迷宮入りはお蔵入り

俺は、溜まっていた書類整理をあらかた片づけ終わると、休憩のために麻衣とハルがいる寝室に足を運んでいた。


二人の仲は相変わらずよく、俺が麻衣にちょっかいだそうとすると、ハルになぜか怒られた。俺のだ、と強気になって言えないのはハルが麻衣の体を気遣ってかなり無理して休みをとってきてくれているから。


いくらボスの妻のためとはいえ、一諜報部の事務が簡単に休暇を取れるわけがない。それでも、来てくれたのは麻衣を純粋に案じてくれているからだ。


麻衣はすでに安定期にはいり、お腹もかなり大きくなっている。何をするにも大変そうで、こっちは気が気じゃないのにいつもの仕事をそのまましようとするもんだから、たまったもんじゃない。


「そういえば、今日紫杏ちゃんは?」


「ああ、紫杏なら山本と隠し部屋探しの任務にでてるよ」


「隠し部屋なんてあるんですか?」


「この屋敷は、いろいろと建て増ししたりしてるんだ。上層部でさえ把握し切れていない隠し通路が何個もあるんだよ」


「それって、危険じゃないの?」


「山本がいるから大丈夫だと思うんだけど…」


「もう!紫杏ちゃんになんかあったら、怒るからね?」


「そうですよ!ツナさん!あんなキュートな子になに任務なんてさせてるんですか!」


「そう怒るなって。任務っていっても、屋敷内でマフィアの仕事ってわけじゃないんだから」


「当たり前です!」


鼻息荒く怒るハルに、嘆息する。


「ほら、よく言うだろ?かわいい子には旅をさせろって」


「それとこれとは違います!」


「まあまあ、ハル。落ち着いて」


「麻衣ちゃんももっと怒るべきです!」


ハルが腰を下ろしていたベッドを勢いのままにたたいた。その瞬間。どこからともなく聞こえてくるミシッという音。


「は、はひ?」


明らかに、不快な音を立てたそれに俺たちは固まった。


「は、ハル、そんなに強くたたいたんですかね!?」


「ベッドがきしむほどなんて、ハルって意外と力強かったんだね」


「ハルも初めて知りました…」


落ち込み気味なハルと、おもしろそうにくすくす笑っている麻衣には悪いけど、絶対に違うと思う。だいたい、このベッドはキングサイズの高級品だ。たたいたぐらいで軋むなんてあるはずがない。


俺はあたりの気配を探ってみる。


いまだに危機感なく会話を続けている二人に、人差し指を口元に立てて黙らせた。静かになった部屋に、さらに続くきしむ音。


「……何か、来る」


嫌な予感はしない。


「ツナさん?」


「ハルは麻衣のそばにいて。ベッドから動かないで」


「は、はい!」


手にグローブをつけて、いつでも戦闘態勢に入れる状態にした。だんだん近づいてくる何かの気配。それがいまいちどこから近づいてくるのかわからなくて構えていると、いきなりなんの切れ込みのなかった天井がパカッと開いた。


そう、パカッと。


「ハヒ!?」


ハルの驚いた声と同時に、何か塊が文字通り上から降ってきた。


「うおっ!痛ってえ!」


上から落ちてきた何かは、明らかに見たことのある人物の声と容姿で、“それ”は打ち付けたらしい腰をさすりながら楽しかったと笑っている。


思わず本気で頭を抱えたくなった。


「や、山本さんに、紫杏ちゃん?」


「おっ!ツナたちじゃねえか!お前らも、アトラクション楽しみにきたのか?」


俺たちの姿を認めた山本の口から飛び出したのは、この場にそぐわない天然な発言だった。というか、アトラクションってなんだよ。そんなものこの屋敷の中にないはずなんだけど。


上を見てみると、山本と紫杏が落ちてきた穴はいつのまにかきれいに閉じられている。まさか、この部屋にもそんな仕掛けがあったなんて思わなかった。


「ハア、山本、何してるの?」


「ああ、ツナに言われて、紫杏と一緒に隠し部屋探してたんだよな!」


な!と言って腕の中でいまだに状況をしっかり呑み込めていないらしい紫杏に顔を向ける山本。それを受けて、戸惑いながらもうなずく紫杏は、自分たちが落ちてきたと思われる場所を見上げて首をかしげた。


