早足で向かう先はもちろん上層部。麻依を餌にオレをおびき出そうなんてふざけてるのか? 「やあ、綱吉君。君がこっちに来るなんてめずらしいね。何か…、麻依ちゃんかい?」 「…9代目。上層部にしてやられまして」 突如かけられた声にそちらに視線を向ければ、杖をついて歩く白髪の老人。9代目がいた。9代目はオレのようすに何か勘付いたのか目を細めた。 「ほお。それほど君に会いたい何かが、あったのかね」 9代目はまだ紫杏ちゃんのことを知らないようだ。 「…そんなとこです。では、これで」 「上層部が君を呼び出すほどの何か、ね。私もついて行ってもいいかな?ああ、心配しないでくれ。私は何も言わないよ」 「いえ。そんなことは…。いきましょうか」 9代目と一緒に上層部の狸の巣窟へ向かった。 {やあやあ、綱吉君…。!!これは、これは、9代目もご一緒でしたか。何かありましたかな?} 部屋に入った途端に、一人の老人ニコルさんが立ち上がって近づいてきた。オレの後ろから入ってきた9代目にも気付いたみたいだ。 周りは、9代目の登場に動揺を隠し切れていない。 ここには、ニコルさん以外に麻依をのぞいて10人のたぬ…、老人がいる。薄暗い部屋の中ではパソコンの電気がやけに明るく人々の顔を映し出す。彼らはU字型になっている机につき、麻依はその中心の椅子に座らされていた。 「麻依」 「つ、綱吉…」 少し涙目になっている彼女に近づいて、手を握る。 {それで?麻依を餌にしてまでオレをここに呼んだ理由は何ですか?} イタリア語で話す。上層部は皆イタリア語での会話が原則とされている。日本語を話せる人はたぶんいないだろう。 暗がりの中にいる人々は、皆ニコルさんに注目した。彼が話してくれるのだろう。 9代目は入口のドアに寄りかかってことの成り行きを見守っている。 {ああ、綱吉君。そんなにせかさないでくれ。最近は朗報も何も無くてね。いや、いいことなんだが…―――} {ニコルさん。要件を} まわりから、黒いと言われる笑みを浮かべる。 {あ、ああ。そうだね。要件は、君たちが住まわせると決めたかわいい同居人のことだよ} {あの子が何か?} {聞くところによれば瞬間記憶能力があるというじゃないか} 聞くところ?盗み聞きの間違いだろ。 心の中で毒づきつつも決して表情には出さない。麻依がオレの手を握った。その手を握り返す。 {…それが、何か?} {彼女、あー、名前は何と言ったかね} {…紫杏です} {紫杏というのか。うむ。日本人かね} {…紫杏がどうかしたんですか?あそこに誰が住もうとこちらの勝手でしょう?} {勘違いしないでくれ。住むことに反対したいわけじゃないんだ。そうじゃなくてだね} 本当に、この人らは何が言いたいんだ。言うことに対して何かを渋っている。それは、オレが拒否すると思っているからか? {紫杏を使いたいと思ってね} {…使う?} 9代目が少し反応を示して、ニコルさんを見たのを視界の端でとらえてから聞き返す。 {そう。瞬間記憶という能力を最大限に使うべきだと思ってね} {…どういう、ふうに} 喉がカラカラに渇いている。唇をなめてから聞き返す。嫌な予感しかしない。なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ。使う?彼女を?あの能力を利用して?何に…。 {絵も得意だというじゃないか。まるで本物の写真のように描くと聞いた} これも、あのメイドからか。 だんだんと、興奮してきているのか、音量が上がってきているニコルさん。 {そこでだ!私たちは考えた。その能力をつかえる道がある、とね} そんなこと考えなくていいんだよ。狸爺。 {敵対マフィアの密会シーンなどに立ち会ってもらうんだ。写真などの音からばれる心配もないし、話せないのだからこちらの情報がバレる心配もない!} オレの手を握る麻依の力が強くなった。 {そして、その見たものを絵に描いてもらう。顔なども、一目瞭然の絵だ!どうだ?素晴らしいだろう!!} {……紫杏ちゃんはまだ5歳です。そんな場面を見せて、もし見つかってしまったら?彼女には自分の身を守る術はない。それに、そんなことをして外部に漏れればあの子はさらに狙われる} あの子を守るといった以上、その話に乗るわけには絶対に行かない。