安心は温もりにて不安に駆られ

フラフラと歩いていった風の後を追うように、俺と匠でゆっくりとそっちに歩いて行った。砂浜の近くにある釣り用のコンクリートの塊がある場所に、風のサンダルだけがなぜかあって、俺と匠で顔を見合わせる。


「海に潜ったんじゃねえの?」


匠がそういった時、視界の端に女の子が映り、そちらに視線を向ければ、どこか顔が青ざめている女の子が浮きわに乗りながら必死にこちらへ向かってきていた。


再び匠と視線を合わせて、女の子の方へ向く。女の子は、俺達なんかお構いなしで、ここまでたどりつくと、不安そうに海の方を振り返った。


「おい、どうかしたのか?」


「お姉ちゃんが…、あがってこない」


匠が聞いて、俺はたぶん海の中に何か落し物でもしたんだろう、って思ってた。しかし、帰ってきた答えは予想外のものだった。震えた小さな声。その内容は、おぼれていることを連想させるものだった。


「アタシ、おぼれて、お姉ちゃん助けてくれて…っ!リクがおぼれてるから、お姉ちゃんが助けてくれるって…っ。どうしよう!おねえちゃんまで上がってこないっ!」


そのお姉ちゃんが、すぐに誰かが想像付いた。想像付いた途端、俺は何も考えずに海に飛び込んでいた。震える声の主は、大きな瞳に涙をめいっぱいためていて、青ざめ、震えていた。


青い海は想像以上に深かった。そこへ行くほどに濃紺へと色を変えていく海。辺りに目を走らせながら、女の子が泳いできた方向へと視線を走らせる。心の中では、無事でいてくれと必死に祈りながら。


風じゃない可能性もあるけど、それはそれでいい。違う人である可能性にもかけたい気持ちになる。しかし、あそこにあったのは、風の脱ぎ捨てられたサンダルだった。


どこだ、…どこにいるっ!風!


向こうの方で泡が海面へと浮かんでいくのが見えて、その下の方に目を凝らすと、いた!海水をける足に力を入れて、スピードを上げる。


風は男の子に顔を近づけたかと思うとキスをした。口の端から溢れた空気が漏れていく。そして、顔を離すと、風は手でそのこの口を覆い、再び上を目指し始めた。


はやく近づきたいのに、波がそれの邪魔をする。一度、海面に顔を出し、大きく息を吸ってから、体を海水の中に一気に沈めた。


風は力尽きたのか、もう泳ごうとすらしていない。ただ、口に当てている手と、男の子を支える腕だけはしっかりと、男の子のことを持ったままだった。風っ


また沈んでいく風に追いつき、俺と風の間に男の子を挟むようにしてから、風のわきに手を入れて、抱きかかえそのまま海面を目指した。


海面に顔を出すと、男の子は、すぐに息を吹き返し、咳をし始めた。どうやら、風が息を送り込んだおかげで大事には至らなかったようだ。けど、風はぐったりとしたままだった。


はやく、はやくしねえと、風が。それしか、頭になくて、そのあと砂浜までたどり着いた経緯をちゃんと覚えていなかった。ただ、男の子のからだは震えていて、泣いていたのだけはかすかに覚えている。


砂浜に風を横たえさせたあと、力を使い果たしだるい体に鞭打って体を起こし、風の顔を見る。青ざめていて、体は海水によって冷たくなっている。


「武!」


匠の声がした気がしたけど、そんなの気にしていられなくって、そのまま、風に顔を近づけ、風の唇に自分のそれを重ねた。


そして、そのままの状態で息をふきだす。風の肺が膨れるのを感じてから、顔を離した。


顔を離した直後、風は勢いよく咳き込み、その反動のように体をくの字に折り曲げた。背中をさすってやれば、うっすらと目を開け、俺を見た。その目に歓喜を覚えたのは間違いじゃないだろうな。