「で、衣裳部屋で変な部屋見つけてなー。そのアトラクションがおもしれえんだ!矢は飛んでくるし、大玉は転がってくるし、迷路だってあったな。あと何あったっけ??」


思い出そうとしているのか首を傾げいてる山本。


山本も紫杏もきれいだった服がところどころ破けたり汚れたりしている。いったい今まで何をしてきたんだか、とあきれるほどに。


「あ!そうそう、最後に行った部屋が、不思議な部屋でよ!埃が積もってんだけど、ツナの執務室みてえなんだ。昔の本とかもあったよな」


山本の言葉にしきりにうなずく紫杏。それを聞いて、俺にはピンとくるものがあった。隠された部屋。そこは…。


「はっ!お、お二人とも、不潔ですーっ!麻衣ちゃんは妊娠中の身です!菌をもちこんじゃいけませーん!!」


突然声を張り上げ始めたハルに思考が中断される。


「は、ハル、別に私は大丈夫だよ?」


「何言ってるんですか!妊婦は風邪薬だって飲めないんですよ!?もし何かあったらどうするんですか!徹底しないとダメなんです!」


鼻息荒く、力説するハルに苦笑する。しかし、ハルの言ってることは正しい。でも、いくらなんでもそれはひどくないかと思うんだけど…。


「おい、ハル。外まで聞こえてるぞ…って、紫杏こんなところにいたのか。昼飯も食ってねえみたいだから探してたんだぞ」


扉から入ってきたのは、リボーンだった。午前中任務だったリボーンは帰ってきてすぐ紫杏を探したみたいだけど、紫杏は任務をしていたため、見つからなかったらしい。


「で、どこで遊んで来たらお前らそんな格好になるんだ」


呆れたように嘆息するリボーンに、山本が笑い飛ばして軽く、というより山本流の説明を始めた。そのほとんどが効果音の中、リボーンはこれまでの付き合いの慣れからか、だいたい理解したらしく紫杏に怪我の有無を確認していた。


さすが師弟関係だっただけある。俺にはさっぱり。


「なら、お前ら風呂入って飯食って来い。ここにいるとまたハルに怒られるぞ」


「ハハッ、そりゃ勘弁だな。うしっ、紫杏。風呂入りに行こうぜ」


頷いた紫杏を山本は小脇に抱えて部屋を出て行った。


「そういえば、リボーン君はどうしてここに?」


「ああ、そこの24にもなってサボり癖が抜けねえアホで間抜けでダメダメなダメボスを連れ戻しに来たんだぞ」


「容赦ないダメだしーっ!?ちょ、そこまでいうことないだろ!!」


「なら、とっとと机の上の書類片づけやがれ。俺がわざわざもう一山持ってきてやったんだ」


「うわっ、余計に戻りたくない!というか、余計なことすんなよ!」


「うっせえ、さっさと戻らねえと額に風穴開けるぞ」


チャキ、とお決まりの黒い銃が俺に向けられ、条件反射で顔から血の気が引く。こう、気を張ってない時にリボーンに銃を向けられると、昔の癖が抜けないんだよね。


ディーノさんもいまだに顎で使われるって言ってたし、条件反射で肩が跳ねてるし。


きっと、これは一生抜けないんだろうと思うと、知らず重たい溜息が出てきた。というか、これってある意味調教されてるんじゃないか?そこまで考えた、自分が考えたことの恐ろしさにすぐさまそのことを頭の中から抹消した。


執務室に行き、本当に一つ増えている書類の山に、再度嘆息。俺に、休暇をくれ、といったところでこの家庭教師様から鉛玉を頂戴するだけなことはわかりきっている。ここに紫杏がいれば別かもしれないが。


「あ、そうそう、紫杏といえば」


「さっさとはじめろ」


「わ、こっちに向けるなって!だから、さっき、山本たちが言ってた部屋のことなんだけど、あれってさ」


「ああ、だろうな」


やはりリボーンにも検討がついていたらしい。


そう、あの部屋は初代の部屋だ。


以前9代目から聞いたことがあった。初代が残した部屋がこの屋敷のどこかにあるらしいと。なぜ、隠されたのかはわからなかったが、その部屋は確かに存在していたのだ。


「…でも、どうして部屋なんて残したのかな?」


「増改築を繰り返し始めたのはU世からだぞ。でも、部屋を残そうとしたのは初代だと聞く」


「その部屋に何かあるとか?」


「かもしれねえな」


「たとえば…お宝?」


「寝言は寝て言え」


「冗談だって」


鋭くとんできたリボーンの言葉に肩をすくめる。実はちょっとそうだったらいいなという少年心だったなんて口が裂けても言えない。


でも、本当に謎だ。なんで初代の部屋を残したのか。初代はU世にボンゴレボスの座を受け渡し、日本に渡ったと聞く。何があって日本に渡ったかなどわからない。だけど、それがあったからこそ、ボンゴレと日本は深くかかわりを持っているのだ。


「俺もその部屋に行けるかな」


「…紫杏に案内してもらえばいいじゃねえか」


「でも、結構大変だったみたいだよね」


「それだけ、大切な部屋なんだろ」


「………謎は謎なままに、か」


俺が呟いた言葉に、リボーンは口角を上げた。それは、肯定しているようにも見えて、俺はそれ以上そのことについて口に出すことはなかった。


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