求めるモノ

静かな病院の個室の中の一つで、医者が淡々と説明をしていた。それを何も言わずにしれっとした顔で聞いているのは、あたしでも、お父さんでもなく風だ。


今はあの火事から3日が経った日。


「…わかりました。ありがとうございます」


風がその言葉を言うのが合図のように医者は出て行った。それを見送った後、風は溜息をひとつつき、45度ぐらいに起き上がっているベッドへと体を預ける。


「久しぶりに、発作起きたね…。それに、最近こんなんばっかりよ。海で溺れかけたり、」


「風ー、他人事のようにいわないでよ…。本当に心配したんだから。それなのに、他人事のように言ってくれちゃって…」


「うん、ごめんごめん。でも、あの子も無事でよかったわよ」


風のいう、あの子っていうのはボイラー室から逃げる際に負傷した女子のことらしい。今は治療室で一度意識を取り戻したらしいけどまた眠りについているって聞いた。そういえば、あの子は風に紙を渡しに来た子だったらしい。


他には軽傷を負った人はいたらしいけど、重傷者はいないらしい。あたしも火傷をおった。どれも軽いものだけど。でも、痛いものは痛い。


今、病室にはあたしと風の他にたけちゃんがいるだけ。隼人は一緒に来たけど、さっき煙草を吸いに出て行っちゃった。


「武も、心配かけてごめんね」


苦笑しながら、たけちゃんに風がそういえば、たけちゃんは風の頭を人撫でして笑みをこぼした。あー、もしかしてあたしお邪魔かな。


今日やっといろいろとした検査が終わってちゃんと面会できるようになったから、あの火事から2人が顔を合わせるのは初めてだった。


あたしは、面会してたけどね!


「あー、あたし―――…」


あたしが言おうとした言葉は廊下の方から聞こえてくる声に遮られた。というか、そっちに気を取られてそれ以上言葉が続かなかったんだけどね。


「―――おら!早く来い!」


「…匠の声?」


廊下から聞こえてきたのは、複数の荒々しい足音と、イラついた匠君の声。そして、勢いよく開けられたドアの向こう側にいたのは、何と先輩と匠君と女子4人。どんな組み合わせ?


「よお、元気そうで何よりだな」


「匠と先輩…。それに…、そちらは…」


風は突然の訪問者に驚きながらも、一応声をかけられたから答えている。あたしは、驚いたせいで反射的に立ち上がってしまい、どうにもできない状態。なんで、先輩が…。


「やあ、空もいたんだね。それに山本君も」


「ちわっす」


「先輩、がなんで…?」


先輩に聞こえない程度の声で呟いた。匠君に腕を掴まれて無理矢理連れてこられたということがありありとわかる女子は顔を俯かせている。この病室に入った時点で逃げることは諦めたようだけど…。


「犯人を探してたんだ。俺と兄貴で。風は名前言わねえし。あの女子も言おうとしねえし」


そう、風は目を覚めた直後に匠君によって取り調べを受けるかのようにいろいろと質問されたけど、犯人の名前は知っているのか知らないのか言おうとしなかった。その態度に匠君が怒鳴ったのは言うまでもないけど。


呆れたようにいう匠君に風は苦笑をこぼした。


「で、クラスの奴らとかに聞きまわって突き止めた」


「それは、それは…。ゴクロウサマ」


ふざけたように言う風を匠君が睨む。


「で、謝らせに来た」


あたしは、とりあえずずっと立っているのもなんだか変な気がして、とりあえず風のベッドの横に置いてある椅子に座る。それでも、どこか居心地が悪いのは変わらなかったけどね。


「ほら、謝れよ」


「……」


「…ハア、退学」


先輩がぼそっとつぶやいた言葉に、沈黙していた女子4人はビクッと肩を震わせた。そして、一番前にいた子が、代表とでもいうように口を開いた。


「……さ、い」


「聞こえねえよ。ちゃんと、風の前に言って謝れ。危うく死ぬとこだったんだからな」


女子の表情は屈辱でひどくゆがめられている。きつく結ばれた唇からは絶対に謝罪などでてきそうにもない。


しかし、退学という言葉がきいているのか、というか、先輩彼女たち退学にするのかな?まあ、当り前だよね。学校火事にしたんだし、何より風が死にそうになったんだから、それぐらいされて当然!


