嘲る声に、蹲る声

下を向いて歩いていたせいか、気づいて止めようとしたときにはすでに遅く私の体は私より少し大きな体にぶつかってしまった。


見上げれば、ブロンドの髪をきれいに結いあげお化粧もしてあどけなさを隠そうとしている顔が私を上から睨んでいた。きれいな紫のドレスはもこもこのファーがついていてとても柔らかそうだ。


この子としゃべっていたのだろうほかの4人も何事かと私を凝視する。そのすべてが今の私より年上であろう背格好をしていた。みんな思い思いのドレスを着飾り、なんとなく気品も感じられる。いいところのお嬢様はやっぱり雰囲気から違うのかと、見とれていると、ぶつかってしまった女の子が口を開いた。


「あら。どこのぶしつけな方かと思ったら、ドン・ボンゴレ様の養女でいらっしゃるじゃありませんか」


青く冷たい色をまとった瞳が私を見下ろす中、彼女から発せられたのは流暢な日本語だった。日本語は世界の中でも難しい言語のはずなのに、使い方は日本人よりきれいだろう。イタリア語で話しかけられると思っていたから、驚いていると彼女は何を思ったのか鼻で笑い飛ばした。


「護衛もお付きの方も付けずにどうされました?ああ、養女であるあなたにそんなものつくこともありませんか」


彼女のその言葉に周りにいた子たちがくすくすと笑い始める。つまり、守られる価値もないのだと暗に言っているというのはわかるが、反論する気にもならなかった。


「黙ってないで何かいったらいかがです?それとも、幼すぎて私の言っている意味がお分かりになりませんか?もっと、わかりやすく言って差し上げましょうか」


馬鹿にされているのは十分わかる。近くにいた大人は彼女の言葉を聞いてさっと顔いろを変えたが、誰も彼女を止めようとする者はいなかった。それだけ、彼女のファミリーの地位が上にあるということなのか、同じように思っていたからかはわからないが。


[Io lo misi via se io colpii e sono spiacente.Non c'è il danno?(打つかってしまい、申し訳ありませんでした。お怪我はありませんか?)]


あえてイタリア語で対応すると、彼女たちはまさか反論してくるとは思っていなかったのだろう。ひどく驚いた表情をした。


「Capisca italiano?(イタリア語がお分かりになって?)」


[Chiaramente.(もちろんです)]


そこまで会話したところで後ろの子たちがスケッチブック?と小声で言ったのが聞こえた。


「ドン・ボンゴレの娘となる方は私どものような下の者とはお話したくないということかしら?」


その言葉を皮切りに後ろにいた子たちも一斉に、なんてひどい方なの、とか言い始めた。確かに、初対面でしかも、こういう場所で文字にしてしゃべるというのは失礼なのかもしれない。でも…。


「そもそも、どうしてボンゴレの方はこんな子供を引き取ったのかしら。見たところ、頭がよさそうでも運動ができそうでもないのに」


「イタリアで迷子になっていたそうよ」


「なら、親もいないってこと?」


「孤児でしょう。けがらわしい」


「お母様も言っていたわ。素性もしれないものをファミリーに、しかも養子に引き取るなんてどうかしてるって。気違いでも起こしたんじゃないかしらって」


「あら、そちらも?私のところもよ。お父様が、ボンゴレもこれまでかとも言っていたわ」


否定したいのに、口からはやっぱり声が出てくることはなかった。そして、書こうとしても矢継ぎ早に繰り出される言葉にどれに対して書けばいいかわからず結局きいているだけになった。


「こんな子より私のほうが優れているのに!」


「あら、それだったら私が。お母さまにも言われたもの。貴方のほうがボンゴレの娘にふさわしいって。教養だってこんな子に負けるはずありませんわ」


「こんなどこの誰ともわからない子どもなんかに」


その言葉が最後だった。


それ以上彼女たちの口からことばが紡がれることはなく、ただ開かれた口から息が漏れるだけだった。


「クフフ…、随分おもしろい話をされているようですね。紫杏」


見開かれたライトブルーの瞳が揺れる。


「アルコバレーノはどうしました」


[ゆにさんとはなしてる]


振り返ったところにいたのはいつもと大して変わらない格好をしている骸だった。私の言葉にわずかに眉をしかめるがすぐに笑みを浮かべた。


「あ、あの…、ろ、六道さま」


「おや、そちらは、ペンシェーロファミリーのご令嬢ではありませんか」


「わ、わたくし、その…」


「紫杏の相手をしてくださっていたようで、ありがとうございます」


流麗な仕草でペンシェーロファミリーのご令嬢という彼女の手をとるとその甲に唇を寄せた。そんな骸は、自分に見惚れている彼女に、薄く笑ってみせていた。


しかしそれも一瞬のこと。とろけるような笑みは嘲笑へと変わった。


「しかし、どこの誰に聞かれているともわからない場所で不用意な発言をすることは関心しませんね」


彼女の顔が痛みに歪んだ。骸がいまだに離していなかった手に力を込めたのだ。


「聞かれた相手が僕だったからよかったものの、アルコバレーノや綱吉が相手だったら今頃どうなっていたか…。教養があるとおっしゃるならご自分の発言はよく考えてからされたほうがよろしいかと思いますよ」


「っ!!」


「それでは、僕たちはこれで。どうぞごゆるりとお楽しみください」


骸は最後、がらりと雰囲気を変えてにこやかに笑うと私を抱き上げそのままテラスへと足を進めた。うしろ見てみると、茫然と突っ立っていた彼女が、腰が抜けたのか座り込んでしまっている。


骸に抱きあげられたままテラスへと出た。夜の涼しい風が体全体を包んでいく。人ごみの中にいたり、さっきのできごとがあったりして体はこわばっていたらしく無意識のうちに息を吐き出した。


会場内の熱気によって紅潮していた頬を風が優しくなでていく。腕はむき出しだが、骸の体温で寒さは感じなかった。


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