喉に刺さった小骨

買い物を済ませ、重い荷物を片手に持ちながら、さっさと帰ろうと足を進めていると、人ごみの中に知っている顔を見つけてしまった。その人物に思わず眉をひそめる。どうせなら相手に見つからないうちに立ち去りたいと考えて、人にまぎれながら歩みを進める。


その人物は、誰かに向かってにこやかに手を振っているようだった。その手を振っている先を見れば、知らぬ女性。思わずため息をつきたくなったのは気のせいじゃ無い。


相手に言いたいことはたくさんあるものの、それを言っていい立場ではないということは重々承知していたから、私は視線を合わせないように顔をそむけてさらにスピードを上げる。


「やあ、春日さん」


こちらは顔を合わせたくなくて、分かりやすいように顔を背けながら過ぎようとしたのに、気づいたあちらが何も気にせず声をかけてきた。


反射的に、顔をゆがめてしまう。もうこれは条件反射だ。体が嫌いだと言っているのだ。というか、心が拒絶しているのだ。つまり生理的に受け付けない。


「…こんにちわ。南先輩」


声をかけられ、あまつさえ手を振りながら近寄ってこられたら無視し通すわけにもいかず、しぶしぶ返事を返す。


顔にも態度にも話したくない、速く解放してくれとありありとわかるようにしているのに、なぜか先輩はにこやかに近づいてきたと思ったら私の前に立ち止まってさらに話を続けようという気らしい。


「買い物?」


「…ええ、…まあ。先輩は誰かとデートですか?」


嫌味をたっぷりこめた声音で問う。先ほどの女性のことを思い浮かべ、鼻で笑いそうになるのを抑えた。ああ、どうしても先輩相手だと黒いものが胸中を渦巻く。


まあ、軽く嫉妬とか入ってるんだろうなあと自分で思う。先輩が好きとかではなくて、空を盗られたという感情がどこかしらにあるのだと思う。幼稚だと思うけど、こればっかりはどうしようもない。


「嫌だなぁ。俺が空以外と付き合うわけないじゃないか」


「そうですね。付き合うことはしないでしょうね」


「嫌につっかかるね。君はいつもそうだった」


わざとらしく腰に手をあて、溜息を吐きだす先輩。その所作に、イラつく心はそのままに、あくまで表面上は無表情をつくろった。


匠は平気だというのに、どうもこの先輩だけは好きになれない。昔からそうだった。いちいち、癇に障るのだ。とくに何をされたというわけではないが、強いて言うなら生理的に無理な相手といったところ。


先輩は、うーん、と何やら考えを巡らせていたかと思うと、何かを思いついたのか、その表情に笑みを浮かべた。


「俺が空をとっちゃったから?」


そして、吐き出された言葉に、思わず舌打ちをしたくなる。楽しくてしょうがないといった声音に、さっさと立ち去りたい。そろそろ買い物袋をもつ手が痛くなってきた。


「…空が誰と付き合おうと、自由です。もちろん、そこに空の気持ちがあることが前提ですけど」


あんに私がとやかく言うことはしないと語る。しかし、先輩は笑みを崩すことはしない。


空には悪いけど、やっぱり先輩は嫌いな分類に入る。


「春日さんは嫌に空に義理立てしてるよね」


「義理立て?」


「…空の意見を尊重してる、とでもいうのかな」


少し含みを持った言い方に、思っていることは別にあるようだ。何を言いたいのか。それとも言いたいことなどなくただたんに、嫌味を言っただけなのか。


「…誰にたいしてもそうですが」


「ふうん?でもさ、正直、空が君とのことばかり話すからちょっと妬けるな」


「女に嫉妬してたらせわないですね。もっと余裕をもったらどうです?」


嫌味をたっぷり込めて返事を返す。視線を道の先に向ける。太陽が傾きかけ、空を黄金色に染めていた。


「……春日さんって、俺のこと嫌いでしょう」


たっぷり間をとってしみじみとそういう先輩に、いまさら気付いたのか、とちょっと驚いて見せる。先輩の方を見れば、どうも表情が読みとれない。


たぶん、私がここまで嫌うのは、先輩が私と似ている部分があるからだ。どこが、とは言えないが、中身の奥深く。私が私自身の嫌っている部分と似ている節があるのだ。


まるで自分を見ているようで苛々する。


「そんなことないですよ。では私は夕飯の準備があるので」


普段先輩になど向けることの無い、満面の笑みを浮かべて見せる。それに面食らった先輩は言葉も出ないようだった。


その様子を見て、してやったりとまた違った笑みを浮かべる。


腹黒い?そんなの今さらだ。自分の嫌いな人に関してはとことん冷たくなる性質なのだ。逆に好きでも嫌いでもない人だと、酷く無関心になる。


「あ、言い忘れてました。空が誰と付き合おうと、誰を好きになろうと私には関係ありませんが、空を泣かせたら、例え先輩でも容赦しませんから。それでは」


私は、手に食い込むビニール袋を反対の手に持ち替えて、呆然と立っていた先輩に背を向けた。



「……………へえ、それは、気をつけないといけないね」


そうつぶやいた先輩の言葉は、私には聞こえなかった。







「おっ!帰ってきたのか」


重い買い物袋を持って帰ってみれば出迎えたのは武だった。


「おかえり」


「ただいま。帰ってたのね」


「ああ、バッティングセンター、楽しかったぜ!」


今日は武は部員と一緒にバッティングセンターに行っていたのだ。私が置いた買い物袋を持ってキッチンへと入っていく武。


一気に体の力が抜けて、息を吐き出した。


どうやら無意識のうちに体が強張っていたらしい。拒絶反応と言うのはどうも…。


「風?どうかしたのか?」


「なんでもないわ」


「今日の夕飯何にするんだ?」


「今日はカレーライスよ」


「お!カレーか!って、それ昨日の残りじゃねえの?」


買い物袋を床に置きながら、武がきょとんと私を見上げる。それが面白くて思わず笑みをこぼした。


「まあね。ただし、今日はカツも買ってきたから、カツカレーね」


「……ハハッ、まあいっか」


何がいっか、なのかはわからにが、気にしないでおこう。昨日結構大量に作ったから、今日の分もあったのだ。それがどれだけ助かるか。さすがに2日同じものを続けて出すと、空や獄寺に何を言われるかわかったものじゃないから、カツも買ってきた。


まあ、それでも何かしら文句は言われそうだけど。








(ええーっ!またカレー!?)
(道楽してんじゃねえよ)
(今日は、ちゃんとカツもついてるわ)
(そんなの―――)
(何?)
((い、イエ。なんでもありません…)
(ハハッ、やっぱ風って面白いよなー!)
(?なんの話?)


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