真面目にやめてくれ

指定された教室に入り、すでに2時間ぐらい経過していた。私の目の前には紙とにらめっこをしながらかれこれ2、3分悩んでいる武。


今は、数学の時間だ。武は、スポーツではいるために、獄寺のように勉強で入る人よりも教科は少なく3教科だけ。そして、時間は120分取られている。


今は2教科目の数学。最初の方は基礎問題ということもあってかすらすらとペンを走らせていたが、それも最初だけのこと。


だんだんと落ちてきたスピードは今になってぴったりと止まってしまっている。


「なあ…、ここ、どうやるんだ?」


「…私に聞いちゃだめでしょ…。しかも今テスト中」


「んな固えこというなって。な?」


「…ハア、答えは言わないからね?で、どの問題?」


「ああ、これなんだけどよ」


指された問題を頭の中で少しずつ解いていく。でも、答えは言っちゃいけないし…。何かヒントみたいなのを言えばいいかな。


「う〜ん…。あ、これ前の問題と似たようなやり方…」


「前の問題と…」


私が呟くように言った言葉をしっかりと聞き取った武は再び考え始めた。そんな彼を見て自然と頬が緩む。


「…空といい、風ちゃんといい…、これは試験なんだが…。口出しは厳禁だよ」


声のした方を見れば、入口におじさんこと空のお父さんがいた。


「口出しなんてしてませんよ。独り言、です」


そういえば、溜息をつかれた。でも、これ以上何か言ったら武が失格になってしまいそうだから。口を噤む。


窓の外を見る。きっと今頃空たちは少し迷いながらも校内を歩きまわっているんだろう。もしかしたら、逆に獄寺に案内されていたりして。


その想像ができて少し笑ってしまった。





***

あたしたちは今あたしのクラスの前にいる。隼人を案内しているんだけど、正直案内できる自信はない!馬鹿にされるから言わないけど。


「ここが夏休み明けから来るクラスね!で、あそこがあたしの席。あたし副会長だからよろしく!」


「あ?てめえが副会長なんて大丈夫かよ」


「ついでに、風が会長だよ」


「お前らが会長なんてこのクラスもたかが知れてるな」


「酷っ!これでも、あたしたち秀才なんだからね?しかも、学校ではめちゃくちゃおとなしいんだから!」


「ハッ、嘘つけ」


「本当だよ!あとで風にも確かめてみてよね!さあ、次行こう!次は…職員室」


そうしてあたしたちは次々に回っていく。ちょっと道を間違えて遠回りになったり自分の居場所が分からなくなったりしたけど、誤魔化しつつその辺紹介しつつ、新しい教室を発見しつつ楽しく校内案内をしていた。


「あれ、伊集院さん。こんにちは」


呼ばれたほうを見れば、男のくせにかなり白い肌(というか青白い)。そして頬にはそばかす。あと何とも言えない髪型(たぶん寝ぐせ)をしている…、先輩だった。


「あ、……」


先輩って言っても南先輩じゃなくて、えーっと…なんとか先輩。


あたし南先輩しか興味ないから覚えてないの。でも、彼は確か南先輩と同学年で、生徒会の書記をやっていたはず。何度か話しかけられたことはある。


でも、はっきり言って校内で会いたくない生徒3位以内に入る人物だ。つまり、超苦手!というか、キモい!


「…先輩こんにちわ」


「夏休みなのにどうしたの?そちらは…、」


「ああ?テメエこそ誰だ」


「僕は、坂下悠馬。3年だよ。君は、確か転校生だよね」


「そ、そうなんですよ!じゃあ、これで――」


あたし、この先輩嫌だ。生理的に受け付けない。この学校で出くわしたくない人ベスト3に入るぐらい嫌だ。


「テメエには関係ねえだろ」


(突っかからないでよ!バカ隼人!)


(ああ?)


先輩に聞こえないように小声で話すと、先輩は不思議そうに首をかしげた。


というか、あたしはこれ以上ここにいたくないの!この人と話してるの嫌なの!真面目に生理的に受け付けないの。ほら、見てよ。鳥肌がっ!