「………ごめんなさい」


突っ立ったまま俯いて紡がれた言葉は静寂の病室の中に静かに吸い込まれていった。しかし、何が気に入らなかったのか、匠君はチッと舌打ちして、彼女の頭をがっとつかんで下げさせる。


「ちゃんと、頭下げろっつったんだよ!」


そして、後ろのあと3人の方も睨んだら、あわててその子たちも頭を下げる。そして、呟くようにだけど、たしかに、ごめんなさいという言葉がそれぞれから紡がれた。


「―――許せるわけないじゃん」


そう言ったのは、風ではなくあたしだ。そんな、謝られたぐらいで許せるわけがない。火傷がズキっと痛んだ。


「いや、空。謝られてるの私だから」


風の突っ込みにそちらを見れば、風は自分のことなのに笑っていた。なんで笑っているのかがわからない。


「なんで、風は笑ってるの!もっと怒るべきだよ!死にかけたんだよ!?」


突然怒鳴りだしたあたしに吃驚したのか、風は少し目を見開いた。今度は、突っ立っている女子を睨みつける。


「あんたたちも、謝ってすむと思ってるの!?人が、一人死にそうになったのに?というか、学校なんて全焼だよ!立て直しにいくらかかると思ってるの!皆に迷惑かかったの。あんたたちのせいで!わかってる!?」


感情がぐちゃぐちゃになってきた。風を見れば、相変わらず頬笑みを浮かべていて、たけちゃんとか先輩とかはポカンとしているし、彼女たちは俯いたまま突っ立ってるし…。


というか、なんで風は怒らないの?自分が死にかけたのに。死ぬかと思ったのに。怖かったのにっ!


「なんで!風は怒らないの!もっと怒ればいいじゃん!風が死にかけたんだよ!なんで、そんな許すみたいな顔してるの!?」


「……空、空。おいで」


ベッドに座ったまま両手を広げられ、そのまま風に抱きつく。その温もりが憤る気持ちを少しずつ鎮めてくれた。


「空が全部言ってくれたから、もういいんだよ」


「……わからない。あたしは、風みたいに大人になれない…」


「うーん、大人じゃないんだけどな…。まあ、責められない方が痛いときだってあるでしょ」


耳元で呟くように言われた言葉には、笑いが含まれていて、腹黒い、と思ってしまった。


「で、私は、もういいとして、」


「おい!」


「いいとして!」


匠君が風に反論しようとしたら、それを遮って風が押し切った。


「あの子には謝りに行った?お礼、いった?ずっと、黙ってたんだよ?あなたたちなんかのこと。しかも、私に謝ってきたし。私より重症なのにね?それなのに、お見舞いも何もなし?」


あ、これは、怒ってる。怒るところが違うでしょ、ということは言わないでおいた。言ったら、こっちに被害が回ってきそうだしね。


風の言動の端々にとげが見え始めたのを感じ取り、そっと風に抱きついていた手をどかして離れた。


「私のことなんてどうでもいいの。空が全部言ってくれたし」


「その…、ごめんな、さい。あの子にも、謝りに、いきます」


「うん。……私のことは、もう、いいよ。退学にする必要もない。ただし、条件付きで。私たちに2度とかかわらないで。もしこの先空とか私の友達に危害を加えるようなことがあったら、そのときは容赦しない」


「…は、い」


「ん、じゃあ、あとは先輩にまかせます」


「わかったよ」


「ったく、風もお人よしだよなー。それで許すなんて」


「まあ、今回のことは7割ぐらいは事故だし。あの子たちに全部の責任を押し付けるのは間違ってるのよ」


彼女らが出ていくと、風は疲れたのかベッドに体を横たえさせた。


「風?」


「ん?」


「大丈夫?」


「うん。ただ、ちょっと、……疲れたなって」


あ、なんか思ってたけど誤魔化したな。でも、こうなったら何もいわないしなー、風。


「あ?なんで相模がここにいんだよ」


「隼人!どこ行ってたの!?」


「屋上にたばこ吸いに行ってた」


「うっわー、獄寺って本当に不良だったんだ」


「は?相模、それどういう意味だよ!」


「そのまんまの意味だぜ?」


あーあ、この2人って何気に仲いいよねえ。というか、匠君は誰とでもしゃべれるタイプ、なのかな。


そのあとも、しばらく談笑した後、あたしたちは風の病室を後にした。


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あきゅろす。
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