問答無用の傍

「いやあ、突然呼び出してすまんな」


「いえ、ちょうど良かったです」


「そうか。で、これが日誌だ」


「…日誌?」


差し出された冊子を見てみると、今までの練習記録や欠席者。それに、日記のようにコメントなどが書かれていた。書いた人をみていくと、人の名前はどんどん変わっていき、部員の日もあれば知らない女子の名前などもあった。


「これからはお前の担当だ。次の日の昼休みまでに出せればいい。それと、これが今日の練習メニューだ。相模に渡しとけ」


「はーい」


どうやら、もう用事はないみたいなので、職員室から出た。


さて、戻ろうか、と思いながらも廊下を歩いていると、見知った声と姿が見えた。
どうやら、今から教室に戻るみたい。
追いつこうかどうか迷っていると、いきなり獄寺が振り向いた。それにつられ、空も振り向いた。気配でも感じ取ったのかな?


「あ!風!」


気付かれたので、追いつくように、少し賭け足になって空の隣につく。


「何してたの?」


「刈谷からの呼び出し」


「そういえば、呼び出されてたね。マネージャー」


空と会話をしながら獄寺を盗み見れば、教室を出て行った時のような不機嫌さは無くなっていた。まあ、いつものことながら眉間にしわは寄ってるんだけどね。


「で?そっちは?」


「隼人に、状況聞かれたから説明してた」


「?状況?」


そう聞けば、苦笑しながら、私たちのクラス内位置についてだと言った。そこで、そういえば獄寺にはちゃんと説明してなかったかも知れない、と思いつく。あれ?武には説明したっけ?軽く…、なら説明したけど…。でも、何も言わなかったし、なんか状況わかってくれてるみたいだったんだけどなあ…。


「ねえ、空?武にも言った?」


「?ううん。言ってないよ」


「そっか…」


どうしたの?と聞かれたけど、なんでもないとだけ言って流した。じゃあ、誰に聞いたんだろ…。他に知ってる人って、匠ぐらいしか…。って匠に聞いたのか。


授業開始のチャイムが鳴り、ちょうど教室についた。そういえば、ちゃんと獄寺が授業に出るんだ…。さっすが空。私じゃ絶対に無理ね。


「じゃあ、またあとで」


それだけ言って席につくと同時に先生が入ってきた。先生の合図と同時に号令をかけ、席に着く。と、隣からの視線に気づき、そっちを見れば思いっきり武と目があった。


って、凝視しすぎでしょ。


「何?」


「…いや、教科書ねえんだ。みしてくんね?」


え、ないっけ?忘れた?転校初日に?ま、別にいっか。


「いいわよ」


そう答えると、武が机を寄せてきたので、ちょうど真ん中になるように教科書を開いて置く。


先生の退屈な授業が始まった。この先生が退屈なわけじゃないんだけどね。とりあえず黒板をノートに写していると、またもや視線を感じて、今度は首だけをかしげる。


「大丈夫か?」


小声で聞いてきた武に、すこし吃驚して目を見開いた。何が?と思っていると、それに気付いたのか、さっきのこと、とまた小声で言ってきたので、とりあえず大丈夫と返しながら、さっきのことを思い出す。


実際に慣れてしまうと、ああいうのはかなり気にならなくなる。アレだね。慣れって怖いよね。あ、大丈夫って信用されてないんだっけ?とか頭の隅で思い出したけど、海で言われたことは、すなわち海のことも思い出してしまいそうだったから、すぐにその考えを振り払った。


