山本との試合が終わり、くだらねえ先公の話しを右から左に聞き流していると、隣から山本が話しかけてきやがった。 「おい、獄寺。あれ、」 山本が指差す方向に、怪訝に思いながらも視線を向ければ、ゴール下で談笑しながら休憩している空たちがいた。 「ああ?なんだ、空たちじゃねえかよ。だから、なんだ」 「だから、あのゴールだよ。なんか…、あぶなくねえか?」 そういわれて見てみれば、確かにこっちのコートにあるそれよりも若干下にさがっているように見える。目を細めてよく見ようと体を動かすと、教師の声が飛んだ。 「おい、そこ二人、聞いてるのか?おい!」 そのとき、カコン、という音とともに、そのゴールを支えている鉄パイプから何かがはじき出された。 ゆっくりとかしいでいくゴール。二人は話しに夢中なのか気付かない。他の奴らも気づかない。あいつら、なんで気づいてねえんだっ!ゆっくりと傾いていくゴールに、俺と山本は同時に走り出していた。 「空っ!」 あと少しだというところで、名前を叫べば、きょとんとした顔でこっちを見る空。チッ、間に合わねえっ! 足に力を入れて、体育館を蹴った。それと同時に体育館にはあり得ないような金属音が響き渡った。痛みが腕と背中に走る。耳に女子の叫び声が聞こえてきてから、ゆっくりと目を開ければ、俺の腕の中には縮こまって目をきつくつむっている空がいた。無傷とまではいかねえが、大した傷は負ってねえ、な? 俺達はギリギリで二人に近づくと、壁に押し付けるようにしてゴールが直撃してくるのを避けた。 「いった…」 「おい!大丈夫か!?」 隣で山本が叫んでいる声がするが、俺はすぐにあたりを見回した。走っているときに、確かにドア付近に人影があったはずだ。 そっちに視線をやれば今ちょうど離れていくところで、後ろ姿がかすかに見えた。 「おいっ!待ちやがれ!」 追いかけようと体を動かせば、鈍く痛む肩。 「くっ…」 「隼人!大丈夫!?」 恐る恐る目を開いた空は目の前の俺に目を見開いた。 「お前こそ、怪我してねえのかよ…」 ゆっくりと呼吸をして、痛みを和らげてから空をみやる。 「あ、あたしは、大丈夫だけど…っ」 「へっ、そうかよ…」 思ったより傷が酷いのか、肩が重い…。 「おい!大丈夫か!!なんだって、いきなりゴールが落ちてくるんだっ!」 先公の焦った声が聞こえてくる。ゴールが落ちてくるんなんてそうそうあるわけねえだろうが。人為的にきまってるだろ…。 「チッ…」 ゆっくりと体を起こせば、空から静止の声がかけられる。 「おい!誰か肩かしてやれ!すぐにほ、保健室へ!!」 *** あのあと、なんとか保健室にきた俺達は、そこで応急処置だけを受けてすぐに先生の車にのって病院に連れて行かれた。怪我の方はあれだけ大騒ぎしたにもかかわらず4人とも大したことはなかったらしい。 「なあ、あれって、お前らのこと狙ったんじゃねえの?」 山本が唐突に口を開いた。その言葉に空は息をのみ、春日は視線を泳がせた。 「じ、事故でしょ?」 空が言葉を発することを怖がるかのようにおそるおそる口にする。その言葉に、間髪いれずに俺は否定した。 「ゴールが簡単に落ちてくるわけねえだろうが」 「だとしても、故意にやったっていう証拠も…、ないわ」 「俺は見たんだよ!体育館の入口から走ってく奴の姿を!」 シン、と静まり返る。絶対に何か隠してやがるこいつらは見ていて苛々する。何もできないくせに、誰も頼ろうとしない。前の火事のときだってそうだ。 「……風が…」 「空」 呟くように声を発した空を咎めるように春日も口を開く。 「風!隠すなんてできないよ!」 しばらく二人はにらみ合った後、先に目をそらしたのは春日の方だった。 「風ね、今、いじめにあってるの。だから、その延長線上なんじゃないかと思うんだけど…」 「いじめ?」 「たいしたことないわ。軽いものだったもの」 「そういう問題じゃねえだろ!?」 めずらしく声を荒げる山本に、たじろぐ春日。絶対に口には出さねえが、山本が怒鳴りたい気持ちもわかる。絶対に言わねえが。 「なあ、次なんかあったら、絶対に言ってくれ。な?」 春日の両肩を掴んでそういう山本に、春日は視線をさまよわせている。メンドくせえ奴だ。こいつの性格上、自分で解決しようとするだろう。なんの力もねえくせに、自分で解決しようとして…、まるで昔の俺みたいじゃねえか。 「風」 「…ハア。わかった。わかったわ。次、何かあったらちゃんと言う」 「おう」 根負けした春日の頭を嬉しそうに撫でる山本は、すげえキモチワリイ。ちらっと空を見てみれば、何かを考え込んでいるみたいだった。 「おい、空?」 反応しない空の頭をはたく。 「おい!」 「うわっ!?な、なに?」 「何、じゃねえよ。…お前も、なんかあったら言えよ」 「へ?」 「っ、なんでもねえ!」 「え、何?なんていったの!?」 「なんでもねえ!ほら、帰るぞてめえら!」 顔に集まってくる熱を感じ取られたくなくて、さっさと歩きだせば、慌てたように空が追ってきた。後ろからは山本達の笑い声が聞こえてきて、気まずさがつのる。チッ、言うんじゃなかったぜ。 「ハハッ、獄寺は元気なのな」 「本当に…」 「うっせえっ!」 影が4つ伸びる。この影が、いつのまにか当り前になっていたということに気づくのはもう少し先のこと。 |