悶える羞恥に束縛を

すらりと伸びた足が、ゆったりと前へと出されていく。足音を立てることなく進むその姿は、優雅で掃除をしていたらしいメイドが揃って頬を桃色に染め上げ目元を下げる。


その様子を目の端に捕らえ、目が会うたびに、その口元を少し釣り上げるととたんに真っ赤になるメイドに嘲笑が浮かぶも、それが表情に出ることはない。


骸は今、朝も早いこの時間帯に呼び出され、ボスとは認めてもいない、これからもそんな予定はない相手の元へと赴いていた。


もちろん、素直に応じたのにはそれなりに理由があるのだが、いかんせんこちらからわざわざ出向くというのがどうも癪に障ると、わずかに眉を寄せる。その姿さえ美しく感じさせるらしく、すれ違ったメイドは彼を見送ったあと近くにいた同僚と黄色い声を上げるのだった。


「やあ、骸。遅かったね」


「クフフ、僕に指図をしないでくれませんか。沢田綱吉」


珍しくもないが、不機嫌をあらわにする骸に綱吉はわずかに眉を寄せたあと深くため息をついた。どうせ何をいったとしても無駄である。そして、こうやって来たということは、今回の話に乗る姿勢で居てくれているということ。ならば余計なことを言う必要はないだろうと結論づけた。


「一昨日帰ってきたところで悪いけど、潜入捜査。行ってきて」


「アボロッティオですか」


「違う」


「ならば受ける気はありませんね。クロームにでもやらせればいい」


「はあ、今回はクロームじゃ荷が重いんだ。それに、内容を聞いたら断れないよ。骸は」


やけに自信満々に行ってのけた目の前の男に、骸は目を細め鋭い一瞥をくれてやる。霧とは本来相手に行動を読ませないもの、そして相手を惑わすもの。しかし全てを抱擁する大空には効かないのだから厄介なものだ。と、自身の指にはまっているリングに目を落とした。そこには、霧の紋様が刻まれた藍色の石が輝いている。


目の前の机に数枚の紙でまとめられた資料が置かれた。何も言わずそれを手に取り表紙をめくる。そして目に飛び込んできた文字に思わず不快の表情をを浮かべた。


「……頼まれてくれるな?」


「…先日までのものと関連が?」


「……ああ」


その言葉はとても短いのに重く部屋のなかに響いた。資料に書かれている文字を拾っていく骸の目がどんどん険しくなっていく。


「クフフ、これを僕に調べろと?」


「ああ」


「そんな面倒なことをせずとも僕が壊してきますよ」


口元には笑が浮かんでいるが、その目はひとつも笑っていない。ぎらりと光った目の奥には激情が浮かんでいる。感情を率直に表す了平ならば、怒り狂っている場面なのだろう。


「ダメだ」


間髪いれずに否定され、骸の口元から笑みが消える。


「まだだ。まだ早い」


「証拠不十分、ですか」


「ああ」


「これだから組織は面倒ですね。害なすものを野放しにしておけば、いずれ取り返しのつかないことになりますよ」


「その資料にあるモノは末端だ。トカゲのしっぽきりになれば本体を逃す。それに…、今はまだ紫杏にとっても麻衣にとっても危険だ」


「クフフ、これだから君は甘い」


「骸。頼むよ」


先ほどまでの低い声とは違い、まるで友人に頼むそれのように親しみを持った声音に変わる。


「…クロームをよろしくお願いします」


「ありがとう」


骸はそれ以上何も言わず、綱吉の部屋を出た。










「まあ、それで今日はずっと避けてるの?」


お母さんの忍び笑いとともに、愉快そうな声が耳に入る。


今日はお母さんの部屋に来ていた。いつもなら、ほかで遊んでいるんだけど、避難しに来ているのだ。


「はひ、リボーン君も隅に置けませんね!」


そんな楽しそうに言わないでほしい。こっちはいっぱいいっぱいなのに。


そう思っていると、お母さんに頭を撫でられた。


お母さんの雰囲気は日増しに母親のそれへと変わっていく。それはお腹が大きくなることにも関係しているのかもしれないけど、お母さんの雰囲気が何とも言えず慈しみをもったものへと変わって行っているのだ。


