逆手に取るはかの刃

「麻衣、大丈夫か?」


「“体調”は、大丈夫よ」


「?じゃあ何かあったのか?」


その問いに答えることなく、お母さんはずんずんと廊下を進んでいき、お母さんのための休憩室としてあつらえてあった近くの部屋へと足を踏み入れた途端、奇声を上げた。


「あーーーっ!むかつく!」


「ま、麻衣ちゃんの怒り爆発です…」


「珍しいのな。麻衣がここまで怒るなんて」


私は手をつながれたまま、お母さんとともにソファーへと座った。


「だって、紫杏ちゃんのこと、大切にしてないって!?自分の子を大切にして何が悪いのよ!しかも、どうしてイタリアにいる子がイタリア語を理解できないと思うのよ!難しい話がわからない?子供だってどういったことを言われてるかわかるわ!」


「…と、とりあえず、紫杏をバカにされたってことだよな?」


「それだけじゃない!ティモッテオさんもバカにしたのよ!?何が、外から子をもらってくるのが趣味、よ!あいつだって、似たようなことしてるくせに!」


怒り心頭なお母さんは、机をバンバン叩きながら、向かいに座ったたけ兄に抗議した。そのあまりの怒りっぷりにたけ兄はたじたじになり、ハルさんはデンジャラスです、と引いていた。


「だ、誰のことだ?」


「アルフォンソ様のことですよ…」


「アルフォンソってーと、グランチオファミリーか?」


「そうです。あそこは、確かボスさんが正妻との間に跡継ぎが生まれなかったから、愛人に産ませて引き取ったって聞きました」


「そうよ!というか、紫杏ちゃんをあんな気持ち悪い目で見ないでほしいわよ!ねえ!?」


いきなり同意を求められて、びっくりしたが、とりあえずうなずいておいた。だって、なんだかとにかく興奮しているみたいだし…。


でも、とにかく私のことでこんなにも怒ってくれているというのがとてもうれしかった。


「ハハ、ずいぶん荒れてるね。麻衣」


そんな言葉とともに入ってきたのはお父さんだった。その顔には苦笑が浮かんでいる。そして、お母さんをあおるようなことを言ったからか、お母さんの怒りの矛先はお父さんへと向けられた。


「なんで笑ってられるのよ!綱吉!」


「麻衣、とにかく落ち着いて。さっきの会話で、周りもちゃんと、俺たちが紫杏を本当の子供だと思ってることわかってくれたから」


「でも、言っていいことと悪いことがわるわ!」


「わかってるよ。だからってここでわめいていても何もならないだろう?」


「…そうだけど」


「周りの奴らに、俺たちは家族なんだってみせしめればいい。な?」


まるで幼い子供に言い聞かせるようにゆっくり言葉をつむぐお父さんは、お母さんをまっすぐに見つめている。その鷲色の瞳に落ち着きを取り戻したのか、お母さんは静かに頷いた。


「紫杏も、ごめんな?嫌な思いをしただろ?」


目線を合わせてくれたお父さんは、眉を下げ申し訳なさそうに私を見た。だから、私は首を振って大丈夫だと伝える。


「紫杏は少し物わかりがよすぎるね。もっとわがままいっていいのに」


苦笑しながら頭を撫でられた。我儘といっても、本当にとくに気にしていない。ただ、あの視線はちょっとつらいものがあるけど、それもいうほどのこととは思えなかった。


「麻衣、体調は?」


「問題ないわ」


「そう、じゃあ機嫌は?」


「………落ち着いてきた」


「よかった。なら、そろそろ戻ろうか」


「綱吉。次はちゃんと否定するわよ」


「ああ、同盟ファミリーで、俺がまだ若輩だからって遠慮する必要はないんだよ」


お父さんは、お母さんへと手を差出し、お母さんはそれを取った。そして立ち上がった二人は微笑みを交わすと、そのあとに私を見下ろした。


「紫杏も、堂々としてて。血筋なんて関係ないんだ。生まれがどこだろうと、どんな生活をしてきていようと、今は家族なんだから」


それが、私が話していない過去のことを言っているんだとわかった。雲雀さんとヴァリアーのみんなにしか話していないこと。言ってもきっと何も変わらないし、もしかしたら戻り方も考えてくれるかもしれない。


でも、言えないでいる。それでもいいんだと言ってくれている。私はきっと、そんなお父さんたちの優しさに甘えているんだ。


「紫杏、戻ろう」


お父さんに差し出された手を、私は恐る恐るとった。大きな手が、小さくなってしまった私の手を握ってくれる。その暖かさに涙が出そうになった。


そう思っていたら、突然腕が引かれ、気づけば足が地面から浮いていた。そして、私の体はお父さんの腕の中へと納まっていた。


つまり、片手で抱き上げられたのだ。もう片手は、しっかりお母さんの手を握っている。


「さあ、行こうか」


「ハハッ、ツナもすっかりお父さんなのなー」


「はひ、本当ですね」


「山本、ドア開けてくれる?」


「おう!」


そして会場に戻ると、一斉に注目を浴びた。その視線のどれもが、今私がお父さんの腕に抱き上げられ、もう片腕はお母さんへと回されている状況に信じられないというようにかすかに目を見開くのだった。


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あきゅろす。
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