つい最近まで使われていたんじゃないかと思うほど生活感にあふれたその部屋。 おそるおそる踏み入るたけ兄は周りを警戒しているようだったけど、私はこの部屋のつくりに目を見張っていた。 この部屋は絵画でよくあるような様相だった。家具も今じゃ珍しいような古い中世のころのものだったり、置いてあるペンが羽ペンだったりした。 棚にはびっしりイタリア語で書かれた本があり、そのどれもが紙を劣化させ茶色くなっていた。違う壁には大きな暖炉があり、火掻き棒も立てかけられている。その暖炉の上には、鹿の頭の剥製が飾られていた。 鹿の黒い瞳がまるで部屋の中を監視しているかのようだ。 暖炉の上には、もう動いていない置時計と、写真の入っていない写真立てがおかれていた。 机の上に指を滑らせると埃がとれ白い線ができる。随分長い間誰も踏み入ることがなかったらしい。 「……古い、部屋なのな」 大きな窓の外は何かでふさがれていた。 今までの仕掛けはこの部屋に来させないためのものだったのだと、なんとなく思った。そして、ここに案内させるためでもあったのだと思う。この部屋を知るものに。 たけ兄の腕からおろしてもらい、部屋の中を歩く。床に敷かれている絨毯はお父さんの部屋にあるようなものと同じく上質そうなものだった。 その絨毯には大きくボンゴレのエンブレムが描かれている。 天井を見上げると、埃をかぶってもなお輝きを失わないシャンデリアがあった。蜘蛛の巣がひっついているようだが、それさえもこの部屋の雰囲気にとってはアクセントでしかない。 机の上に羊皮紙と羽ペンをみつけて、私はそれを手に取った。 インクもあって、あけてみるとまだ使えるようだった。 タイムスリップでもしたかのようなこの部屋。 ここだけがまるで別の時間を生きているかのようにひっそりと、それでいて大きな存在感を醸し出して鎮座している。 [だれのへやかな?] 「ツナの隠し部屋とかか?」 [でもほこりかぶってるよ?] 「開かずの間ってか?でも、ここにはアトラクションはねえみたいだしな!次の路を探さねえと。それに、もう、大分時間もたってるよな」 腕にはめられている時計を見るたけ兄によると、現在15時過ぎらしい。いつのまにかおやつの時間になっていたようだ。 お昼御飯もまだ食べていない。 その考えに行きついた時、お腹の中の虫が鳴いた。 私のお腹の虫も、今まで鳴くことを忘れていたらしい。 「ハハッ、そういや、昼めしまだだったよな!」 [もう、おやつだね] 「早く帰んねえと、麻衣に怒られるな」 それを想像したのか肩をすくめ、苦笑する。たけ兄もお母さんにはかなわないらしい。 [しんぱいしてるかな?] 「ツナあたり、探してるかも知んねえな」 [りぼーんも?] 「小僧は今日、任務だからなー。ま、連絡いってたら飛んで帰ってきそうだけどな」 笑った後、私の頭を撫でるたけ兄は、安心しろと言ってくれてるみたいだった。そのあと私を抱き上げて、次の部屋へ進むための路を探し始めた。 最初にみつけたのはやっぱり次郎だった。 暖炉の前で吠えた次郎は、たけにいが近づいてくると、ここだと示すように暖炉の中の匂いを必死に嗅いでいる。 「サンタみたいにのぼるか?」 暖炉の中をのぞいてみると、上には煙を逃がすためだろう、通気口のようなものが上へ上へと続いていた。しかし、その先に光があるわけではなく、途中で閉ざされているようだ。 「よし、とりあえず次郎は戻っていいぜ!ありがとな」 最後にワンッ!と吠えた次郎がたけにいの匣に戻っていく。いつみてもやっぱり不思議だ。某携帯獣の捕まえるためのボールのようだ。 そのあと二人で暖炉をしらべてみると、下に隠し扉があるのがわかった。意外と簡単にみつけられたねと二人でよろこんだ。 しかし、その喜びもつかのま。その隠し扉を開けてみると、その下にあるはずの路はなく、ただ板があるだけだった。何かでふさがれているようだ。 「っかしいな?次郎が間違うはずはねえしなー」 頭を掻いて首をかしげる。今までも次郎はちゃんと次の路を見つけてきたから、間違っているわけがないと思うのだ。 首をかしげながら、うなっているたけ兄は、その場所を手でさらに触っている。 暖炉は大人が余裕で入れるような大きさだ。立ち上がると腰をまげないと入らないだろうけど、私の場合は、立ち上がっても手が届かないほどの高さに暖炉の天井があった。 壁をてきとうにさわっていると、後ろでたけにいが声をあげた。それに驚いて振り返ると同時に、何かが私の手によって押されていった。 え?と思っていると、突然胃がひっくり返ったかのような感覚と足場がなくなったことに頭が真っ白になる。 突然床が消えたのだ。 「紫杏!」 たけ兄から伸ばされている手。二人で落ちていく体は、たけ兄のほうが早く落ちていく。離れそうになる私をたけ兄はなんとか捕まえると、私の頭を抱き込んだ。 私は必死にしがみつきながら、落ちていく感覚にただただ目をつむるしかなかった。 おちる感覚は、いつのまにかスライダーのようにぐるんぐるんと上下が逆さになったりした。スライダーというよりジェットコースターと言った方が正しいかもしれない。 どれくらいそうしていただろうか。30分もそうやって滑っていたかもしれないし、もしかしたら、1分も滑っていないかもしれない。 「出口だ!」 たけにいのそんな声が聞こえたきがして目をあけた。相変わらず滑っていく体と、向かい風によって目は開けづらい。しかし、ようやく細目を開けれたと思った私の視界には、灰色が後ろに飛んでいく中で、光がだんだんと近づいてきていた。 それがこのジェットコースターの終わりだったのだと気づいたのはすべてが終わった後だった。 「うおっ!?」 強い光が私たちを包み込んだと思ったら、私とたけにいは放りだされていた。 |