「あ、えっと、その…、あ!そうだ!南先輩ってどこにいるか知りませんか?」


まだ先輩を睨んでいる隼人がつかみかからないように腕を抑えたまま先輩に問いかける。先輩の目線はあたしより少し下に言っていた。そしてなぜか眉間にしわを寄せ、難しい顔をしている。


「え、えっと…先輩?」


「あ、ああ、ごめんね。えっとまだ生徒会室にいると思うよ。ごめんね?僕は今からちょっと用事があって一緒にはいけないんだ。迷わないようにね」


近づいてきたと思ったら、なぜか頭をポンポンと叩かれた。ぞわっと戦慄が走り抜ける。触らないでほしい。というか、そんなこと聞いてないのに。あたしにとってはそっちの方がありがたい…。


「なにしてやが―――」


「で、でわ!さようなら」


今にも突っかかってしまいそうな隼人の言葉を遮って彼の腕をつかんだまま逃げるようにその場を去る。だって、はやくここから離れたいんだもん!あの先輩は本当に生理的に無理なんだってば!


「空…」


走っていくあたしたちの後ろ姿を見つめたまま先輩が呟いた言葉はあたしの耳に届くことはなかった。







「てめっ!いい加減離せ!」


先輩も見えなくなったところで隼人の手を離す。というか、ここ、どこだろう?適当に走ってきたら別の棟にいつの間にか迷い込んでしまったみたいだね。


「ごめんって。だってあの先輩、生理的に受け付けないんだもん。そんな人隼人もいるでしょ?触られるだけで、というか話すのさえもなんか嫌な人」


「あ?んなもんぶっとばしゃーいいだけじゃねえか」


「そんなことできない立場にいるの。てか、女にそれができるわけないじゃん!」


「んなこと知るか」


「とにかく、あの先輩だけはダメ!絶対に無理!」


「そ、そうかよ…。で?ここどこだ?」


「え?知らないよ?」


「は!?」


「別の棟だってことはわかるんだけど、ここからどうやって生徒会室に行けばいいのかな…?」


普段そんなに行かない場所だから全然覚えていない。とりあえず、階段があるし、上の方だった気がするから登ってみればいいよね。


「おい、戻ったほうがどう考えてもいいだろ…」


「大丈夫だって!ここの生徒だよ?あたし」


「そのお前が迷ったっていうから言ってんだろうが!」


「もー、そんなに怒ってたら禿げちゃうよ」


「誰がはげるか!つーか、お前のせいだろ!たくっ…。で、どっち行くんだよ」


「えー、先輩のとこ…。生徒会室ね、3階なの。でも、別の棟なんだよね…」


「あ?別の棟?」


「あ、ここ、芸術棟ってのが他にあって、芸術専攻の人たちの行く場所なの」


芸術棟なんて足を踏み入れたことないし…。あたし芸術専攻じゃないし…。正直戻ろうにもどの道を通って走ってきたかなんて覚えてない。


「そんなのがあんのか…。で?さっきの棟に戻るにはどう行くんだよ」


「う…っ。そ、それがわかったらもう行動してる」


「……ってことは、校内で迷子かよっ!」


「…ごめんなさい」


「ハア、まあ、校内だ。適当に行ってりゃどうにかなんだろ。ほら、行くぞ。ここにいても埒があかねえ」


「うん…」


「あー、もう。落ち込むなよ。最悪の場合春日に電話でもすりゃなんとかなんだろ」


頭をかきながら言う隼人の顔は、少しあからんでいて、不覚にもかわいいなんて思ってしまった。


「隼人、かわいい…」


「ああ!?」


「うん。そーだよね。うん。行こっか。きっといつか知ってる道に出るでしょ」


「で?どっち行くんだ?」


「え、こっち」


「……じゃああっちだな」


隼人はあたしが指した方と反対に向いて歩きだした。


「なんで!?あたし、こっちだっていったじゃん!」


「てめえは方向音痴なんだよ!だったら、反対にいきゃあきっとつく」


「なにそれ…。あたしだって、あたしだって…」


「おら、置いてくぞ」


「うぅ〜、置いてかないで〜!!」