今までも、お母さんは母親のように優しく時には厳しくって感じではあったのだけど、そのどこかにやはり少女のような部分があった。それが、なりを潜めてきているのだ。


「ふふっ、紫杏ちゃんに彼氏ができる日も近いのかしら」


「そうなったら、ツナさんが大変そうですね!」


「そうね。しかも、相手はリボーン君だから、複雑そうな顔をするところが想像できるわ」


なんて、二人で楽しそうにしているが、私からしたら笑いごとじゃない。徐々に顔に集まってくる熱を隠したくてうつむくと、それを見た二人がさらに笑い声をあげる。


なぜ私がお母さんのところに来ているのかというと、それは今朝のことまでさかのぼる。今朝の出来事、リボーンにほっぺにキスされたことで、リボーンとまともに顔を合わせられなくなったのだ。だから、ここに逃げ込んでいる。事情を説明したら、すっかり話のネタにされちゃったんだけどね。


「麻衣、入るぞ」


「あら、噂をすればね」


突然扉の向こうから聞こえてきた声に肩をはねさせる。あわててお母さんの方へ行き、お母さんの背中に隠れた。


「紫杏が来てるだろ」


「ええ、来てるわ」


あっけからんと言ってのけたお母さんに、隠してよと叫びたくなった。といっても、こんなお母さんの背中に隠れているような状態じゃリボーンにはバレバレなんだろう。現に、入ってきたときの言葉が疑問形じゃなかった。


「紫杏。出てこい。避けてんじゃねえぞ」


ゆっくりと部屋の中に入ってくるリボーンに、私は抵抗するようにお母さんの背中に顔をうずめた。だって、リボーンの声を聞いただけで、リボーンの匂いが鼻をかすめただけで、今朝のことが頭をよぎる。そして容赦なく顔に熱を送るのだ。そんな状態で顔を合わせられるわけがない。


近づいてくるリボーンに、無理だと首を横に振る。


「そんなに逃げんじゃねえぞ。さすがに傷つく」


さして、傷ついている風でもない声音に、さらにお母さんに抱き着いた。


「ふふっ、紫杏ちゃん、顔真っ赤」


お母さんの楽しそうな声を耳にしながら、なんとか動悸を抑えようとするも、それもかなわない。


「リボーンちゃんが乙女にキスなんてするからですよ」


「口にはしてねえぞ」


「そ・れ・で・も、です!」


「挨拶と同じだぞ」


[わたし、にほんじん!]


お母さんの影からスケッチブックを出せば、文字を読んだらしいリボーンが盛大に溜息をついた。


「わかった。…いいから出てこい紫杏」


その、どこか低く機嫌が悪そうな声に、びくびくしながらお母さんの影から顔を出してリボーンの方を見ると、いつもと変わらない彼がいた。やはり、彼にとっては挨拶であって他意はないのだろう。そのことに、どこか気落ちする自分がいた。


「紫杏」


ずるい、と口の中でつぶやく。そんな風に名前を呼ばれてしまうと、逆らう気にならない。きっと、そんなこともわかっていて、リボーンは今、名前を呼んだのだ。


リボーンの黒曜石の瞳がまっすぐ私を見る。お母さんが私の背中を押すように、わずかに体をずらした。


おそるおそる、お母さんの背中から出ていけば、リボーンが口角を上げる。そして、あっと思った時にはもうリボーンにとらえられていた。


私の体はリボーンの腕の中にすっぽりと入り、耳元で低い声がする。


「もらってくぞ」


「からかうのもほどほどにね。リボーン君」


「…邪魔したな」


背中を二回ほど軽くたたかれる。リボーンの肩に顔をうずめるも、鼻をかすめる彼の香水の匂いにどうしようもなく恥ずかしくなった。


「機嫌はなおったか?」


[…もうしないなら]


「慣れろ。ここじゃ挨拶だ」


結局、どうしたって彼を拒絶することなんてできないのだ。


「ああ、でも…」


背中をなだめるように触れる手も、香る彼の珈琲と香水の混じった匂いも私を安心させる要因にしかならないのだから。


「俺以外には許すんじゃねえぞ」


やっぱり、しばらくは彼の顔をまともに見れないだろう、と熱を持つ頬を感じて思うのだった。





出て行った私たちを見て、お母さんとハルさんが私たちの今後を勝手に予想して盛り上がったのは別のお話。


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