「なら、いいけど…。無理はすんなよな」


「……うん。ありがとう」


周りに気づかれない程度に、机に置かれていた私の手をポンポンと優しくたたいた武。それが、頭をなでるときと同じしぐさで、少しうれしい、と感じてしまった。


それと同時に自己嫌悪。


心配かけちゃったな、と思いつつ、この授業にもう集中できそうにない、と思いながら、叩かれた手の反対の手で頬杖を突くようにして口元を隠した。


その様子を見てか、喉の奥で武が笑っているのが聞こえたから、睨めば満面の笑みで帰ってきた。まったく…調子が狂っちゃうんだから。


でも、こんな中で、普通に接してくれることがやっぱりうれしくって、緩んでしまう頬を隠すように顔をそむけた。


少し沈んでいた気持ちが浮上したので、机の中にあった教科書を見てしまったのは黙っておく。





***

いきなり立ち上がり、外へと出て行った隼人を追いかける。だって、ほっておけないし。迷わないだろうけど…。


「隼人!待ってってば!」


やっと追いついたのは、誰もいない非常階段だった。ちらりとあたしの方を振り向いただけで、何も言わずに再び外に視線を戻す。まったく…。


「……」


「いきなり、あんな態度取ってくれちゃって。居づらくなるよ?」


「…知るか。俺には関係ねえよ」


懐から煙草を取り出し、それを自然な動作で加えるものだから、そのまま流してしまいそうになったけど、ここ、学校!転校初日に見つかって停学になっても知らないよ!


「そんな、堂々と学校で煙草吸わないでよね…」


「知るか。どうせ、みつかりゃしねえよ」


「そういう問題じゃないからね」


しかし、隼人は気にせずライターで火をつけて、煙草をふかしはじめた。いつもの、隼人の匂いが風に乗って匂う。ああ、この匂いにも慣れちゃった。


「お前ら、いつもあんなんなのか」


しばらくしてから口を開いたかと思えば、あたしの方を見ないまま。それでも、どこか神妙な口調でそう聞いてきた。


「あんなん、って?」


「クラスの奴らに対する態度だよ。とくに春日なんか、笑うことすらしねえ。お前だって、らしくねえし」


「うーん…、あたしはいつもあんなんだよ。風もね。しょうがないよ。学校だもん。前にもいったでしょ?あたしたち、学校じゃあのキャラで通すから」


「…チッ、気に食わねえな」


そういう隼人に、なんだか、少しうれしくなって、思わず笑ってしまった。


「…何笑ってんだよ」


「なんでもなーい!それよりさ、教室戻ろ?」


気にくわないと言った隼人に心の中でお礼をいう。


気にくわない、というのは、あたしたちを、本当のあたしたちを認めてくれているってことだから。ちゃんと、知っていてくれてるってことだから。


少し話をしながらなんとか説得して教室に向かっていると、ふいに、隼人が後ろを振り返った。それに合わせてあたしも振り返るとそこには風がいた。


あたしが名前を呼ぶと、少し駆け足になって近づいてきた。


「何してたの?」


「刈谷からの呼び出し」


「そういえば、呼び出されてたね。マネージャー」


そういえばそんな放送がさっきかかっていたと思い返しながら言う。


「で?そっちは?」


「隼人に、状況聞かれたから説明してた」


「?状況?」


「私たちのクラス内位置について、ね」


苦笑しがちにそういえば、ああ、そっかとうなずいてくれた。それから少し考えるしぐさをするから、何かと思って風を見ていると、風は不意に顔を上げた。


「ねえ、空?武にも言った?」


「?ううん。言ってないよ」


「そっか…」


「どうしたの?」


って聞いたら、なんでもないとだけ返されて、そのときにちょうど教室についたから、風とは別れた。


しばらく授業を受けていたら、横からなんか視線を感じてちらっとそっちを見ると、思いっきり隼人と目があった。何?という意味を込めて首をかしげると、ふいっと逸らされる。


「…何?」


「なんでもねえ」


「…気になるじゃん」


しかし、そのあとも隼人はそのことについて触れようとはしなかった。本当になんだったんだろう。


「無表情のお前何てキモチワリイ…」


ぼそっとそういった隼人の言葉は、たぶん隣のあたしに聞こえるか聞こえないかぐらいの言葉で、あたしはそれをしっかりと聞き取った。


驚いて隼人の方を見ると、そっぽを向いていて表情は見えなかった。でも、なんとなく、ツンデレな隼人のことだから、照れてるんじゃないかなあ、って思って思わず忍び笑いをもらしてしまった。


思いっきり隼人に睨まれたけど…;


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あきゅろす。
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