「たけ…、し?」


「風…、よかった…」


「…海の、ね、中にカーテンがきれい、で…」


「?なんのことだ?」


体を横たえさせたままで、風は意味のわからないことを言っている。しかし、次第に意識がはっきりしていったのか、おぼろげだった瞳が次第に見開かれていった。


「リク君!」


そう大声を出したのと同時に、体を勢いよく起き上がらせ、そして、咳き込んだ。


「大丈夫か?」


「一緒に、男の子、いなかった?あの子は?」


「ああ、大丈夫だぜ。あそこにいる」


指差した方には、姉に抱きしめられ泣いている男の子。リクって名前なのな。


「よかった…」


安心したのか、また倒れるように体を傾けた風の後ろに回り、その体を受け止める。風はそのまま俺に寄りかかって、その光景を微笑みながら見ていた。だから、いつの間にか匠がいなくなっていたなんて気付かなかった。


「サエ!リク!貴方達どこに行ってたの!」


「「お母さーん!!」」


「武、行こ」


まだ、よろけながら立ち上がる風を支えて、俺達はその場を立ち去った。


「風、大丈夫か?」


「……うん」


風は体の前で自分の手をギュッと握っていた。


「風?」


そっと肩に触ると、かすかな揺れが伝わってきた。震えてるのか?


「だい、じょうぶ…。ちょっと、今になって怖くなっちゃって…。アハ…;」


苦笑を洩らす風は自分を抱き込むように肩に手をやった。


「風…」


「大丈夫、なんだよ?アハハ、本当に…。すぐ、おさまるから、さ」


口元は笑おうとしているけど、目には涙が溜まっていた。それで、気づいたら風を抱きしめていた。


「た、たけし…?」


「わりいけど、俺、風の大丈夫は信用してねえんだわ」


合宿のとき、大丈夫だと言っている風は実はいろいろとしたことがあるって匠に教えてもらった。だから、きっと今もつらいけど我慢してるんじゃねえのって思ったんだ。で、そう思ったら体が勝手に動いてたみてえだな。


「…信用してないって…。ハハハ、ひどいなあ…」


「風は大丈夫じゃないのに大丈夫っていうからだぜ?」


「ハハハ;だって、しょうがないじゃん。そういいきかせないとさ、何もできなくなっちゃうんだよ」


「俺とか空とかには頼ってくれてもいいんじゃねえの?」


「ん。ありがと…」


風の後頭部に手をやる。ぬれた髪に指を通してなでていると、俺を押す力を感じて風に目をやる。


「たけ、し…。も、大丈夫だから。えっと…、離して//」


「ハハハ!風顔赤いぜ?」


自分の顔を隠すように口元に手をやる風は耳を赤くして、目を泳がせた。何か言おうとした見たいだったけど、何も言えなかったのかそのまま断念したみたいだった。


「じゃ、皆心配してるだろうし、帰ろうぜ?」


「…うん。そういえば、匠は?」


「あれ?そういやあ、あいつどこいっちまったんだ?風が溺れてるとき、匠も一緒にいたんだぜ?」


匠、どこいっちまったんだろうな、っていう話をしながら、空たちがいる浜の方へ戻っていく。と、あっちの方から空が走ってくるのが見えた。


「風ー!!」


「空。どうしたの?」


後ろからは、先輩たちも来ていて、その中に匠もいた。


「風!無事なんだよね!?」


「…見たまんま」


「良かったっ!」


空は風に思いっきり抱きついて、風がそれをよろけながら受け止めていた。そこに、如月先輩も来て女子は3人で何か話している。俺の近くには、匠の兄貴と獄寺が寄ってきた。


「匠から聞いてね。空が血相変えて飛んでいったから後追ってきたんだけど…。空には悪いけど、ちょっと妬けるね。あの光景は」


「フン、何言ってんだてめえは」


「嫉妬深い男は嫌われるぜ?兄貴」


「匠。そういえば俺、まだ金返してもらってなかったよなー」


「えっ!あ、アハハ;そ、それより、武。お前泳ぐの早いよな」


「ん?そうか?」


兄貴に黒い笑顔を向けられた匠は、苦笑しながら俺に話を振ってきた。


「ああ。すぐに飛び込んで行ってたから、俺動けなかったよ。すごいな!お前!」


匠がそういって、肩を叩いてきた。でも、俺はそれに笑い返すしかできなくて、そのまま匠の言葉を流した。


「ねえ、そろそろ帰る準備しないと、バスの時間に間に合わなくなるんじゃないかしら?」


如月先輩のその言葉により、俺達は帰る準備をし始めた。


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あきゅろす。
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