黒き人に白紙 

あまり自由のきかない体をベッドに横たえさせて外を眺めていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。


「はい」


「失礼するわ」


ドアから入ってきたのは彼女だった。今回、春日さんを呼び出すにいたった大本の人物、じゃないだろうかとわたしは思っていたりする。皆の話を聞いている限り、ね。


寝ているままじゃ失礼だろうと体を起き上がらせようとすれば静止された。


「どうしたんですか?」


彼女がここに来るとは思っていなかった。他の子らならまだしも。


「いえ、今回のことは私の責任だから。謝りに来たのよ」


「謝りに?」


それはおかしいんじゃないだろうか?あの火事はあの場に居合わせて、しかもあのメーターに拳を叩きつけた人にある意味責任があると思う。


だって、そうしなければ、メーターが壊れることも、火事になることもなかったんだから。


そう伝えれば、困ったように苦笑された。


「でも、呼び出すように仕向けたのは私よ」


「…じゃあ、気持ちだけ受け取っときます」


「そう、」


また苦笑された。彼女に苦笑は似合わない。気さくな彼女はわたしのような引っ込み思案な性格でも気軽に話しかけてきてくれる。だから、わたしにとってはあこがれのような、そんな存在。


でも、それはわたしだけではないと思うんだけど。だから、彼女がこんなことを言いだしたことにいささか疑問を覚えていたりする。


「でも、私のことをかばう必要なんてなかったのに」


「いいえ、わたしにとっては貴女に恩のようなものがたくさんあって、だから、それを仇でかえすようなことはしたくなかったんです」


なんていったら、ちょっとかっこつけすぎだね。


「恩だなんて。私はあなたに恩をうった覚えはないわ」


「わたしにとっては、大きな恩です。だって、いじめられていたわたしに手を差し伸べてくれたのは貴女しかいなかったんです」


「それは人として当然でしょう?」


「その当然のことをできない人なんてたくさんいます。だから、とても、嬉しかったんです。覚えていないかもしれませんが」


「いいえ、覚えているわ」


それが、たとえお世辞のようなものでも、わたしにとってはうれしいものだった。


高校に入ってからは気の弱いわたしはいじめられて、あと3年間もそれが続くのかと思うと死のうかとも思った。


そんなときに、近くに来て、手を差し伸べてくれたのは彼女だけだった。支えてくれたのは彼女だけだった。彼女のおかげでわたしはここまできている。


その、恩は大きいもの。


「でも、助かったわ。今はまだ、目をつけられるわけにはいかないの」


彼女は窓辺に近寄りそこから下を見た。わたしには見えないけど、そこからは声が聞こえる。


「ちょ、隼人!やめなさいって!」


「うるせえ!おい、相模!覚悟しやがれ!」


「じょ、冗談だろ!短気は嫌われるぞ!」


「ハハハ!」



その楽しそうな声がすこしずつ遠ざかっていき、やがて聞こえなくなった。


「彼らに、」


外からの音がやみ、静まり返ったときに彼女は静かに口を開いた。


「まだバレるわけにはいかないの」


わたしからは横顔しか見えなかったけど、その横顔は夕日でできる影のせいか、いつもの穏やかな顔じゃなくて、険しい表情に見えた。


「邪魔してごめんなさいね。はやくよくなってね」


次に振り向いたときはいつもの彼女になっていた。そして、ドアのほうへと歩いていく。


「あのっ!」


わたしは反射的に呼びとめていた。その呼びとめに、ドアに手をかけ、開けていた動きが止まる。


「貴女は、何が、したいんですか?」


「…どういう意味?」


「どうして、彼女らを、こんな風に、」


こんな風に他人をつかっていじめさせるようなことをするんですか?という疑問は最後まで言葉にはならなかった。


彼女はその口元にちいさな笑みを作った。


「だって、邪魔でしょう?目的のためには、どんなモノでも利用する」


「どんな、モノでも…」


「そう、教えられてきたからよ」


彼女は、それだけいうと出て行ってしまった。再び一人になった病室はやけに静かで、廊下の音などがやけに大きい気がした。


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