「はひ?」 聞こえたのはそんな間の抜けた声だった。 そして気づけばなぜか私は拉致されている。 ドアが突如開き、間の抜けた声が聞こえたかと思って振り返った瞬間にはもうなぜか抱き上げられていた。しかも、抱き上げた張本人は何か奇声を発していた。 よく状況がつかめないなまま、私は彼女に小脇に抱えられて屋敷の廊下を全力疾走している状態。 お腹に回っている腕が痛く、軽く吐きそう。というか、それ以前に酔いそ…う…。 「ツーナーサーーーーーンッ!」 この女の人、見た目はとても華奢なのになんでこんな5歳児を小脇に抱えて全力疾走できるんだろう。ぼーっとする頭でそんなことを考えていると、ようやく目的の場所についたのか、彼女はノックすることもせずにその扉を勢いよく開いた。 「ツナさん!」 「ハル!?…と、紫杏?」 つれてこられたのは、なぜかお父さんの執務室。たったいま、コーヒーを飲もうとカップを持ち上げているお父さんは目を見開いて固まっている。 私を抱えている人はというと、全力疾走で体力を使い果たしたのか荒い息のままその場にへたりこんだ。私は体をばたばたさせてなんとか彼女の腕からはい出る。 「なっ!なんで、そんなに走ってるんだよ!それも、紫杏を抱えて!」 「ゼーハー、ちょ、ツナさん、タンマです。息がっ…」 私は急いでお父さんに走り寄り、立ち上がったお父さんの後ろに隠れた。 「紫杏、状況説明してくれる?」 困ったように眉尻を下げるお父さん。だけど、ちょっと待って。車酔いならぬ人間酔いが…。 「ちょ、紫杏も青い顔してるし!大丈夫か!?」 吐きそうになる口元を抑えて、涙目になりながらなんとかうなずいた。お父さんがあわてて部屋備え付けのミニ冷蔵庫から水を取り出して飲ませてくれる。 まだ若干の気持ち悪さをのこしつつも、なんとか立ち直った私は、再びお父さんの後ろに隠れるようにして、女の人の様子をうかがった。 「で、ハル。そろそろ大丈夫?」 お父さんにハルと呼ばれるその人は、黒い髪を肩で切りそろえていて、お母さんとはまた違ったかわいさを持つ人だった。 どうやらお父さんとも知り合いらしく、ようやく息が整ってきたハルさんを見てお父さんは息を吐きだした。 「はひーっ、久しぶりに全力疾走はやっぱりきついですね」 「今日来るのは知ってたけど…。だいたいなんで屋敷を全力疾走?しかも紫杏を抱えて」 呆れながら問いかけるお父さんに、今までのことを思い出したのか、いきなりしゃきっと顔を上げたハルさんと目があった。 「そう!その子ですよ!いつのまに麻衣ちゃん、子供産んだんですかーっ!?ハル、妊娠中の麻衣ちゃんをサポートするために来たのにっ!」 頭を抱えて嘆いているハルさんは見た目おとなしそうでほんわかしているのに中身は結構激しい人みたいだ。 というか、また誤解…。それに、妊娠中のお母さんをサポートするために帰ってきて5歳児を見てもう生んだって思い至るのがすごいと思う。 普通、誰か他の人の子供とか思わないんだろうか。 「あー…、ハル。嘆いてるとこ悪いんだけど、麻衣ならまだ妊娠中だよ」 「ハヒ?」 きょとんと首をかしげるハルさんに、お父さんは立ち話もなんだから、とソファーに座らせた。そして、私はお父さんの膝の上に抱きかかえられた。 お母さんは、今は寝室でお昼寝中らしい。 「麻衣さんが産んだんじゃない…。ってことは、もしかしてっ!」 「うん、噂ぐらい聞いたことあるだろう?」 「ツナさんの隠し子ですかっ!?サイテーです!麻衣ちゃんというものがありながら、ほかで子供つくって挙句一緒に住むなんて!ハッ、まさか拉致してきたわけじゃないですよね!?見損ないました!」 「………あー、めんどくさ」 いっきに捲し立てて、つんと顔をそむけるハルさんをみてお父さんは遠い目をしてぼそっと呟くのだった。想像力豊かな人だなーと眺めていると再び目があった。 「あ、ハルは三浦ハルといいます。お名前は?」 [紫杏です] 「ハヒ?スケッチブック…、ですか?」 「ああ、紫杏は声が出ないんだよ」 やさしく頭を撫でてくれるお父さんは、まるで大丈夫だよと言ってくれているみたいだった。それがうれしくて、お父さんの体に体重を預けると、私をしっかりだっこしなおしてくれた。 「で、誤解を解くけど、紫杏は俺の隠し子でもなんでもない。正真正銘俺と麻衣の娘。まあ、正確にいうと養子だけどね」 「そうなんですか…」 「そう。で、紫杏。彼女は中学からの友人で今はボンゴレの諜報部に事務としているハルだ。さっき言ってたように、麻衣のサポートをしてもらうために本部に来てもらったんだよ」 [よろしくおねがいします] 「ベリベリキュートですね!抱っこさせてもらってもよろしいですか!」 両手を広げるハルさんに、お父さんは苦笑してどうする?と私に聞いてきた。さすがに拒否するのも失礼かと思い、さっきのこともあってちょっと警戒しながらちかづくと勢いよく抱きしめられた。 「昔のリボーンちゃんを思い出しますっ!」 「ハハッ、まあ、あのころのリボーンもこんな感じだったしね」 「昔はかわいかったのに、今のリボーンちゃんときたら…」 「俺がなんだって?ハル」 「リボーンちゃん!」 突如ハルさんの後ろから降ってきた声に目を瞬かせる。扉を開いて入ってきたのは、今日は任務だと言っていたリボーンだった。 「紫杏」 私はハルさんの腕をふりはらいリボーンにかけよると、彼は軽々私を抱き上げる。 「いいこで待ってたか?」 それにコクコクと首を縦に振れば頭を撫でてくれた。 [おかえり] 「ああ。で、なんでお前がハルとここにいるんだ?」 「ハルがちょっと勘違いしてね…」 「なるほどな。それで拉致られたのか」 お父さんのあの一言ですべてを理解したらしいリボーン。ハルさんはかわいらしく頬を膨らませている。 「しょうがないじゃないですか。知らなかったんですもん」 「ツナ。そろそろ麻衣が目、覚ますんじゃねえか?」 「ああ、そうだね」 「なら、俺達はもう行くぞ」 「うん。あ、任務の報告書。今日中によろしくね」 目ざといお父さんの一言、リボーンは舌打ちをすると私を抱えたまま執務室を出た。新しく今日から住むことになったハルさん。仲良くできそうなので、これからが楽しみだなと思った今日でした。 (麻衣ちゃーんっ!) (こらっ!ハル!抱き着くな!) (はっ、スイマセン。あまりの嬉しさに妊婦だって忘れて…) (ふふっ、大丈夫よ。ハル) (お久しぶりですね!) (うん。来てくれてありがとう) (ハルにどんと任せてください!麻衣ちゃんの役に立って見せますから!) ((…心配だなあ)) |