今日は、幹部全員任務らしい。朝、朝食を食べにリビングに行けば、皆が皆慌ただしく朝食を口のなかに掻きこんでいた。 一番近くで、しかも既に朝食を食べ終えレモネードを飲んでいるマーモンに、何かあるのかと聞けば、全員任務だから急いでいるのだと返ってきた。 なら、今日は一人なのか。と思いつつ朝食を食べ始めれば、私が半分も食べないうちにそれぞれは準備し終わったのか慌ただしく立ちあがった。 「ししし、紫杏、ちゃんと大人しくしてろよ?」 「まあ、ボスはいますからねー」 「じゃあ、いってくるわあ!」 「う゛お゛おぉい!ルッスーリア!テメエが荷物も手え!」 「うむ」 「紫杏、じゃあね」 それぞれにちゃんと手をふって挨拶を済ませて、皆が出ていくのを見守った。 全員が任務で出払うのは別に珍しくはなかった。こんなにも時間帯がそろうのは珍しいけれど。 それにしても、今屋敷にいる顔見知りはザンザスさんだけかー。と朝食を食べながら考える。今日はどうやって過ごそうか。 そういえば、ザンザスさんは私が17歳だと知っているんだろうか?知ってるよね。スクあたりが報告してそうだ。 あ、そうだ。今日ザンザスさんのお部屋に行ってみようかな?邪魔だと言われれば出ていけばいいし、邪魔じゃないなら一緒に居させてもらおう。 今日はなるべく一人でいたくない気分なのだ。 夢を見た。 その夢はつい先日のお父さんとの記憶。朝目がさめれば頬に涙がつたっているなんて、いつものことになってしまった。毎夜毎夜、あの夢をみて、最後は顔も見たくないと言われて目が覚める。おかげで眠るのが怖くなってしまう。 でも、幸いと言うか、なんというか、お面をつけているおかげで目が張れていたりしても充血さえしていなければばれることはない。たぶん、バレていないだろう。 そうと決まればザンザスさんのところだ。 邪魔だと言われたら、物を投げられないうちにさっさと退散して、メイドさんたちのお手伝いをしていよう。ここのメイド長さんは、日本語が話せるのだ。だから、とてもありがたい。 いつものスケッチブックとかがはいった鞄を持ってザンザスさんの執務室に向かった。実は、私から行くのは初めてだったりする。 ザンザスさんとは、晩御飯の時に談話室で見る他、ほとんどで歩いていないのか、たまたま会っていないだけなのか会ったことがないのだ。 そして、やっぱりザンザスさんの雰囲気ってちょっと怖いから近づけないでいる。 でも、やっぱりお世話になっているし、なんとなく、紅い瞳がきになっていて、もっとちゃんと見てみたいのだ。 そうしてやってきたザンザスさんの執務室。大きな扉をノックしてみる。ちょっと威圧感が半端なくて後ずさっちゃったけど、頑張った。 しかし、返事はない。もう一度ノックしても返事はなかった。いないのだろうか。と思いつつ、失礼しますと心の中でつぶやいてドアノブに手をかける。 背伸びしてようやく届いたそれをまわして、ゆっくりと押してみれば思う扉は少しだけ開いた。少し開けばこっちのものだ。扉が閉じてしまわないように注意しながらドアノブから手を離し、全体重を扉にかける。それでようやく開いたドア。 あれ?そういえば鍵かかってなかったな。 やっと子供一人とおれるぐらいになったところで、なんとか体を中に滑り込ませる。 滑り込ませた瞬間思い扉は閉まってしまった。しかも、なんと私のスカートまで巻き込んで。引っ張ってみてとれる感じがしなくて、もう一度ドアを開けようと思っても、こっちがわだと引き戸になってしまう。そうなると、押すのとはちがってまた一苦労なのだ。 なんどか引っ張ってみるけどどうもしっかり挟まっているらしく抜けてくれない。 「…なにやってんだ。カスが」 そこで、初めてザンザスさんがいることに気がついた。そして、ここがザンザスさんの執務室だということも。 [ふく、はさまった] 急いで、鞄からスケッチブックとペンをとりだして今の現状を説明すれば、紅い瞳がじっと見つめてくる。 [とれない] 「ハッ、カスが」 カスカスってさっきから…。というか、助ける気はないのか?このまま誰かが来るまでここで服を挟まれたままたっていなきゃいけないんだろうか。 どうしようかと悩んでいると、いきなり後ろに誰かがたったかと思えば扉が開かれた。その間に素早く身を引けば、扉が閉められる。上を見上げてみれば、そこには私を見降ろすザンザスさんがいた。 なんで助けてくれたんだろうと思いながら、ペコと頭を下げると、無言のまま戻っていく。 どうやらどこかに行くとかではなく、本当に私を助けてくれたらしい。 [ありがとう] ザンザスさんの傍に行って、膝を叩いて紙を見せれば、ちらっとだけ目だけで私の方を見た。 [しばらく、ここにいてもいい?] もう一度彼の膝を叩く。そして、同じようにちらっとだけ目を向けられる。 そして、またすぐに目をそらしてしまった。無言は肯定って言葉があるけど、そうとってもいいんだろうか。としばらく思案する。でも、それっきりザンザスさんは何もいうことはなかったし、いちゃだめならだめと言うだろうと勝手に考えて、部屋にいさせてもらうことにした。 机の傍からはなれて、部屋にあるソファーに座る。 ソファーはふかふかだった。沈む体の感触をしばらく楽しんでから、ザンザスさんのほうをみると、彼はもくもくと書類に取り組んでいた。