もう、いっそのこと部屋に戻ろうかな、と思い始めた時、いきなり手に持っていたスケッチブックをひったくられた。驚いて顔をあげると、それを持っているのはベルさんだった。 そして、周りの人たちも興味津々に覗きこんでいる。 「へえ…、これお前が描いたの?」 首を縦に振る。 「随分と鮮明ですねー。これなんて、鬼気迫るものがありますよー」 「…う゛お゛おぉい…、いくらなんでも詳細過ぎねえかあ?」 「このエンブレムって確かアボロッティオファミリーじゃなかったかしら?」 「まるで、人間写真機だね」 次々にページをめくっていくベルさん。その中には、いろいろと絵とか文字とか描いているはず。そんな、みられてまずいものはなかっただろうし、大丈夫だろうけど、なんだか複雑だ。 携帯電話のメールを他人に見られてる気分。 そういえば、携帯とかずっと触ってないな…。現代っ子は携帯がないと何もできないみたいなこと世間では言われてたのに。 「なー、なんでこんなのかけるわけ?」 ちらっとこっちを見るベルさん。その目が私が答えるのを待っているんだけど、如何せんしゃべれないわけで、スケッチブックは未だにベルさんの手のなか。ペンは自分で持っているけど、書く紙がなかったら意味がないんだけど。 「ベル。それ返してあげないと、意思疎通ができないだろ?」 「あ、そっか。めんどくせーよな。これ」 「今、紫杏のこと全面否定しましたよねー。デリカシー無い人はこれだから」 「はっ!?テメエだけには言われたくねえっつーの!」 「で?なんでなんだい?」 スケッチブックをもったままフランさんと言い合いを始めてしまって、それを見かねて溜息をついたマーモンさんがベルさんの手からスケッチブックをひったくって私に渡した。それを受け取って、空いているページを出して文字を書く。 [しゅんかんきおく] 「瞬間記憶?見たものや聞いたものを一瞬で覚えられたりするやつかい?」 首を縦に振る。実際にその能力を持っている人に会う機会は少ないけど、たいていの人が名前だけ知っているものだ。 「まあ!じゃあボスの肖像画もかけるってことお!?」 え、そこ?と思いつつ、ちょっとためらいながら頷く。そりゃ確かに、かけるけど…。なんというか、描いていいのか?と思う。あまりそういうのは好きそうじゃないから。 「う゛お゛おぉい!そんなもん見つかってみろお!殴られんのが落ちだあ!」 「大丈夫よ!レヴィにあげるから」 見つかって殺されるのはレヴィだから平気よ!とハートを飛ばしながら言うルッスーリアさんに、思わず顔が引きつった。描くのはいいんだけど、それで人が死ぬのは勘弁してほしいんだけど。 「まあ、いい証拠にもなるだろうし、描いてみなよ」 「ししし、マーモンまたなんか企んでんだろ」 いつの間にか喧嘩を終えたらしいベルさんとフランさんも話に入ってきていた。 「まあね。上手くできてるようならレヴィに売りつけようと思って」 「あー確かに、あの変態雷親父なら高額で買い取ってくれそうですよねー」 「ししし、でもそれってボスに見つかったら殺されんじゃね?」 「平気さ。その目にあうのはレヴィだから」 うーん、皆のレヴィさんに対する態度がかなり酷いと思うんだけど。嫌われてる、というより気持ち悪がられてるみたい。 確かに、初対面でのインパクトは大きかった。唇に空いたたくさんのピアス。そして背中に刺さっている何か。きっと、私じゃ無くても会ったら忘れることはできないだろうと思うほど濃い顔だった。 でも、それを言ってしまえば、ここの人たちはインパクトがすごいから全員記憶に残ると思う。それか、怖すぎて早く忘れたいって思うかも。 とりあえず周りのオーラが速く描けと言っていたから、鉛筆を滑らせていく。