「あ、あの、春日…、さんですよね?」 「え?…はい?」 私の目の前にいるのはかなり控えめそうな女の子。その手には一枚の紙が握られていた。 その紙を受け取り中を見て顔をしかめる。 今は、5限目が終了した直後。少し震えていたか細い手はこの子が書いたわけじゃないということを教えていた。その子が去った後、その紙をまじまじと眺めながら空のもとへ戻る。 「風?今の子誰?」 「さあ?ただのお使いみたいよ?」 「お使い?」 頭に疑問符を浮かべる空に今さっきあの子からもらった紙を見せる。そこには、犯行声明のように新聞紙の文字が一時ずつ切り取られて張り付けられた文字がつづられていた。御丁寧に…。 [5限目の後、ボイラー室に来い] 「…何これ。犯行声明?行かないよね?」 「行くわよ。売られたケンカは買わなきゃってね?」 ふざけたように笑えば、思いっきり眉間にしわを寄せられた。それに、今度は私が苦笑する。 「なんか、嫌な予感するから、行かないで」 「心配してくれるの?かわいいことしてくれるわね?」 「風!」 「大丈夫、大丈夫。じゃあ、行ってくるわ。たぶん、すぐ戻ってくるから。世渡り上手なこと、しってるでしょ?」 まだ、渋っている空の頭を一撫でしてから、武たちには言わないように口止めして、教室を出た。呼び出された理由なんて、嫌というほどわかってる。でも、引くつもりなんてない。私は間違ったことはしていない。 第一、友達なんだし、隣で歩くぐらいいいじゃない。ふざけた嫉妬もほどほどにしてほしい。この前の、階段のときだってそうだ。劇に選ばれたことに対してはこっちも本当に、不本意なんだから! 私は、少しいらだつ心を押さえようともせずに、ボイラー室に向かった。ボイラー室は2階の一番端。ほとんど人なんて寄りつかないような場所にある。そこに着く頃には、もう休み時間なんて終わるような時間になっていた。 どうせ次は全校集会だから、さぼっても大したことにはならないだろう。、授業よりずっとまし。あ、でも、文化祭のことについてだったら…、まあ、空がちゃんと聞いててくれるわよね。 そっとボイラー室の灰色のドアを押し開ける。鉄のひんやりとした空気が肌をなでる。少し肌寒い。 中の電気はつけられていて、大きな鉄の管が上へ下へとつながっている。確か、これはガスを通す管じゃなかっただろうか。この管を通って、各教室にあるスチームへと熱を送るのだ。 そこを足音をたてないようにそっと進んでいく。なんとなく、平気だという自信はあった。何があっても大丈夫だと。まあ、ただの慢心でしかないんだけど。 「あら、逃げずに来たのね?」 陰から出てきたのは、武たちがお弁当を届けに来てくれたときに、話しかけられた女子3人+よくわからない子2人の計5人。というか、来なかったら、この人ら待ちぼうけ?それは笑えるわね。来なきゃよかったかも。 「一人を呼び出すのにえらく大所帯ね?それで、私早くいかないと空に心配かけるから、さっさとすませてほしいんだけど…」 「用件はわかっているでしょうね?」 何も答えない。一人のたぶんリーダーっぽい子が話し続ける。長い髪は天然なのか意図的になのかは知らないが、巻かれていて、それが上品なお嬢様というのを醸し出しているように感じられた。 「山本君と獄寺君から離れてほしいのよ。アンタが傍にいるのは彼らにとっても迷惑に違いないわ!」 「それに、二人は皆のものなんだよ!」 それはすごく傲慢な考えですこと。心の中で嫌味をいいつつも、さすがに声には出さない。逆上されても困るし。それにしても、一人よがりな考えはほんとうに迷惑だ。彼らだって男だし、恋の一つや二つぐらいするでしょうに。 しかし、彼女たちは私がこんなことを考えているとは知らないで、そのまま言葉をつづけていく。 「あの、伊集院さんも邪魔だわ。従弟だかなんだか知らないけど…。でも、一番邪魔なのはアナタよ。何の繋がりもないくせに、なんで一緒にいるの!?なんで、名前で呼び合っているの!?むかつくのよ!」 彼女は、最後の言葉とともに、近くにあったメーターやらがついている機械に拳を打ちつけた。その音が、室内に反響する。結構響くわね…。 「むかつくといわれても…。今はただの友達だし」 これで同居もしてますなんて言ったら殺されるかも。…ありえそうで笑えない; 「私たちは!本気で彼のことが好きなの!それを、アナタは邪魔してるのよ!」 ただ、カッコいいからなだけでは? 