見透かすキカイ

「Sawada. Per favore entra.(沢田さん。お入りください」


呼ばれた声にお母さんが、よいしょと声を出しながら立ち上がる。そのお腹は通常よりかなり大きくなっていて、はち切れてしまうんじゃないかと思ってしまうほどだった。


前にも思ったけど、お母さんのおなかのどこにそんなにも膨らめる皮膚があったのか不思議だ。


お母さんの後を心配になりながらついていく。


大きくなったお腹のおかげで、すこし後ろに体をそらし、お腹に手を添えてあるくお母さん。マタニティ服と呼ばれるお腹に負担のかからない服を着ているお母さんは、どこからどう見ても妊婦だ。


ただ、普通の妊婦と違うのは、その場にボディガードとして黒スーツの女たちがついているところか。


でも、それもこの産婦人科では珍しくないらしい。


聞いた話だと、ここはマフィアご用達の産婦人科。


セキリュティ万全。ほかの妊婦と接触することもない。完全予約制だ。ついでに、医師たちは絶対に秘密を守るよう訓練されているとのこと。


「沢田さん。調子はどうですか?」


診察室の中へと顔をのぞかせると、なんと中にいたのは日本人らしき人だった。


しかも、聞こえてくる言葉は流暢な日本語だ。


「あら、そちらの御嬢さんは?」


「紫杏。こっちおいで」


「そう。その子が…」


呼ばれて、中に入り、お母さんが座っている横に立つと、その先生は私をじっと見つめてきた。


分厚い眼鏡の奥の目は茶色く、レンズのせいかとても大きく見開いているように見えた。その眼が、私をじっと見つめてくる。


そのまるで奥底を見透かすような茶色の瞳に、なんとなくお母さんの後ろに隠れた。


「あら、嫌われちゃったわね?」


「紫杏ちゃん。大丈夫よ。私を診てくれてる先生なの」


[紫杏です]


「まあ、よろしくね。私はここの産婦人科医をやっているキィよ。お母さんが診察受けてる間はおとなしくしててね」


頷くと、キィさんは大きな目を細めて口端を上げた。笑ったんだろうけど、どうして怖く見えてしまうんだろう、と思いつつ、再びお母さんの後ろに隠れた。


それからお母さんは何度か質問をされ、談笑を交えながらもそれに応えていた。


「沢田さん、つわりは?」


「最近ようやく…」


「そう。他に体に異常は?」


「いえ…。あ、でも蹴ってるのがわかるようになったんです」


お母さんは幸せそうに笑い、お腹をそっと撫でた。私はというと、壁際に置かれていた丸椅子の上にちょこんと座ってそれを黙って聞いていた。


「じゃあ、そこに横になって。エコー見てみるわ」


そして、お母さんのお腹にエコーを当てて、画面を見るキィさん。お母さんも同じように見ていて、私も近寄ってみた。


黒い画面に白い靄のようなものがうごめいている。最初見たとき、どれが赤ちゃんなのかよくわからなくて首をかしげていると、それを見てとったキィさんが説明してくれた。


「ここが、頭ね。ここが手でこっちが足。わかるかしら?」


言われてみれば確かに。という感じだった。ただ、確かに“それ”は動いていて生きているのだと感じさせられた。


そのあとも、お母さんとキィさんがいろいろと話しているのを聞きながら、私はじっとそれを見ていた。


本当に不思議だった。


お母さんの中に小さな命があって、それは私だって同じようにお母さんのお腹の中に居たのだということ。


少しだけど覚えているのだ。


お母さんが抱っこしてくれたときの感覚とか。優しい声とか。


それから、結局30分ぐらいお母さんとキィさんは妊娠に関係することも関係ないこともたくさんおしゃべりをしてから、産婦人科を後にした。


「はーっ、しゃべってすっきりした」


[すとれす?]


「屋敷は男ばかりじゃない?やっぱり、女性にしか話せないことってあるのよね」


何かを思い出したのか、突然肩を震わせて笑い出したお母さん。その顔はとても楽しそうだ。


「さあ、お迎えは来てるかな?」


お母さんが私の手をとって病院の外へと歩いていく。周りを見回してもやっぱり人はいない。さすがマフィア?


外に出ると、すでにお迎えの車は来ていた。


乗り込んでみると、助手席にはたけにいがいた。


「よっ!お疲れさん」


「武君も、お迎えありがとう」


「どうだった?」


「うん、順調だって」


「そっかっ!」


たけにいは後ろを振り返りながら、笑いかけた。うん、相変わらず爽やかだ。そして、そのあとに、紫杏もお疲れって頭を撫でてくれた。


私は、慣れない場所でつかれたのか、うとうとしていると、お母さんが私の肩をそっと引き寄せた。


されるがままに、私はお母さんの方へと体を倒す。私の頭はそのままお母さんの膝に落ち、お母さんのぬくもりと、背中を一定のリズムでたたく手によってゆっくりと眠りへと落ちて行った。


「ふふっ、寝ちゃった」


「慣れねえ場所だったし、気疲れしたか?」


「かもしれないね」


「足、つらくねえか?なんなら、俺の方に運ぶか?」


「ううん。大丈夫よ」


麻衣は紫杏の顔にかかっていた髪をそっと耳にかける。そして、再び紫杏の背中をそっとたたき始めた。


その姿は、まさに母親で武も見ていてうれしくなったのだった。


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あきゅろす。
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