今日は、午前中はザンザスさんのところでずっと絵を描いていた。なんだかんだ、ここにいることを許してくれているザンザスさんは顔は怖いけど、とても優しいと思う。 まあ、だからといって話し相手になってくれるということはなく、彼は彼の仕事をもくもくとしていたかと思えば突然酒をあおったりしている。さすがボス。職務中に酒って通常なら許されないよね。 そんなことを思いながら、昼が来て、ザンザスさんがここで食べるというからご一緒させてもらった。 ザンザスさんのメニューは本日も肉。肉、肉。なんというか、見ているだけでお腹が膨れそうなほどの量の肉を食べる。それも毎日。野菜はほとんどとらないらしい。そんなんで体を壊さないんだろうかと思うけど、鍛え方がそこらへんのカスと違うとのこと。 鍛え方で食生活はどうにかなっちゃうものらしい。なんとも不思議だよね。 「う゛お゛おぉい!来てやったぞお!」 食事も終わり、食後酒をザンザスさんが楽しんでいた時に、ノックもなしに、突然開かれた扉。それはスクだった。 午後からは、スクが私にイタリア語を教えてくれるらしい。 スクの大声を聞いて、ザンザスさんはひそかに眉を寄せていたけど、今日はグラスが飛ぶことはなかった。 その代り、ザンザスさんは立ち上がったと思ったら、執務机に座って仕事をし始めた。 スクが私を小脇に抱えると大股で部屋を出ていく。どこに向かっているのかと思えば、それはスクの部屋だった。おろされたソファーの上で姿勢を正してスクを見ていると、彼は私の前にあるソファーに座った。 「まずは…、今までずっとソレで書いてたのかあ?」 [もーるすしんごうも] 「ああ?」 [でんわとかくらいときとか、それでおはなしした] 「モールス信号っつーと、あれかあ。あの光みたいなやつかあ?」 [わたしは“おと”だけど] 「音?」 目だけでどうやるんだと問いかけられたので、ためしにスクと打ってみることにした。指で机をたたく。 ・・・ ・・− −・− ・・− 「なるほどなあ…」 深々とうなずいたスクにわかったのだろうか、と首を傾げた。 「俺はKじゃなくてQだ」 どうやらちゃんとわかっているらしい。そして、それがアルファベットだということもわかったようだ。うん、ヴァリアーってすごいね。そんなものまでしってるんだ。 「とにかく、俺が言ったものをどんどん書いていけ!わかったなあ!」 わかったということを示すように敬礼をしてみせた。 「敵にあったときにはこう言え」 [Mancanze esso per essere venduto all'ingrosso a tre pezzi?] それの発音を教えてくれるスク。正直、発音が良すぎてうまく聞き取れてはいなかったんだけど、とりあえず、日本語に訳すとどうなのかを聞いてみた。なのに、次行くぞ、と言われてしまった。 「次だ。ボスのことはこういうんだぞ」 そういって書かれた文字は、 [Un tiranno] これで、ボスということなのかな? 「ほかには、Capo di feciともいう」 スケッチブックに次々に書かれていくものを目で見て覚えていく。ボスの呼び方から始まり、敵にあったときの言葉とかを書かれていくけど、なぜかどれも日本語訳は教えてくれなかった。 とりあえず、今教えてもらったものを相手に見せればなんとなかるということなのだろうか? そう考えながら、スクが次々にペンを滑らせて書いていく言葉を覚えていく。 「まあ、こんなもんだろお」 ようやく終わったらしいそれを眺めているところで、誰かがスクの部屋をノックした。 「入れ」 「失礼します!」 どうやら部下の人らしくて、私の方をちらっと見たからきっと仕事の話をするには邪魔なのだろう、と思って、ザンザスさんのところに行くことにした。最後にちゃんとスクにお礼を言ってから部屋を出る。 ノートに書かれている文字と、スクのこういうときにはこう言えという言葉を照らし合わせながら、ザンザスさんの執務室にむかった。 ドアをノックして、返事が返ってこないことは変わっているから、頑張って背伸びしてドアノブを握ったところで、勝手にドアが開いた。 