額に浮き出てきた汗を手の甲で拭う。ボイラー室のせいか、少し暑い。 「好き、ねえ…。じゃあ、どこが好きなの?」 「そりゃあ、山本君はスポーツもできて、さわやかで、まさに理想じゃない!」 「獄寺君は、確かにちょっと怖いけど、そこがまたカッコいいんだよねー」 笑顔で語る彼女らに冷ややかな視線を送る。アホみたい。少し、そんなことを考えてしまった自分に心の中で苦笑する。自分もずいぶん腹黒くなったものだと。 「へー、そうなんだ…」 周りから見た彼らって、そんな感じなんだ…。並盛だったらもっとすごかったんだろうなあ。彼らの雄姿をたくさん見られているんだろうし。 中学から一緒の子もいたら、もっと大変だろうね。あ、でも、今は修行とかもしてるんだっけ?あの二人って。 「ちょ!馬鹿にしないでよね!」 いやいや、してないよ。ただ、どうでもいいなあって← 「で、なんだっけ。用件って…」 「そう、アナタに山本君に気がないなら身を引いてほしいのよ」 「身、ねえ」 引くも何も同居しちゃってるから学校で離れてても意味ないと思うんだけどなあ…。というか、そっちのほうが逆に不自然に感じてしまう。第一、気がないってなにさ。気があったらひかなくてもいいの? 何かの機械が作動したのか、シューと音を立てている。それに少し気を取られながらも、どうやってこの場を早く終わらせようかと考えを巡らせた。こういう相手にきっと何を言っても何もならないだろう。 でも、空に心配掛けるわけにもいかないからさっさと終わらせて戻りたいというのが本心だ。やっぱり空の言う通り、来なければよかったかしら? 「そうね、もし、アナタが引く気がないというのなら、次の標的は、伊集院さん、かしら?」 ピクっと反応する体は、その瞬間に得体のしれない黒いものが体の中に渦巻くのを遠くで感じた。キレて得なことなんてないけど…。 「ここで、脅すのね。…あの子は、従弟だから仲がよくても仕方ないと思うけど?」 まあ、そういう“設定”ってだけなんだけど。それに、今空は南先輩と付き合ってるんだから関係ないでしょ。…先輩ファンならわからなくもないけど。そこは上手く先輩が権力振りかざしてなんとかしているはずだし。 「じゃあ、手を引いてくださらない?」 何が、じゃあ、なんだ何が! 「だから…」 少し下げていた視線を上げて彼女たちを見据え、そのまま言葉をつづけようとしたところで、私の視線は少し横にそれた。 「…何?」 彼女たちの質問には答えずにその一点を凝視する。彼女たちの横にあるメーターやらがついている機械。そう、彼女が怒りのままに拳を打ちつけたその機械。そこに書いてあるメーターがさっきまではまったく動いていなかったのに、今は赤いところまで針が触れている。 まわりに視線を走らせれば、やはり、シューという音。そして、最初に比べ、明らかに高くなっている室内。これは…、 そこで、思考を停止させるような、破裂音がボイラー室に反響した。爆竹でもどこかでやっているのではと思わせる破裂音は頭上から聞こえてくる。 その音の方を見れば、天上へとつながっているはずの管が外れている。そして、そこからは、たぶんガスが流れている。 ガスが充満する匂いに、眉をしかめ、手で口を覆う。 彼女たちも怪訝な顔を青くさせ、この様子に呆然としている。再びパンッという軽快な音とともに、どこかの管が外れた。 「逃げよう!早く!先生に知らせなきゃ!」 「あ、まだ話はっ!」 「今、そんな場合じゃないでしょ!ガスが充満しているここで火花でも散った瞬間に爆発かもしれないじゃない!」 サアーっと顔を青くする彼女たちを一瞥してから、少しせき込む。ガスの臭いに目まいがする。気持ち悪い。ガス爆発なんてよく言ったものよ!冗談じゃない! 「は、はやく逃げましょう!」 彼女たちの誰かがそう叫んだのがスタートの合図だったかのように彼女たちは扉に向かって走り出した。私も、その後ろについて行くように走る。 「キャッ!」 小さな悲鳴を上げて、彼女は転んだ。それにも構わずに他のものは走っていく。 「大丈夫!?早くっ!立って!」 あと少しで扉というところで、再び軽快な破壊音が鳴った、と思ったらバチっと言う静電気のような音がした。 あ、やばい。 一気に空気が膨れ上がり…、破裂するかのような、大轟音。まき上がる爆風。体が耐えきれずに、少し浮き、地面にたたきつけられる。ぐるぐると視界が回っていく。 もうどっちが上なのか下なのかもわからない。 |