鞄の中にはちゃんと筆箱もはいっていて、鉛筆は濃さの違うやつを3本。そして太い黒ペンを一本、適当な色のペンも入っている。 荷物の中には色鉛筆や、絵具とかも入っていたはず。 ザンザスさんの姿を思い出しながら鉛筆を滑らせていく。自己紹介をしていたとき、ザンザスさんは上座に座っていて、私と一度目があった。上座に座るその姿はとても堂々としていて、王者の風格が満ち溢れていた。 気だるげに開かれた瞳は燃えるような真っ赤な色。それが黒い前髪の隙間からのぞいていた。コートは肩にかけてあるだけで、黒いネクタイがゆるくまかれていた。襟足からは赤い羽根のようなエクステか何かがつけられている。そして頬にはうっすらとだが傷跡があった。 ようやく描き終わり、それを見せると、各々から歓声が上がる。 「うん、これなら売れるね」 「マジでボスだ」 「ボスですねー」 「う゛お゛おぉい!これ、いつの光景だあ!?」 「さっき自己紹介してた時のじゃないかしら?ボス座ってるし」 「後ろの背景もかけるのかい?」 [かけるけど、かいたらぐちゃぐちゃになるよ] 「確認しただけだよ」 というか、さっき説明したことについては何も触れないんだ…。まあ触れられても、アレ以上説明のしようがないし、困るんだけど。 「てゆうかー、今思ったんですけど―、絵に感心してる場合じゃないですよねー」 「あらん?フランちゃんにはこの絵のすごさがわからないのかしら?」 「わかるに決まってるだろオカマ。そうじゃ無くてですねー、紫杏の歳ですよー。本当だとするとミーと歳近いじゃないですかー」 「そういえば、お前何歳だあ?」 「ミーのことはどうでもいいんですー。これだから、声がでかいだけのロン毛隊長は」 「う゛お゛おぉぉい!三枚におろされてえのかあ!!」 剣をどこからともなく抜いたスクアーロさんはフランさんを追いかけはじめた。もちろん逃げるフランさん。その光景を見つめていると、視界を遮るようにベルさんが顔をだした。 「ししし、紫杏見てると昔のマーモン思い出す」 「そうねえ。昔はマーモンも抱っこできるぐらい小さかったものねえ。ここまでよく育てたわあ…ア・タ・シ」 「…僕は君に育てられた覚えはないよ。ルッスーリア」 恍惚とした表情で宙を見つめるルッスーリアさんに、ぴしゃりと言い放つマーモンさん。皆はどうやら長い付き合いらしい。 「マーモンも赤ん坊らしくなかったよな」 「実際に赤ん坊じゃないんだ。当り前だろう?」 「見かけは赤ん坊だったし。つーか、今も十分ガキだけどな」 「侮辱罪として慰謝料を請求するよ」 「ししし、絶対無理。お前の請求高いんだもん」 二人とも仲がいいんだなあと、ぼんやり二人を見ていた。マーモンさんの雰囲気はどこかリボーンと似ているところがある気がする。 「紫杏ちゃん、どう?ここでやっていけそう?」 ルッスーリアさんに聞かれ、一つ頷く。まあ、殺されない限りなんとかなるだろうということで。 「皆、ちょーっと怖いところはあるけど、いい子なのよお!」 ちょっと? と首をかしげつつ、未だにフランさんを追いかけまわしているスクアーロさんを見る。その顔は、まさに般若だった。きらりと煌めく刀身が眩しい。 [これから、よろしくおねがいします] 「かわいいわあっ!!」 その言葉とともに頭を下げると、いきなり抱きしめられた。しかも、思いっきり。カエルが潰れた時のような感覚を味わい、私は意識が遠のいていくのを感じた。 (こちらこそ、よろしくよん!) (う゛お゛おぉい!ルッスーリア!そいつ気絶してるぞお!) (ルッスーリア先輩はもっと相手を考えるべきですよねー) (まったく。ルッスーリア。そろそろ離してあげたら?) (あら?眠っちゃったのね…) (…永眠の間違いじゃね?) |