そのあとは、隼人があたしに聞いて、あたしが指した方と反対の方に行っていると、なぜかあたしの知ってる場所に出た。


「なんで?」


「だから、てめえは方向音痴なんだって」


「…まあ、いいや。じゃあ、生徒会室に行こー!」


「復活すんの早えーよ!」


その後は、楽なもので、すぐに生徒会室にたどり着けた。つまり、あの先輩に会わなかったら、こんな手間を取る必要なかったのに…。やっぱ、あの先輩無理だ。


「南せんぱーい?いますか?」


「!?空ちゃん!……と獄寺君」


「なんだよ、そのおまけみたいな言い方!」


「なんで、獄寺君も一緒に…。ああ、なんだ。転入生って君か」


先輩、相変わらず毒舌だなあ。というか、すっごい隼人嫌われてない?気のせい?


「せ、せんぱ…――」


「というか、なんで空ちゃんがこいつと一緒にいるの?」


「あ、それは、えっと…、その、校内案内を、まかされて…」


しどろもどろにそういえば、ほかの奴に任せればいいのに、という呟きが聞こえた。でも、どうやら隼人には聞こえていなかったみたいだから、よかった。


「あら?お客さんだと思ったら空ちゃんだったのね」


珈琲のカップをひとつ持ちながら簡易キッチンの置いてある部屋から出てきたのは、髪の長い女の人。


「波音さん!」


「久しぶりね」


「波音さーん!」


あたしは、波音さんの姿を見つけると同時に、飛び着いた。


「おっと。どうしたの?空ちゃん」


「さっき、あの先輩にあって、見てくださいよ!この、鳥肌!もうぞわってなって!」


「あー、坂下君か。よしよし。もう大丈夫よー」


あたしが抱きつけば、よろけながらも受け止めてくれて、よしよしと頭をなでてくれた。


「…誰だよそいつ」


「もー、そうやって誰でも睨むのやめようよ。隼人」


「うっせえ。睨んでねえよ」


いやいや。目つきが悪いから睨んでるように見えるんだよ。


「えーっと、まずは波音さんに。こっちは、獄寺隼人です!いとこで今日編入試験受けて、今校内案内してたんです」


隼人の説明を終えると、いまだにぶすっとしたままの隼人の方を向き直り、波音さんの紹介をする。


「こちらは、如月波音(きさらぎ はのん)さん。イタリアの如月財閥のご息女で、あたしの家とは親交があるの!」


「…よろしくね?隼人、君?」


「……ああ」


「それにしても、その指輪…」


波音さんは、隼人を上から下までざっと見た後、ある一点で目線を止めて、呟いた。その呟きに、隼人が警戒態勢をとる。指輪というのは、隼人のボンゴレリングのことだった。


「ああ?」


「……相模君、あれって…、校則違反じゃないの?」


「彼はまだここの生徒じゃないよ。如月。そういえば、もう一人の転入生の山本武だけど、知り合いだよね?彼、野球部に入部することが決まったらしいよ。さっき報告が来た」


「ほんとですか!?さっすがたけちゃん!」


そのあともしばらくおもにあたしと先輩と波音さんで談笑していれば、不意に罵声が聞こえた。あたしは、不思議に思って、廊下のように長いテラスに出て下を見てみれば、ちょうどこの部屋の真下で男子生徒の喧嘩が勃発していた。


5対4の殴りあい。あ、一人ダウンした。しかも、結構激しい…。


「空ちゃん?どうしたの?」


「波音さん、下で殴り合いの喧嘩が起ってます…」


あたしは、下の光景に目を奪われながらも、波音さんの声にこたえた。だって、男子の殴り合いになるほどの喧嘩って初めて見たもん。


波音さんと先輩は隣に来て下を見下ろした。隼人も隣に来て見下ろしている。


「あいつら、1年か。まったく…。空ちゃん、ちょっと待っててね。下の奴ら大人しくさせてくる」


「いってらっしゃーい」


「え、ちょ、先輩!?」


先輩は、そういったと思ったら飛び越えて下に降りて行った。というか、落ちて行った?というか、行ってらっしゃいって!?