だいいち、5歳の子にそんな場面を見せられるわけがない。 ただでさえ、自分の力を気持ち悪いと思っていたんだ。それに、一度覚えたら忘れられないということは、それだけつらい過去も忘れることはできないということ。 人が授かった『忘れる』ということは、自分の心を守るためのものでもある。それができない紫杏ちゃんにとっては、忘れられないことは苦痛でしかないんじゃないだろうか。 {そこは、ちゃんとしたSPをつける。彼女の身の保証は私がしよう} 紫杏ちゃんの身がいくら安全だったとしても、彼女の心は? そんな現場を見て表の世界の彼女が平気でいられるか?もしかしたら、殺しの現場を見てしまうかもしれないのに。 オレも、初めて見たときはしばらくなにも食べることができなかった。食べてもはいてしまうんだ。心が受け付けなかった。信じられなかった。 {なあ、綱吉君。紫杏は君には関係ない、ただの孤児だ。彼女一人がどうなったところで何かが変わるわけでもあるまい?それに、持って生まれた力を有効に使わないのは宝の持ち腐れ、というものだ} 何か、何かないか。上層部に紫杏ちゃんを渡せば彼女の笑顔は二度と見れないだろう。それより、感情をなくしてしまうかもしれない。 {だったら、私たちがその力をボンゴレのために使うというのが筋じゃないかい?私たちに渡してくれないか?} 何か、何か…。 「綱吉…」 麻依が、ぎゅっと手を握ってきた。焦っていた気持ちがすっと落ち着くのを感じられる。その途端にさっき考えていたことが思い出された。 「ねえ。麻依。そろそろ子供、ほしいと思わない?」 「こんなときに、何言って…、…!!うん。ほしい!」 「よかった」 ニコルさんたちに向き直る。 {紫杏ちゃんは渡しません} {綱吉君!} {紫杏ちゃんは、もう孤児でもなんでもありません} {何を言っているんだい!} {彼女、紫杏をオレ達の養子にします。麻依も賛同してくれました} {な、何を…!!} 言った途端に、ざわつく回り。当り前だろう。前例はザンザスぐらいしかないだろうから。それでも、このまま渡すなんてしない。 守ると約束した。 {ハッハッハッハ!!なるほど、考えたね綱吉君} {きゅ、9代目!?} ニコルさんは突如笑いだした9代目の方を目を丸くして見た。当り前だ。このタイミングで笑われると思わなかった。オレだって驚いている。 {ドン・ボンゴレの養子とあってはそんなことに使う訳にはわかないね} {くっ…!!} {さあ、綱吉君。いこうか?} {はい「麻依。行こう?」 「うん」 {では、失礼します} こうして、オレ達は上層部を後にした。 「家族が増えたね!綱吉!」 「うん。でも、紫杏ちゃんにも聞かないとね」 「あ、そっか」 「私もあってみたいんだが、いいかい?」 「もちろんです!おじいちゃん、行きましょう?すっごくかわいいんですよ?」 「そうか、そうか。それは楽しみだ」 麻依は、なぜか9代目とは呼ばずにおじいちゃんと呼んでいる。9代目は別にいいらしいけど、隼人は驚いていた。あの、天下のボンゴレの9代目をおじいちゃん呼ばわりなのだから。まあ、そういうところが麻依のいいところだけど。 上にも下にも見ない。同じ位置で人を見る。だから、こそ受け入れてくれた。 「そういえば、なんでおじいちゃんも綱吉と一緒にいたんですか?」 「ああ、屋敷内を散歩していたら偶然会ってね」 「へえ。散歩なんてして迷いません?私、いまだにわからない道あるんですよ。迷いそうで怖くていけないんです」 「ああ、そうだね。いつか、綱吉君と散策してみるといいよ。きっと面白いものがみつかる」 「だって!綱吉。今度一緒に散歩がてら探検してみよ?」 「そうだね。そのときは紫杏ちゃんも一緒だったらいいね。屋敷を覚えてもらうためにも」 「そうだね!でも、絶対に紫杏ちゃんの方が先に覚えちゃうよ。やっぱ、年かな…」 「まだまだ、麻依さんは若いさ」 「ほんとですか!?やった!若いって!」 「よかったね」 楽しそうに話す、麻依。でも、オレの頭は違うことを考えていた。 まず、どうやって紫杏ちゃんに養子になってほしいと言おうか、ということと、守護者+リボーンにどうやって説明しようかということだ。 隼人あたり、反対してきそうだな。 でも、9代目がいるなら、まだ反論してきたりはしないだろう…。たぶん…。 |