雷光にきらめく銀の刃

任務から疲れて帰ってきた体をベッドに横たえる。顔にかかる髪をかきあげてから、一息ついた。


たっく、あの糞ボスは人使いが荒すぎる。こっちを過労死させる気か。もとはといえば、リボーンが持ってきやがった任務のせいなんだが。


雷が鳴る音に、レヴィの顔を思い出してしまい舌打ちをする。


あんな奴の顔が脳裏をよぎったのはそれだけ疲れているからだと結論付けて、俺は寝ることにした。


電気を消し、目をつむってどれくらいしたのか。任務後で、敏感になっている神経を刺激する足音を耳が聞き取った。その軽い足音と気配は、小走りで俺の部屋に近寄ってくる。


夢うつつの中で、それが紫杏であることを感じ取った。


歩幅が小さく、足音に重みがない。それに、ほかの奴らなら気配ぐらい消すし、足音なんて立てねえ。こんな夜中に何やってんだか。と思いながら、起き上がることもなくそのまま横になっていると、俺の部屋の前でその気配が止まった。


そして、扉がゆっくり開けられる。


それでも無視し続けていると、その気配は俺にゆっくりと近寄ってきた。


そして、ベッドがわずかに揺れて、布団がもぞもぞと動く。さすがに無視できなくなって、片目を開ける。闇夜でも見えるようになった目には見慣れた天井が映し出された。


もぞもぞと動いていた存在は、どんどん上へと登ってくる。


「う゛お゛おぉい!てめえ、こんな真夜中に何やってやがる!」


布団をがばっ!とまくり上げれば、匍匐前進(ほふくぜんしん)の要領で腕をついている紫杏がいた。しかし、驚いたことにその眼からはぽろぽろと涙が零れ落ちている。


「ああ!?なんで泣いてるんだあ!?」


こいつは、めったに泣くことがない。というか、いつもお面をかぶっているから、素顔を見るのはこれが初めてだった。真っ黒な大きな目が俺の方をまっすぐに見つめる。しかし、その間も絶え間なく涙は頬を伝っている。


「…どうしたあ?」


はあ、と一つ溜息をついて、紫杏の頭に手を置けば、紫杏は俺の傍まで張ってやってきて、そのまま抱き着いた。


小さなこいつは、俺の腕にすっぽりはいって、力をちょっと入れただけで簡単に殺せそうだった。


こいつにしては全力であろう力で抱き着いてくる紫杏。そのいつもとの違う様子に、首をかしげながら、とりあえず落ち着くように背中をたたいてやる。


紫杏は、自分で言ったようにもとが17歳らしい。言動や行動を見ている限りでも、確かに5歳児のそれとは思えねえ。まあ、そういってしまえばマーモンもなんだが、あいつは例外中の例外だ。


ガキはすぐ泣きわめきやがってうざいから嫌いだが、もとが17歳なせいと、声がでないおかげで泣きわめくなんてことは今までなかった。というより泣いているところを見たことがない。


こいつは本当に表情が変わらねえ。雰囲気で楽しんでいるとかはなんとなくわかるが、泣くことはおろか笑うこともしねえときた。


5歳にしろ17歳にしろ、ガキらしくねえ、ガキだ。


そんな紫杏が今、目の前で泣いている。


いったいに何が原因だったのか、と考えるが、そんなもんさっき帰ってきた俺にわかるはずもない。しかも、唯一のコミュニケーション手段であるスケッチブックをこいつは持ってねえ。


はあ、と溜息をついたとき、外がぴかっと閃光を閃かせ、直後すぐ近くで雷が大きな音を立てた。瞬間、腕の中の紫杏がビクッと肩をはねさせ、さらにぎゅうぎゅうだきついてくる。


「…お前…、雷がだめなのかあ?」


暗いところも、怖い話も怖がらねえような奴が、雷がだめなのか。


紫杏はこくこくと必死に頭をうなずかせながら、俺にだきついてくる。


つーか、なんで俺のところにきやがった。ほかにベルでもフランでもいいだろうに。


「チッ、雷が怖いならさっさと寝ろ」


そういいながら、抱えていた紫杏ごとベッドに横になる。そして布団をかぶせてやれば、紫杏はやっとわずかに体を離して俺を見上げた。


「俺はもう眠いんだあ…」


大きくあくびをすれば、紫杏は目をぱちくりと瞬かせた。そして、一度うなずくと、また俺に抱き着いてくる。それをしっかり抱えなおして、俺は目を閉じる。


腕の中にある暖かい存在は、普段は無縁のものだ。返り血を浴びることはあるが、生きてる人間の暖かさを感じることなんて、そうそうねえ。それこそ、女を抱く以外にはなかった。


女とも違う小さくて弱すぎる存在に、このまま寝返りを打てばつぶしてしまいそうだと眉をひそめる。


紫杏はまだわずかに体をふるわせながら、目をぎゅっと閉じていた。


沢田に連れられてやってきた紫杏。それは捨てられたがごとく、連れられてきた。最初はもちろんめんどくせえと思ったし、なんでこんな場所に預けやがるんだと沢田の神経を疑った。


だが、まあ、一緒にいる分には悪くねえ。たまには、穏やかさというのも、むずがゆくはあるが、気持ち悪くはねえ。


ただ、それだけだ。それだけ。


俺は、紫杏の背中をそっとたたいた。こいつがはやく寝てしまえるように。もう記憶にすらねえ母親のことを少しだけ考えた。が、まったくもって思い出せなかった。思い浮かんだ母親像はとりあえず沢田の親だな。


どれくらい、そうやって紫杏の背中をたたいていたか。


しばらくすると、小さな寝息が聞こえてきた。そっと体を離して顔を覗き込めば、ようやく眠ったようだ。頬にのこる涙のあとをそっと拭えば、わずかに身じろぐ紫杏。そして、まるでぬくもりを求めるように体を寄せてくる。


そんな小さな存在に、指一本でも殺せるだろう存在に、なんだかよくわからない感情が湧き上がってくるのを感じて自嘲した。


こんな感情は、暗殺者にはいらねえ。


そう、必要はねえ。


紫杏をつぶしてしまわないように抱きかかえてから、俺はやっと眠るために目を閉じた。


どうせ、明日は久しぶりの休みだ。ゆっくり寝ればいい。きっと疲れているからそんな感情が湧き上がってきただけだ。


そう結論付ける。


いつのまにか、雷の音ははるか遠くに遠ざかっていた。


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