シーン転開させましょう

カキーンと、グラウンドに金属バットにボールが当たる音を響かせながら、打った本人は走った。それを目の端に捉えながら、ボールの行方を見ていくと、外野がそれをあと一歩というところで落とし、すぐに拾って、送球してくる。


ボールは二塁に渡り、走った人は一塁で止まった。隣に座る監督である刈谷先生は、その様子を見ながら、何かを紙に書き込んでいく。


今は放課後の部活で、一年生の実力を見ていた。だから2年生である武や匠たちは待機。1年は最初は緊張していたようだけど、先生のいつものやる気のない態度と、久しぶりの試合っぽい練習に次第に笑顔が増えていってる。


陽が暮れるのが早くなってきたから、この1年生の試合で練習は最後だろうと思い、先生の許可を得て片付けられるものを片付けていく。


今日は、空が結局遅刻したみたいだったけど、先輩の権力で免れていた。といっても獄寺はしっかりと反省文を書いてきたみたいだったけど。


ベンチの物をあらかた終わったら、後は2年生の物を部室へ運んでいく。自分で運んでと言いたいところだけどそれも仕事の内だそうで…。


「風、手伝うぜ?」


呼ばれて振り返れば、そこには武がいて私が持っていたものを持ってくれた。その後ろを見れば、まだ1年の試合に視線を奪われながらもせっせと運んでくれている2年生の姿があって、先生に言われたんだと推測を立てる。私はすぐ横にあった、軽めの物を持って武と一緒に部室へ。


「ありがとう」


「ハハ、気にすんなって。それより、劇はどうだ?」


「うーん、セリフは覚えたし、動きも最初よりはましになってる……、はず。まだ恥ずかしいけど」


少し視線をさまよわせたあと、そういった風。表情的には、全然恥ずかしがってるようには見えなくて、思わず苦笑する。


「小道具はもう終わってっから、次からは劇を見るんだぜ」


「え、みられるの?…恥ずかしいわ。見に来なくていいわよ。…それにラストシーンは一回もやってないのよね」


部室にきて、物を置きながら風はそういった。ラストって、大切じゃねえの?


「?なんでだ?」


「そこに、キスシーンがあってそれで終わるからよ」


「は?」


「最後、全部が一段落して別れるときに、キスしてもとの世界に戻っちゃうのよ。そこで終わり。バッドエンドなのよ。この劇」


キスシーン、その言葉だけが頭の中に響いた。


「でも、私も獄寺も嫌だっていってそこにいったら打ち切らせてるのよ。あー、でも、いつまでもつか」


「本当に、するのか?」


「……したくないわよ」


それじゃあ、まるでするみたいな言い方じゃねえか…。そのシーンを見るのは嫌で、それよりも、振りでも、そういう風になっている風を見るのが嫌だ、と思った。


「なくすことはできねえの?」


「できたら、苦労はしてないわよ。空も、なぜかそこだけは、こだわってるのよね。南先輩もいろいろと言ってきてたし」


こっちを見ずに、本当にめんどくさい、と言う風に俺は、嫌じゃねえの?と聞きそうになった。


口を開きかけた時、ちょうど匠に肩をたたかれて、集合だぞと言われる。そのさいに匠も一瞬風に目を向けていた。でも風はどこを見ているのか、まったく別方向を見ている。


「武、風。さっさといくぞ!」


せかす匠に少し早歩きになりながらも、風はしきりに校舎の方を見ていた。


「あそこって、今日練習してる場所よね…。じゃあ、空がまだいるのかな」


ほとんど一人ごとと言った感じでの呟きは、再び匠に呼ばれた声によってかき消されてしまった。


部活が終わったあと、俺達も帰る準備をする。でも、俺はもう一度校舎の窓を見て、さっき風が言った場所の光がまだついているのを確認してから、行ってみるかと決めた。


「わり、風。先に帰っててくんね?」


「?どうしたの?」


「ちょっと、用事思い出したんだわ」


「待ってなくていい?」


「おう、すぐ追いつくと思うから。それに寒いしな」


「ん、了解。じゃあ後で」


歩いていく風を見送ってから、学校の中へ入る。


学校の中は薄暗くて、普段騒がしいだけにやけに静寂が耳についた。俺は、さっきの場所を目指して階段を上る。途中、教室に行くまでもなく前の方を行く空を見つけた。


「空!!」


声をかければ、立ち止まって俺が近寄るのを待ってくれた。近寄って初めて、空が驚いているのがわかった。


「どうしたの?たけちゃん。部活は?」


「今終わったんだけどよ、その…、なんつーかちょっと頼みたいことがあって……。劇のこと、なんだけど、よ…」


「劇?」


「獄寺と、かわれねえか?」


「隼人と?なんで?」


「え、いや、えっと…、キスシーン、ある、だろ?だから、その…」


頬をかいて、明後日の方向をみるたけちゃんを見て、ピーンときちゃった。なんだ、そういうことね。そっか、そっかー。


「あ、でも、キスシーンなくなるなら───」


「なくならないよ。それは、絶対になくさないし」


「……なら、変えてもらえねえか?」


「んー、今から立ち位置とか教えるのは大変だしな―?」


わざとらしく語尾を伸ばしてからチラリとたけちゃんを見てみる。たけちゃんは、がばっと顔の前で手を合わせて、懇願してくる。


「見て、覚えっから!な?」


「えー、セリフはどうするの?」


「本番までには覚える!」


「んー」


「頼む!」


「…しょうがない。アイスひとつで許してあげる」


たけちゃんと隼人には、あたしたちからお小遣いが月ごとに渡されている。やっぱり、高校生ともなればほしいものだって自分で買いたいしね?まあ、元をたどればあたしの家のお金だけどね!


