手に入れるべきは

炎が行く手を阻む。2階まで上がるのに一苦労だな。大分、炎が回っていて、視界がかすむし、風がいる位置はわかっているのにそこまで行く道が見つからない。


「くそっ!」


何か、何か、炎を抑えられるもの…。じゃないと進めねえ。


“私は、大丈夫だから”


風にそう言われて飛び降りた時のことが、思い出される。


炎に照らされ、赤く染まった顔には、汗なのか涙なのかが流れていた。でも、その瞳には、炎が映っていてツナみてえで…。ツナが戦っているときのように眉間にしわを寄せていた。


笑顔がとても切なく感じた。死なせねえって言っても、戻ってくるってどれだけ言っても、風はもう、諦めてるみたいな反応しかしない。それが、哀しくて、俺にもっと力とかそういう、守れるものがもっとほしい。


どれだけ、剣士として強くなっても大切な奴一人守れねえで何の意味があるんだ?敵がいなくても、守れなきゃ意味ねえのに。


言っただろ?俺は、風の大丈夫は信用してねえって。


「風…」


握った拳をさらに強く握りしめる。爪が手のひらに食い込むことも気にせずに。そうすれば、痛みで、遠退きそうな意識が現実に引き戻される気がした。


とにかく、風がいるところは崩れたから登れねえんだし、違う道探さねえとな。


燃え盛る炎をよけつつも、階段の位置を思い出しながらそこへ向かう。


幸いなことに、そこの階段は燃えるものがなかったのか、風向きの関係なのか、まだ炎がそこまで回っていなかった。大分遠回りしちまったけど、これなら上に行ける!


階段を数段飛ばしで上に登れば、そこは炎によって八方塞がりの状態になっている。


「くそっ!あとちょっとだってのに…」


額に浮き出いる汗をぬぐう。息を整えようと空気を吸えば、ガスの混じった空気が肺に入ってくるのか、咳が出た。体を折り曲げ、それに耐える。熱い。水が飲みてえな…。


チャリっという金属の音に、その音の音源を見れば、俺の首元からチェーンでかかっているボンゴレリングだった。学校じゃつけれないから首にかけてることにしたんだっけか。


「匣なら…」


首にかかっているリングをチェーンが飛ぶのも構わずに引きちぎって、それを指にはめる。


覚悟を炎に…。


風、


ぐっと力を込めれば、青い炎がリングの周りに灯った。ポケットの中に入っているはずの匣(ボックス)を取り出す。こっちに来てからは開いたことのないそれに、リングをはめて炎を注入する。


「雨燕(ローンディネ・ピオッシャ)」


中から出てきた雨燕は炎が届かない範囲で飛んだかと思うと、こちらに来て、差し出した手の上にとまった。


「よ、小次郎久しぶりだな!わりいけど、頼むな」


小次郎は天井ぎりぎりまで飛び立ったかと思うと、廊下の方へと雨を降らせていった。少し炎が弱くなっていくそこを、通る。


たのむ、頼むから、無事でいてくれ!


もう少しでたどり着くというところで、再びどこかから爆音が響いた。爆音なのかも定かではないそれは、もしかしたら校舎のどこかが崩れた音なのかもしれねーな。


小次郎のおかげでなんとかたどり着いてみれば、そこには瓦礫の山となっている階段のすぐそばで倒れている風の姿があった。


「風!!」


駆け寄ってみれば、呼吸はしているものの荒い呼吸。そして、うっすらと見える目から通る筋。涙の跡だ。体中の血が引いていくのがわかる。


「風!?風!しっかりしろ!」


名前を呼び掛ければ、少し呻くように体をねじらせた。しかし、次の瞬間思いっきり咳き込んだ。その咳きの間では、息がヒューと言っているのが聞こえる。それが、死にゆく者が何かを必死に伝えるときの喉から空気が抜ける音に似ていた。


