雨乞いに響け奏でろ

夕方、まだ日も沈みきっていない街中を喧騒の中心部へ向かうようにして歩く。


今、歩いている俺の隣には、浴衣を着た空と、普段着で煙草を吸っている獄寺しかいない。風は、発表場所へと先に向かってしまった。そして、俺達は、時間的にもうすぐ風の発表だからそこへ3人で向かっている。


「楽しみだねー。たけちゃんも発表すればよかったのに」


「ケッ、野球バカには無理だろ」


「なんで、そんなこというかなあ。隼人は。風はたけちゃんすごく上手だったって言ってたのに」


「フン」


今日は、どことなく獄寺がおとなしいのは、気のせいか?俺にも突っかかってこないし。空との口げんかもヒートアップしない。


「あ!あそこじゃない?太鼓出してある!」


「お!ほんとだな!」


見えたのは、広い公園で、台の上で横になっている太鼓を中心に松明が半径4メートルほどの円を作りだしていた。


周りに人だかりができる中、そちらに近づいていくと、そこからちょっと離れたところの木の下に風がいるのを見つけた。浴衣の袖をたすきがけしていて、祭りっぽい雰囲気が出ている。


「風いたぜ?」


「え、本当!?あ!風ー!」


「あ!空!武に、獄寺も!来てくれたんだ!今、ちょっと押しててね、しっちゃんと連絡が取れなくて…」


と、その時、風の手に持っていた携帯が振動した。


「あ、もしもし?しっちゃん?今どこ?―――、は?渋滞?うっそ…。もう時間だよ?」


「変わりなさい」


佳南さんが来て、風と電話を変わった。その表情は真剣で、風は心配そうにその横顔を見つめている。


「わかったわ。後はなんとかするから、なるべく早く、ね」


電話を切った佳南さんは、しばらく考え込んだ後、俺達がいるのに気付いたのか、はっとして顔を上げた。そして、なぜか俺を凝視してくる。


え、なんすか?


「ねえ、武君。きみ、まだ『響き』覚えてる?」


「なっ!佳南さん!?そんな無茶な!だって、武はまだ一回しかっ!」


「しょうがないでしょ。もう、藁(わら)にでもすがる思いなのよ」


佳南さんの目がずっと俺に注がれている。風はそんな俺達を心配そうに見ていた。


「大丈夫っすよ。俺、できます」


「よしっ!じゃあ、やるわよ!風!武君にリズム教えてあげて。衣装は…、ハッピでいいわ」


「はい!武こっちに来て。空、じゃあごめんねまたあとで」


「うん。頑張れ!」


空は獄寺を引っ張って、円の人だかりの中へと混じっていった。その間に、オレは、流れを説明してもらい、リズムを頭の中に叩き込ませる。


「もし、忘れたら、私と同じリズムたたいてくれたら、私が変わるから!ね?」


「ああ!ありがとな」


「こっちこそ。頑張ろうね!」


風がそう言ったのと同時に、スピーカーからはじまりの合図が出された。


「行くわよ」


「「はい!」」


笛が鳴り、人のざわめきが消える。静まり返った場所に、笛の音だけが響き渡った。太陽は沈み、あたりは暗く、松明の炎がその場だけを照らし出し、風に揺れる。


太鼓の前につけば、笛の音はやみ、あたりは静まり返る。


風が構えをとる。それに合わせて、俺も構える。


「響け賛頌、叫べ闇夜、帳の夜にい出て参上!」


「『響き』」


そして、演奏が始まった。心臓にじかに響いてくるような音。静まる当たりに響き渡る。それは、この夜の帳を切り裂くように、大きく、小さく、あの、練習のときとはまた違った雰囲気。


風と目が合って、誰にもわからないように小さく笑いあった。


たたき終われば、心地よい高揚感と達成感。そして、わき上がる拍手に、無言のまま一礼してさっきの場所に静かに戻る。


その間に、手伝いの人が太鼓を台からおろす。


「風ちゃん!」


「しっちゃん!よかった!間に合ったわね!」


「ええ!大丈夫だった?」


「大丈夫よ。武がやってくれたから」


「ああ、この前の。ありがとう。あとはわたしがやるわ」


「じゃあ、武。空たちと一緒に見ててね!」


「おう!頑張れよ!」


すぐに、着替えたしっちゃんと一緒に再び出向く。武は、人ごみの中へと消えて行った。


「椎名!よかった。間に合ったのね!」


「佳南さん!迷惑かけました」


「次、『奏で』よ。いけるわね?」


「はい!」


私たちは、再び松明の円の中へと戻っていった。


太鼓がなり、笛を吹く。太鼓と笛と、カネがなり、はやし立てる。


終わったと同時に拍手があたりを包んだ。


「「「「ありがとうございました!」」」」





「ふう〜、やっと終わったね」


「風!よかったよ〜」


「空!ありがとう!」


合流した私たちは、佳南さんたちとここで別れ、祭りの喧騒の中へと向かった。


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