「本当か!」


「あ、でも、本番までは風たちには内緒だからね!風がボイコットしかねないから」


「おう!」


「それと、今からは必死に見て覚えてね!劇を失敗させたら許さないんだから!」


「おう!ありがとな!じゃあ、あとで!」


「んーばいばーい」


先に帰っていくたけちゃんを見送ってから、ニンマリと笑みを浮かべる。だって、だって!たけちゃんってば、あんなの好きだからっていってるようなものじゃない!セリフについてはあまり期待はしてないけど、立ち位置はしっかりと覚えてもらわないとね!これから、おもしろくなりそー!


隼人とは、これから頑張って練習しなきゃいけないし!それにしても、たけちゃんも意外といえば意外なんだけど、隼人も協力してくれるなんてなー。本番までにどっちとも、なんとしてでも完成させなきゃ!こうなったら、思いっきり楽しんじゃうんだから!


あたしは、スキップしながら、隼人を待たせている教室まで向かった。




***

私は、武とわかれたあと一人、校門から出ようとしていた。そこに声をかけられ、振り返ったら匠が走ってきた。


「匠?どうしたの?」


「武が一緒じゃねえみたいだからな。こんな時間に一人で帰すわけにはいかないだろ」


匠って、変なところで律義なのよね…。そう思いながらも、一緒に歩き出す。少し、女扱いをされて、気恥ずかしくも感じながら。


「あ、そういえば、空からゲーム返してもらった?」


「ああ。しっかりと。風もやったのか?」


「私はやってないわよ。空がやってた」


「俺は、お前にやれって言ったはずなんだけど…」


「興味がないともいったはずよ」


そう、切り返してやれば次の言葉が出てこなかったのか、不機嫌そうな顔をするも、何も言ってこなかった。第一、空と獄寺が徹夜でゲームしてるんだから、どちらにしてもやることなんてできなかったわよ。


「そういえば、さっき劇の話してただろ?」


「……盗み聞き…」


「違っ!つーか、あれはお前らが堂々と話してるから聞こえただけだ!」


「わかってるわよ。そんなに焦らなくてもいいじゃない。大した話の内容じゃないんだし」


不審な目を向けてからかってから、それで?と話を促す。


「獄寺が嫌なら、俺がかわってやろうか?」


「……何を?」


「だーかーらー、キスシーンだよ」


「匠が、相手役になるってこと?」


車のライトで照らされた匠の顔を横目に見ながら聞いてみれば、そうだと大きくうなずいた。まあ、確かに匠と獄寺だったら匠の方が…、ってそういう問題じゃないのよ。そもそも、キスシーンがなければなんの問題もないのよね。


それに、匠だってあの南先輩の弟であるわけで、顔はそれなりに良いんだから。こうして一緒に歩いているだけでも、見られたら苛めが酷くなるってものよ。想い人が違うってだけで、私が邪魔者だということは変わらないわけだし。


「嫌よ。気恥ずかしい。ああいうのはいっそのことまったく関係ない他人とやった方が恥ずかしくないと思うのよね。そもそも、キスシーンって言っても、本当にするわけじゃないし(そのはずだし」


「けど、獄寺より俺の方がましじゃねえか?」


「……その自信はどこから来るのよ」


呆れた視線を向ければ、匠は一度苦笑した後、いきなり私の進行方向を遮るように私の前に躍り出た。びっくりして足を止めると、いつになく真剣な顔をした匠が私を見つめる。


そっと伸ばされた手が、私の髪を一度梳くとそのまま顎を少し上に持ち上げさせた。肩がビクッと跳ねる。


「……俺は、お前と一緒に生きていきたい」


「!!」


真剣な顔をして、囁かれた言葉は劇で相手がヒロインと別れなくてはいけないとわかったときに言う言葉。私は、ただ、目の前の匠を見つめた。知っている匠のはずなのに、幼馴染の匠のはずなのに、まったく知らない人が目の前にいるみたいだった。


目を見開いて匠を見ていると、匠は真剣な表情から一転して、ニヤリと笑って見せる。


「……どう?主演男優賞もんだろ?」


「……まだまだよ」


「手厳しいな。風」


すっと放された手をそのまま、後頭部へと持っていって頭をかく。そんな彼から視線をそらした。そして、帰る道を行く。


「なー、風にとって、俺ってどんな存在?」


「何?いきなり」


「いやー、なんとなく。じゃあ、武は?」


「……匠は幼馴染。男子では一番近い存在じゃない?」


「…一番近い、ね。……まあ、いっか」


私は逃げるようにスーパーに寄るといって強引に匠と別れた。






(風!)
(武。用事はもう済んだの?)
(おう!あ、アイス買っていかね?奢るぜ?)
(!…うん)
(じゃあ、空の分もだな)


(そうね(空にアイスで何か釣られたのかしら?)


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