窓から入り込んでくる風は、肌寒さを感じさせるような冷たさを持っていた。その冷たさにぶるっと体を震わせる。 その感覚に集中力が途切れ、今まで見ていた書類から目を上げた。 いつのまにか大分時間がたっていたようだ。室内は薄暗くなっている。これでは眼も疲れるはずだ。机の後ろにあつらえてある窓へと視線をやると、外は茜色から濃紺へと色を変えつつあった。 「…わかったの?」 窓の外に視線をやりながら、問いかける。 その言葉を拾った人物がわずかに動いたのが感じ取れた。 「……ええ、ある程度は」 微笑を含んだ声に、そう、とだけ返す。 夕日が沈んでいったのか、地平線あたりだけがオレンジ色をまとっている。少し上に視線をずらせば、そこにはもう一番星が輝いていた。 再び、風が入り込んでくる。 さらに冷たさを増した風を感じ、窓を閉めるために立ち上がった。ついでに電気もつける。 「彼らはどうも、また何かをたくらんでいるようですよ」 「…麻衣か?」 「いえ。紫杏です」 「…やっぱりか」 「おや、予想していたんですか?」 「ターゲットを変えるわけがないだろうとは思っていたよ」 窓を閉めれば、先ほどまで感じていた肌寒さが遠のいて行った。 窓ガラスに映った己の姿は、眉間にしわをよせ険しい顔をしていた。それとは対照的に、後ろにいる人物の口元には笑みを湛(たた)えている。 その心底愉快だとでもいうような口元に、相変わらずだと心の中で溜息をつく。 「クフフ…。どうするつもりです?」 「とりあえず、確かな情報を持ってきて」 「貴方は相変わらず人使いが荒い」 「…守るためにはいくらでも」 「……少しはマフィアらしくなった、と言っておきましょうか」 「それ、褒められてるの?」 「さあ?」 振り返れば、やはり表情からは読めない骸の顔がある。 オッドアイの瞳が部屋の照明にきらりと光った。 「とにかく、よろしく」 「ええ、わかってますよ。僕も、彼女は気に入ってる」 「……雲雀さんといい、ザンザスといい…。紫杏も麻衣もどうして好かれるかな」 「僕を彼らと一緒にしないでください」 「はいはい。じゃあ、頼んだよ」 骸が若干不機嫌をあらわにしたところで、話は終わりだと手を振った。実際、なぜこうもうちの女性陣は扱いにくい男たちに好かれるのか謎だ。 好かれるに越したことはないにしても、とくにザンザス率いるヴァリアーにも気に入られるとなるといろいろと面倒この上ない。 思わず出た溜息は、誰にも聞かれないはずだったのに返事が返ってきた。 「でかい溜息だな。もっと書類追加してほしいか?」 なぜ毎回毎回ノックもせずしかも気配をわざわざ消して入ってくるのか。 「リボーン。ノックぐらいしろっていつもいってるだろ」 「聞き飽きたぞ」 「俺も言い飽きたよ…」 がっくりとうなだれながら、休憩とばかりにローテーブルの前に備え付けてあるソファーに腰を下ろす。昔では座ることなどないだろうと思っていたような、ふかふかのソファーはゆっくりと沈み、適度な弾力を保っている。 「骸とすれ違ったぞ」 「そう…。報告を、ね」 「で?」 「…警戒はしておいて。近いうちに何か起こるだろうから」 「紫杏がらみか」 疑問形ですらないその言葉に、首肯で返す。 ずっと座って書類整理だったために凝り固まった体をほぐそうと、腕をのばすと、ぽきぽきっと骨が小気味好い音を奏でた。 「骸でもここまで手こずる、か」 「それだけ相手がこっちに慎重なんだろ。警戒されすぎて動きにくい。逆に何かあるって丸わかりでもある」 再び嘆息するも、リボーンは俺を見て鼻で笑うだけだった。 「で、リボーンはなんで来たんだよ。もう報告書は受け取ってるけど?」 「もうすぐある合同パーティについてだぞ。キャバッローネはもちろん、今年はジッリョネロも来る」 「ユニのとこ?」 「ああ。ユニが紫杏のことを聞いたらしい」 「…へえ、じゃあまたちょっと大変になるかもね」 「獄寺とかにも伝えとけ」 「うん」 身をひるがえし、相変わらず気配も感じさせず去っていく黒いスーツの男。一人残された室内で、今までの出来事と今回浮かび上がってきたことをつなぎ合わせる。 まだだ。 まだ、ピースが足りない。 「…それでも、俺が守る」 俺の大切な人たちを、この手で――― |