風が死ぬかもしれないという恐怖が、鋭利な刃物となって脳を突き刺していく。思考が上手く働かなくなって、目を閉じている風を必死にかき抱いた。


「風!死ぬな、死ぬな…っ!」


「…た、…けし?」


「風!」


「だ…い、じょぶ…。ぜんそく…、の発作、だか、」


風はうっすらと目を開けたと思えば、呟きにもならないような声でそう言った。しかし、その言葉は最後まで続けられることなく風は咳をして体を折り曲げる。


「風はどっかわるいのか?」


「悪いというか…、ぜん息なの。ただ、それだけだし、最近はそこまで発作も起きたりしないから平気なんだけどね」



確か、まだこっちの世界にきて間もないころに知ったことだったな。普段も普通にしてっから病気だってこと忘れてた。風は大丈夫なのだと言っていたけど、な。


「小次郎、ありがとな」


小次郎をボックスの中に戻し、ぐったりしている風の背中とひざ裏に腕をまわして持ち上げる。


今まで通ってきた道は、雨が渇き再び燃え盛る炎に飲み込まれていた。


「風、耐えてくれな」


苦しそうに眉をひそめて息をしている風に、あまり負担にはならないように、すでに窓としても役割を果たしていない窓枠に足をかける。下にある花壇にも燃え移っている。グラウンドの方には必死に消火活動を続けている消防隊と、それを見守る生徒が見て取れた。


風を一度見てから、彼女を持つ腕に力を込めて、窓から外に飛び出した。その刹那、大きな爆発音と爆風があたりを包み込んだ。体制を崩されながらも、なんとか着地して、すぐにその場所を離れる。


「下がって!コンクリートの破片が飛んできます!下がって!」





***

隊員が生徒たちを後ろへと下がらせる。黒い燃えたものが爆風によって舞い上がり空へと飛んでいく。ああ、学校が…。風、は?たけちゃんは?


たけちゃんの後ろ姿が炎に飲み込まれていくのをただ見ていた。風を助けてほしかったから。でも、本当は、止めるべきだったのはわかってる。死者は少ない方がいい…。それでも…っ!


「山本!」


先生の声に、そちらを見れば、風を抱えて炎の中から出てきたたけちゃんがいた。こみ上げてくる何かは、安堵感だ。


「すぐに、こちらへ。搬送します」


「風!」


「空…」


近寄れば、荒い呼吸をしていて、息を吸うたびにヒューッとなっている喉。すぐに、ピンと来た。ぜんそくの発作がおこっているんだっ!


風はそのまま担架にのせられ救急車の中へと運ばれた。たけちゃんも救急隊員の人に連れて行かれる。


「付き添いはどなたかいかれますか?」


「私が行こう」


そう言ったのは、お父さんだった。


「私がその子の保護者がわりであり、責任者だからね」


「理事長、それは困ります。ここの指揮をとってもらわなければ…」


「しかし、」


「お父さん。あたしと隼人が行く」


「ああ?なんで俺まで…、」


あたしは、隼人の腕をつかんでお父さんの前に行く。隼人は何か言いかけたけど、途中で口をつぐんでくれた。今、一人にしないでほしかった。


言い知れない恐怖と少しの安堵感に胸の中がぐちゃぐちゃの状態だった。


「…じゃあ、頼んだよ」


ポンっと頭にのせられた手の暖かさに涙腺が緩みそうになったけど、目に力を入れて、泣くのを耐える。まだ、泣いちゃいけないもん。


そのあとは、連れられて救急車に乗り込む。


救急車の中には、点滴を打ちたれ、酸素マスクみたいなのをつけられて目を閉じている風の姿があった。たけちゃんは、先に手当を受けていた。


「お!お前らが付き添いか?」


「うん」


「そっか…」


「風…」


薬でか、今は呼吸も落ちつかせられているようで眠っているように見える。頬には煤が付いていて、それを手で拭う。


救急車は走りだしたようで、カーテンの隙間から見える景色が横へと流れていく。誰も何も話さない中で、あたしはずっと隼人の腕をつかんでいた。隼人はそれを何も言わずにいてくれた。


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あきゅろす。
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