それに見紛うは、華

どうしようか。


きっと、行っても何も言わず受け入れてくれるのはわかっているのだが、なんとなくためらう気持ちがあって素直に駆け寄ることができないでいる。


私から数メートル離れた場所でボンゴレのみんなが楽しげな笑顔を見せていて、まるであそこには自分が必要ないかのように感じてしまう。疎外感、とでもいうのだろうか。


やっぱり、あそこに行くのはやめよう。そう決めて踵を返したとき、騒がしいホール内なはずなのに、その大きくも小さくもない声が私の耳に届いた。


「紫杏」


振り返ると、いつの間にいたのか、お父さんたちのほうからこちらに歩み寄ってくるリボーンの姿があった。


「来い」


その言葉はまるで魔法のように私の足を動かす。


差し出された手に導かれるように彼へと走りよれば、リボーンはかすかに微笑んでくれた。


そして、そのまま手を引かれてお父さんたちの方へと連れて行かれる。リボーンの手は、手のひらが固く皮が厚い。それなのに、指は長くとても綺麗だ。


「ユニ」


「リボーンおじさま」


おじさま?


思わずリボーンを見上げると、私の視線に気づいたのかニヒルな笑みを浮かべていた。


「ユニ。こいつが言っていた紫杏だ」


ユニとリボーンに呼ばれた少女の視線がリボーンから私へとおろされる。思わずリボーンの足の影に隠れた。


「紫杏?」


リボーンの足を挟んだ向こう側には、私に気付いたユニさんが私に微笑みかけている。


「初めまして。ユニです。よろしく、紫杏ちゃん」


まじかで見るその笑顔はとてもかわいらしく、見ているこっちまで笑顔になれそうな表情だった。


リボーンの足からそっと出て、私も挨拶をする。


[はじめまして。紫杏です]


近くで見て初めて分かったが、彼女の左目の下には花がペイントされていた。


「この子供がボンゴレが最近もらったっていう噂のやつか?」


ユニさんの後ろから見下ろすように顔を出したのはガンマと呼ばれていた男の人だった。金髪をオールバックにして、眉間によせられたシワはとても不快そうに見える。


「そうだぞ」


「本当にただの子供だな。だが、スケッチブックで会話するというのは初耳だ」


さっき、ユニさんにも書いて見せた自己紹介を彼にも見せる。


「γ」


「…γだ」


ユニさんに促されてだけど、挨拶を返してくれた。そのしぶしぶ感が二人の上下関係を表しているみたいだった。


「それにしても、黒髪にひらがなってことは日本人か?ボンゴレはつくづく日本とかかわるな」


「紫杏はイタリア語もかけるし、理解してるぞ」


「イタリア育ちか」


「さあな」


「?」


会話が一区切りしたらしいのを見届けて、私はリボーンのズボンを引っ張った。


「ん?」


[なんで、おじさま?]


「俺がユニのばあちゃんと古い知り合いだからだぞ」


なんだか、納得できるようなできないような理由に思わず首をかしげた。しかし、リボーンはそれ以上いう気がないというように私の頭を一撫ですると、ユニさんへと向き直る。


「ユニ、集会はこの屋敷を使えるぞ」


「本当ですか?」


「ああ。ツナには許可をとってある」


「ありがとうございます。助かりました」


「構わないぞ」


なんの話かわからないが、それはガンマさんも同じだったらしい。難しい表情をしていた。


私たちから少し離れたところでは、さっき隼人と言い合いをしていた人が、今はたけ兄と楽しそうにしゃべっている。


他に周りを見回すと、そういえば雲雀さんがいないことに気付いた。


リボーンのズボンを引っ張り、ここから離れる意思を示す。


「ボンゴレ関係しかいねえが、気をつけろよ」


心配そうに私を見るリボーンに頷き返し、私はその場を後にした。






「ふふっ」


人ごみにまぎれていく紫杏の小さな背中をみていると、不意にユニが笑う声が聞こえてきた。


紫杏の姿がちょうど見えなくなったこともあり、前へと向き直ると、そこには心底楽しそうな、というより嬉しそうな顔をしているユニと、それを不思議そうに見つめているガンマの姿があった。


「なんだ」


「いえ」


問いかければ、短く返ってくるものの、それでもまだ収まらないらしい衝動が、ユニの細い肩の揺れに現れていた。


「ユニ」


「ふふっ、ただ、リボーンおじさまが本当に紫杏ちゃんを大切にしているんだと思ったのです」


それがうれしいのだとユニは花が咲いたような笑みを浮かべた。その顔に、かつて見たルーチェの顔を重ねる。本当によく似ている。アリア以上に、ユニの存在はルーチェに似ていた。


「大切、か」


「はい。とても、いとおしそうに見ていましたよ」


「…そうかもしれねえな」


その言葉に、帽子の鍔をさげ表情を隠した。しかし、緩む口元は抑えられない。


「リボーンおじさま」


改まって呼ばれた自身の名と、その声音に口元を引き締めた。先ほどより低く発せられる彼女の声に、ユニの表情を見れば、打って変ったような真剣な表情とどこか憂いているような表情があった。


「ユニ?」


「…紫杏ちゃんは、“どこから”来たんですか?」


「………」


その質問に、ほかの奴らがする質問とは違う意味があるように感じ、応えるのをためらった。いや、もともと、その答えなどありはしないのだ。あるいは、雲雀なら知っているかもしれない。


紫杏の情報が何も出てこないことは知っている。しかし、それを深く追求する必要性も感じていない。それ以上に、彼女の行動こそが、今までの生活を示しているようにも感じるのだ。


紫杏は謙虚だ。というより甘え方を知らない。そして笑うこともしない。それは意図的ではなく感情が表に出ないようになっている。


人は、子供は大人の表情を見て感情表現を学ぶ。それをしてこなかった子供は顔に感情を表せないと聞く。実際にそういった例が過去にもいくつかあるのだ。


「…おじさま。紫杏ちゃんの、“彼女”の手を離さないでください」


「…何か、見えたのか?」


「いえ。ただ、私にも見えない“何か”が彼女にはあります」


「悪い事か」


「わかりません。ただ、離してはいけません。大切なら、つなぎとめてください。彼女はとても不安定な存在のようですから」


「…そうか」


酷く曖昧ではあるが、ユニの持つ力については身を以て知っている。知っているからこそ、その言葉はとても重く俺の心の中に居座った。


再び会場内へと視線を向けると、そこにはもうあの子の小さな背中はない。自分の視界から外れたところにいるあの子に焦燥感を覚えた。


「行ってください。おじさま」


「ああ」


ユニの言葉に背中を押され、俺は、好き勝手に騒ぎ始めている来客者の間を縫ってあの小さな背中を探し始めた。


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あきゅろす。
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