」 [たまたま] 「フッ。嘘もつけるようになったか。まあいい」 [あうのだめ?] 「そんなことねえぞ。いいから食おう。冷める」 そういって、テーブルの上に置いた料理に手を付け始めたリボーン。それに習い私も食べ始める。いつもはたけ兄や隼人たちの声で騒がしい夕食も、リボーンと二人だととても静かだった。 ふと、何か違和感を感じて食べる手を止めた。じっと彼を見上げていると、宇宙の様な深みのある黒をした瞳と目が合う。どうした。と静かに問いかけられ、首をかしげた。 何に違和感を感じたのかわからなくて、もう一度注意深くリボーンを見る。そして、気づいた。あれ?ともう一度首をかしげる。 [れおんは?] そう。いつもなら彼のボルサリーノの上で大人しくしているはずのレオンの姿が見えない。彼とレオンはいつも一緒で、どんな時でもたいてい彼の頭の上にレオンはいる。だから、見えないレオンの姿に違和感があったのだ。 「ああ。レオンなら今日はお留守番だ」 それ以上は問うなとでもいうように、食事を再開したリボーンに、レオンでもリボーンから離れることがあるんだと内心驚きつつ、私も食事を再開した。 明日からは勉強だ。そう切り出したのは、お腹も落ち着いてきたころだった。何の話か分からずに、ドルチェに伸ばした手をそのままにリボーンを見上げる。 「もうすぐクリスマスだからな」 クリスマスと勉強と何の関係があるのかわからず再度首をかしげる。 「マフィア式のクリスマスパーティーだぞ」 ニヒルな笑みを浮かべたリボーンに嫌な予感しかしなかったが、そのクリスマスパーティーという響きはひどく魅力的だった。 マフィア式、というのが気になるところだけど。 「パーティーを開くんだぞ。ボンゴレ主催で傘下のファミリーを招待する。そこで催し物が開かれたり、ダンスを踊ったりする」 [わたしもでるの?] 「そうだぞ。お前はもうボンゴレの娘だからな。それなりな教養、そしてダンスも踊らなきゃならねえだろうし、おそらくほかファミリーから縁談の話も来るだろう」 縁談という言葉に驚いて、口に運ぼうとしていたドルチェを取り落してしまった。皿の上に逆戻りしたドルチェを見下ろす。 「大企業じゃよくある話だ。逆に、幼いうちから許嫁がいないほうが不自然だな」 そして、リボーンは私と同い年くらいの子供がいるファミリーを次々に上げていった。それが本妻だろうが妾の子だろうが、関係ないとも付け加えて。要はボンゴレのようなトップファミリーと確かなパイプをつなげておきたいということだろう。 許嫁のいるファミリーに何かあったら、見捨てるわけにもいかないのだから。 だからといって、私はまだ元が17才だからいいけど、相手は本当の5歳だ。 精神年齢差で一回りも違うのだ。何より、5歳といえば子供ランボだけど、あんなやんちゃな子供と婚約させられるなんて絶対に無理だと思った。 嫌だと何度も首を横に振る。そんなの嫌に決まってる。 「だから、そういうのを交わすための教養を身に着けることも必要なんだぞ」 つまり、ナンパ対策を教えてくれるということなのだろう。 皿の上に落ちてしまったドルチェを再び救い、口にいれる。甘さが口の中に広がっていく。うん、おいしい。 「クリスマスまであまり時間がねえ。みっちり扱くからな」 [おしごとは?] 「しばらくの俺の仕事は紫杏の家庭教師だ」 わかったなと念を押されたために深く頷く。 リボーンの仕事が私の家庭教師ということは、クリスマスまでは一緒にいられるのだろう。勉強は少し憂鬱だが、頑張ろう。 「明日はまず、礼儀作法だ。朝9時に起きてこい。テーブルマナーから教えてやる」 [あさごはんから、おべんきょう?] 「そうだぞ」 起きた瞬間からお勉強が始まるらしい。なんてハードなんだろう。以前お父さんに、リボーンに家庭教師をしてもらった時の話を聞いたことがあるが、私もそんな風に銃を向けられたりするのだろうか。 「安心しろ。ボスを育てるわけじゃねえからな」 [おてやわらかに] 「フッ、立派なレディに育ててやる」 口角を上げ、彼の手が私の頭に乗る。切れ長の瞳が細められた。とても楽しげな笑みに、明日はきっと今までで一番大変な一日になるのだろうと思った。 「今日はもう寝ろ。遅刻したらお仕置きだからな」 お皿を片づけ始めたリボーンに大きく頷いて、私は寝る準備を始めた。 |