え?と思っていると、向こうからベルが顔を出した。 「ししし、やっぱ紫杏じゃん。何してんだ?」 私は、頑張って背伸びをしてドアノブをつかんでいたから、急に開いたドアのせいで体が斜めに傾いていた。とりあえず、内側に開くドアでよかった。顔面に強打するところだった。 「まあまあ!紫杏じゃなーい!ボスに用事かしら?」 中にはどうやらルッスもいたみたいだ。 うなずき、中に入ると、出て行った時と変わらないままのザンザスさんがいた。 「…カス鮫はどうした」 [ぶかのひと、きた。だからきゅうけい] 「イタリア語は」 [ぼすのよびかたと、てきにあったときのことば、おしえてくれた] 「ししし、先輩アホなんじゃね?そんなん教えても意味ねーし」 意味ないのだろうか?とベルを見上げて首を傾げれば、頭をなでられた。 「そうよねえ。敵になんてなかなか遭遇しないんじゃないかしら?」 「つーか、敵が目の前にいるっつーのに、文なんて書いてる暇ねえんじゃね?書いてるうちに殺されるって」 まあ、確かにそうかもしれない。と思いながら、ザンザスさんに近づく。とりあえず、こんなの教えてもらったよーってことを報告しておこうと思って。 [Capo di feci] スクに言われた言葉を書いてみせると、横目で見たザンザスさんの眉間にしわが寄った。そして、とても睨まれている。 なんでボスって書いただけで睨まれるんだろう?と首をかしげていると、ザンザスさんがとてもとても低い声を出した。 「てめえ、喧嘩売ってんのか…」 え?なんでそうなるの?? さらに頭上にクエスチョンマークを飛ばしていると、意味分かってねえのかと聞かれさらに首をかしげた。 「あらあら、なんて書いたの?」 ベルとの会話が終わったらしいルッスが私のスケッチブックを覗き込んできたので、さっき書いたものを見せてみると、一気にルッスの顔がこわばった。 「…これ、スクちゃんが教えてくれたの?」 [ぼすのよびかただ、って] 「チッ、ベル。カス鮫呼んで来い」 「りょーかい」 ザンザスさんの低い声と、赤い瞳がぎらぎら光っている。何をそんなに怒っているのだろう?と首をかしげて、自分の書いた文字を見つめていると、ルッスに声をかけられた。 「紫杏、これはね、日本語で『糞ボス』っていう意味なのよ。まったく、スクちゃんったら…」 糞ボスって…、そりゃあ、ザンザスさん怒るよね。うん。誰だって、いきなり…。じゃあ、他の文字ってなんだったんだろう?と首を傾げていると、扉の向こうからスクの大きな声が聞こえてきた。 「う゛お゛おぉい!およびかあ!?―――ガッ!!」 スクが勢いよく扉をあけ、大股で入ってきたと思えば、その頭にザンザスさんの机の上にあったグラスがクリーンヒットした。いつもながら、見事だ。 「う゛お゛おぉい!いきなり何しやがんだあ!」 「ししし、今回は先輩のじごーじとくじゃねえの?」 「ああ!?」 後ろからのんびりと入ってきたベルはスクのことを笑ったまま私たちの方に歩いてきた。 「こいつにくだらねえもの教えてんじゃねえ」 「あ!?って…、紫杏こんなところにい―――…」 それ以上スクの言葉は続けられることはなく、再びスクの顔面に文鎮が投げつけられた。あれは半端なくいたそうだ。その証拠に、スクがあたった場所を抑えて痛みに呻いている。 「あらあら…、さあさあ、紫杏ちゃんには過激すぎるから談話室にいきましょうか」 「つーか、紫杏瞬間記憶能力あるんだったら、辞書でも見せて覚えさせればよくね?」 そういって、どこからともなくとりだした和伊英辞典を手渡された。日本語とイタリア語と英語が書かれているものらしい。 たしかに、これを見れば一通りの単語は覚えられそうだった。まあ、文を書くまでには至らないだろうけど。 「文法なんて、英語とほとんど大差ねえし。つーか、高校生だったんだろ?だったら、普通に出来るし」 「それもそうねえ」 「ししし、王子あったまいい」 廊下に出た私たち、結構遠ざかったはずのザンザスさんの執務室の方から未だにスクの叫び声が聞こえてきて、心の中で合掌しておいた。 |