対人に北風、お次は太陽となれ

次の日、朝起きてみればベッドはもぬけの殻だった。あわてて起き上がり部屋を出れば、なぜかキッチンに春日と立っている空がいた。


「あ、獄寺。おはよう」


先に気付いた春日の言葉になぜか空が体を跳ねさせた。空が手に持っていた洗いかけの皿が滑り落ち、床で音を立てて割れた。


「あ、ああ、あの、ごめっ」


「空、怪我してない?」


「う、うん」


「大丈夫だから」


風に頭を撫でられ小さくうなずいた空は俺の方を一度も見ることなく箒を取りに玄関の方へ走って行った。


「んー、重症ね」


「あ?」


「空よ」


「なっ、あいつどっか悪いのか!?やっぱり打ち所がっ!」


「違うわ。さすがにまだ痛むみたいだけど、やっぱり手加減は多少していたみたい。軽く動くだけなら平気そうよ。問題は、獄寺」


「俺?」


「昨日の自分の行動をよく思い返してみなさいよ」


「………アレだ、なんでああなんだよ」


「顔を見ただけで思い出して正常じゃいられないぐらいに恥ずかしくなるから、無理。らしいわよ?」


「はあ!?」


「まあ、それだけじゃないのよね。問題は」


肩を竦める春日にまだ何かあるのかと眉を寄せる。そりゃ、あんなときに俺がき、キスなんてしちまったのは悪かったと思うけどよ。目の前にいるこいつだって散々人の事からかいやがって。


でも、それで避けられるなんて、あいつどんだけ初心なんだよ。外国じゃあんなん日常茶飯事だろうが。いや、俺はしたことねえけど。


勝手に事情を説明しだしたこいつに、朝食を出してもらい食べながら聞く。


どうやら、いつも通り起きてきたこいつに朝から空が泣きついたらしい。その理由が、俺がとった行動のせいで意識しすぎて顔を直視できねえんだと。喜んでいいんだか嘆いていいんだかわかんねえ複雑な心境に、俺は眉根をよせた。


そして、さっきのは俺がいきなり声をかけたから、驚いてあの反応らしい。割れた皿を拾いながら春日はさらっとでかい爆弾発言をかましやがった。


「ってことで、獄寺君。君は今日から私の部屋で武と寝てね」


「はあ!!??」


「空ともなるべく接触禁止。もちろん触れるのなんてNGよ。もし手なんか出しやがったら、この家から追い出してやるからそのつもりでいてね」


「ちょ、待て!いくらなんでも横暴だろうが!だいたいなんで俺があの野球バカと同室なんだ!」


「空が軽い対人恐怖症になったからよ」


「………たい、じん恐怖症?」


春日の言葉に、驚愕した。


対人恐怖症。さまざまな対人に対しての総称にもつかわれるこの呼び名。よく知られているものでは赤面症や、あがり症もこれにあたる。さらに言えば男性恐怖症などもこのたぐいだったはずだ。


「どう、いうことだよそれ。だって、お前には普通に」


「普通に見えた?」


「え…」


「さっき、武も起きてきたんだけどね、武にでさえうまく話すことはできなかったわ。もちろん近づくのも無理。男性恐怖症に近いかもしれないわね」


「……それで、山本は」


「今は部屋に引っ込んでもらってる。部屋の件に関しては武も同意済みよ。学校もしばらく休ませた方がいいと思ったんだけど、あの子かたくなに行くって聞かないの」


「…治んのかよ」


「私は医者じゃないからわからないけれど、慣れさせていくしかないんじゃないかしら」


「チッ、ざけんじゃねえよ」


「本当にね。あの男どうしてやろうかと思ったんだけど、空に止められたわ。学校にいられなくなったって当然のことをしたと私は思ってるのに」


「ケッ、てめえのその腹黒さはどっからきてんだよ」


「さあ?」


ふと気づけば、廊下につながるドアに寄りかかっている空がいた。俺がいるから入って来れねえんだと思う。このなんともいえねえ距離に、ンなときじゃねえってのにやっぱり切なくなる。


「学校にいかせんのか」


「行くらしいわ」


「…球技大会とかどうすんだよ」


「なるようになるものよ」


「ケッ、楽観的すぎだろ」


「獄寺はこのまま泣き寝入りするの?」


「あ?」


「空に避けられたままで終わるつもり?」


「俺にどうしろってんだよ。顔見んのもダメで、近づくのもだめで」


「自分で考えれば?」


そう言って、笑う春日は相変わらず読めねえ奴だと思う。いや、なにも考えてねえんじゃねえか?あの野球バカと一緒にいられるくらいだ。


「ほら、さっさとベランダで煙草吸ってきて。空が入れないでしょう?女の子をいつまで寒い廊下で待たせるつもりよ」


「チッ」


むかつくその言葉に舌打ちをし、俺は煙草を口にくわえベランダに出た。


ライターで火をつけると口の中に広がる馴染んでしまった味に、深く息をつく。その瞬間吹いてきた風が冷たくて背筋を震わせた。


「くそっ、俺は寒いベランダにいてもいいっつうのかよ」


ちらっとカーテンレースの向こうに目をやれば、春日に謝ってるらしい空と、笑って頭を撫でている春日がいた。


その光景だけで、空がどんな声でなんてしゃべってるかが想像ついちまって、苦笑しかでない。


「チッ。重症だろ…」


なんで、あんな面倒な奴をこんなにも好きになっちまったんだろう。なんて考えてもらちが明かねえ。


誰が泣き寝入りするかよ。あのキスで意識してるってことは勝算があるってことだろ?ぜってえ、落としてやるよ。


とにかく今はこの距離をどうにかしねえと。とあまりに前途多難な気がして俺はでかい溜息をついた。


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