「って、ここ3階!!」


急いで下をもう一度見れば、先輩は可憐に着地していてしかも、残り8人のちょうど間に着地している。


「アンタ邪魔だ!どけよ!」


「喧嘩上等。でも、流血沙汰は避けてほしかったな。後処理大変なんだからね?まったく。これだから最近の若い子らは」


いやいや、先輩も十分若いですから!それより、あたし参戦した方がいいかな…。


「テメエまで行くこたねえよ」


吃驚した。まるで心を呼んだように言うんだもの。もしかして、リボーンみたいに読心術ができるとか?


「なんで…わかったの?」


「あ?テメエの考えそうなことなんて、全部顔に書いてあんだよ」


「えー、じゃあ、隠し事とかできないじゃん」


なんだか、気恥ずかしくて目線を下に下げて先輩を見た。先輩は、あのあと先輩の毒舌が、血が登っている頭にカチンと来てしまったらしくって、そのせいで殴りかかってくる子たちと応戦していた。というか、先輩何気に楽しんでない?


あたしの隣では、波音さんが楽しそうにクスクスと笑っていた。


「うっわー、あの子急所はいったよ。痛そう…」


それから、しばらくもしないうちに1年生はのびてしまった。


「空ちゃん!そこに、梯子あるからおろして」


「梯子…あ、あった。今おろしまーす!」


「なんで、んなもんがあんだよ!」


普通に置いてあった梯子を下に下ろす。


「なんでって、こうやって登ってくるためにきまっているじゃないか。ハア、また仕事が増えたね。せっかく空ちゃんが遊びに来てくれたのに。…おまけもいたけど」


「ああ!?やんのかテメエ!!」


「あ、そうだ。空ちゃん」


「無視すんじゃねえよ!」


「獄寺君は黙っててよ。今空ちゃんと話してるんだから。で、もうそろそろ…―――」


先輩の言葉を遮って流れてきた放送の声は、毎日聞いている聞きなれた声だった。


《え、もう入ってるの?……えーっと》


「え?風!?」


「何やってんだ?あいつ」


「お、風ちゃんも来てたのね」


《迷子のお知らせをします。2年4組伊集院空さん。おじさ…理事長がお待ちです。理事長室までお越しください。


繰り返します。


2年4組伊集院空さん。理事長がお待ちです。理事長室までお越しください》


「「「「……」」」」


《あ、おじさっ――!《空ー!お父さん待ってるよ〜!》


「……サイアク」


「理事長…、」


「…相変わらずだな、テメエの親父」


「さっすが空ちゃんのお父様!というか、これ、校内放送よね。グラウンドまで響き渡ってるんじゃないの?」


波音さんの一言にあたしは固まった。


「え、それって…、うっわっ!最悪!まじで無い!あんのくそ親父殴ってやる!」


あんなくそ親父理事長なんかやめちゃいばいいのに!恥ずかしいったらありゃしない!というか、学校にいるんだから、ずっと理事長モードでいてほしい。


「じゃあ、先輩、波音さん!ちょっとあの親バカ殴ってきます!」


「…流血沙汰にはしないでね」


「そこかよ!」


「大丈夫です。みぞおちに一発…。あと、スネ蹴って…」


「お前、キャラ変わってねえか?」


「そんなことないし!じゃあ、先輩、波音さん。さようなら」


「じゃあ、またねー!帰りは迷わないように!」


「な、なんで!?」


「うん。…迷わないようにね」


「せっ、先輩までっ!」


もう一度さようなら、と言ってあたしは恥ずかしさで赤くなった顔を見られないように、逃げるようにその場を去った。



(空ー!待ってたよ〜)
(うっさい!恥ずかしい!理事長モードでずっといてよ!そっちの方がかっこいい!)
(かっこいい!?風ちゃん!聞いたかい!?空がカッコいいって!)


(ハハハ…、よかったですね(空頑張れ))
(あーもうっ!都合のいいところだけ聞き取るなー!!)


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