あまり書類とかをするようには見えていなかったからなんとなく意外だった。 ちゃんと、仕事してるんだ…。 今まで見てきた姿は、スクいびりしかなかったから、なんとなく意外だった。 あ、そうだ。 前に、マーモンがザンザスさんの絵描いてって言ってたし、せっかく目の前にいるんだから描こう。 そう思って、鉛筆を滑らせはじめる。これは絵具で描こうかな。この前、スクにみせたやつは色鉛筆にしたし。最近絵具は使ってなかったからね。 そうやってしばらく描いていたら、どれくらい時間がたったのか、突然ザンザスさんが口を開いた。 「テメエは…」 その声に顔をあげてザンザスさんを見れば、彼は、背もたれに体を預け、腕をくみながら目をつむっていた。眠っていのかな?だったらさっきのは聞き間違いだろうか?そう思った時、ザンザスさんが目を開いた。 紅い瞳が私の方を向く。 「憎くねえのか」 突然の問いかけに首をかしげた。 「お前を殴った母親が、ここに追いやった沢田が。憎くねえのか」 やっぱり、ザンザスさんは私が17歳だということを知っているらしい。ママが私を殴ったということを知っているのだから。 憎くないのか。 その言葉のどこにも感情のかけらも感じ取れなかった。ただ気になったから聞いたという感じだ。答えなんてどうでもいいということだろうか。 憎く。 憎い?何が?捨てたことが?私を見たくないといったお父さんが?全てを私のせいにして殴るママが? 私はゆっくりと首を振った。 憎くなんて無い。憎くはないよ。 [かなしい] そう、悲しいだけ。憎くなんて無い。憎むべき相手じゃ無い。どちらに対しても、悪いのは私だ。憎まれるべきなのは私なのだから。 「悲しい、だと?」 わずかに寄る眉。そちらを見ながら、少しだけ頷く。 憎くなんて無い。ただ、悲しい。さびしい。傍にいてほしい人が、いないのだから。 「きらわれても、たいせつなひとたち。だからにくくない] ザンザスさんは、憎い相手がいたのだろうか。私のように、誰かに嫌われたり遠ざけられたりしたことがあるんだろうか。だから、憎いかなんて聞いたのかな。だったら、ザンザスさんはその人のことを憎んでいたのかもしれない。 湧き上がってきたのは、言い知れない悲しみではなく、やり場のない憤りだったのかもしれない。 「ハッ、きれいごとだな」 綺麗ごとなのだろうか。 「俺は、憎い。俺をだましたジジイが。俺をボンゴレに売ったアイツが」 [いっしょ?] 吐き捨てるようにいうザンザスさんの瞳には確かに、紅蓮の炎が見えた。怒りだ。獰猛な獣が獲物を狙うときのように瞳に鈍い光が宿ったのをみた。 しかし、私の言葉にはザンザスさんは答えなかった。 そして、目をゆっくりと閉じる。 会話はそれで終了だと言われた気がしたから、再び絵を描き始めることにした。 そして、再び時間が過ぎる中。 またどれくらいたったのかはわからないが、ザンザスさんが口を開いた。なぜこうも唐突なのか。というか、マイペースなんだろう。 「おい、イタリア語は」 それは、わかるのかと言う意味でいいんだろうか。 [できない] 「なら覚えろ。平仮名ばかりじゃ読みづれえ」 私は、今まで自分で書いた文字を見つめた。確かに、スケッチブックをもらってからずっとひらがなで書いてきた。というより、なぜか漢字が書けないのだ。覚えているし、読むこともできるのに、なぜか書くことだけはできなかった。書こうと思えばとういうことか、平仮名になってしまうのだ。 謎だ。 [おしえてくれるの?] 「カス鮫に教われ」 カス鮫ってスクのことだっけ。確か以前ベルがからかうときにそう呼んでいた気がする。 なぜ鮫なのかはわからないけど。 つまりスクが教えてくれるということか。 確かに、英語かイタリア語とかだったら、漢字も何も関係ないから、読みやすいよね。それに聞きとれるようになれば、これからいろいろと楽だろうし、メイドさんたちともコミュニケーションが取れるというものだ。 「もう行け」 ザンザスさんはそれだけ言うと、また仕事に取り掛かり始めた。出て行けと言われたので、私は退散するために出していた鉛筆や消しゴムを片付ける。 出ようと扉までいったところで、私がそこにたどり着く前にあちらから扉が開いた。 「ボース、任務終わったぜ」 「報告書」 「ちゃんと書いてきたって。お、紫杏こんなとこにいたのかよ」 入ってきたのは、ベルだった。ベルは、そのままザンザスさんに報告書を出す。 「ボス、紫杏もらってっていい?」 「好きにしろ」 「しし、じゃあ、紫杏行こうぜ」 なんてタイミングがいいんだろう。というか、もしかしてザンザスさんはわかっていてもう出ていけと言ったのだろうか。 そう考えてザンザスさんの方を見れば、彼は報告書に目を通しているところだった。私は、そのままベルに抱き抱えられてザンザスさんの部屋を出た。 「で、紫杏はなにしてたんだよ。ボスの部屋なんかで」 鞄にしまってあるスケッチブックを取り出してさっきまで書いていたザンザスさんの絵を見せる。 「お、ボスじゃん。またマーモンの金に代わるんじゃね?」 うん、まあ。そのつもりもあったしね。役に立てるならいくらでも描くし。ただ、その相手ってレヴィさんなんだからどうかと思うんだけど。 そのあと、出来上がった絵はやっぱりマーモンの手に渡り、そしてレヴィへと売られていったのだった。 |