「午前中は、等級に分けての練習を行う。空は、南と交代しながら獄寺の相手をしてもらうからそのつもりでな」 「なっ……」 「はい!」 「……わかりました」 合宿所について直ぐ、着替えを済ませたあたしたちは、道場に集合して師範から練習メニューを聞いていた。 ちなみに等級が一番高いのは、お馴染みの南先輩と、もう一つ年上で高校卒業しちゃってる木城(きじょう)先輩。次いであたしと美帆(みほ)ちゃん。その下は三段階に別れていて、各五人ずつに部類されてる。 その中でも女の子は、あたしと美帆ちゃんの二人だけ。しかも美帆ちゃんて中学生だしね。男の子だらけの空手道だけど、学校の部活なんかよりずっと楽しい。 だって、陰湿な…、卑怯な人はいないもん。皆が実力を出し合ってぶつかり合って、本当に認め合える仲間がここにはたくさんいるんだ。 理事長の娘だからって、そんなことを言う人はいないから。 「ねぇ空ちゃん」 「え、あっはい!」 思考の深みにはまっていていきなり話しかけられたことに吃驚しながら、声の主に顔を向ければ、どうしたのと笑っている南先輩がいて、慌てて何でもないと両手を振った。 「で、獄寺君て実は何してる人?」 「へ……?」 「へ、じゃなくて。彼、普通じゃないでしょ?どう見たって──」 師範に抗議してる隼人をチラリと見やってからあたしに視線を戻す先輩に、サアッと血の気が引いていくような感じがした。そういえば南先輩って、一回隼人と一本勝負したことあったっけ…。 マフィアだってバレたらどうしよー! 「や、やだなあ。先輩ってば何言っちゃってるんですかー?隼人はただの短気でバカの不良ですよー」 「オイこら空!聞こえてんぞ!今何つった?!」 「げ、……まあ、とにかく隼人は普通の人よりちょっと経験豊富みたいなー、感じですね、ははっ…」 「ふーん、経験豊富ねー」 納得していないらしい南先輩だけど、一応はもう深追いしようとしてこないみたいだから大丈夫だろう、多分。 あたしは、隼人の方にいって基礎的な動きから嫌がる彼に無理矢理というか、強制的に教えることにした。 その時感じていた視線が隼人とぶつかっていたことも知らずに──。 *** 「隼人!聞いてるのっ!?」 「あ?あー聞いてる聞いてる」 「嘘つく、なっ!?」 さっきから人が説明してんのに、明後日の方向向いて何か考え事してるみたいな隼人にカチンときたあたしは、不意打ちで蹴りを入れようとした足を教えたとおりに受け流されて、ぐるっと視界が反転したかと思ったらしりもちをついていた。 「い、痛ーいっ」 「だから聞いてるっつっただろーが」 しりもちをついたあたしの腕をグイッと引っ張り上げた隼人は、あたしの頭にポンッと手を置くと真面目な顔をした。やだ何か怒らせたかな? 「……煙草吸ってくる」 「は──?」 何を言われるのかと思ったら、煙草吸ってくるだー!?練習中に、増してや教えてもらってる立場でなんてこと言うんだ!隼人の奴! 「は、じゃねぇよ。何時間ぶっ通しでやるつもりだ!だんだん動きが鈍ってきてんだろーが。女のくせに身体酷使してんじゃねぇよ」 あたしが怒りを露わにする前に、隼人が指摘したいくつかの点を振り返ってみれば確かに思い当たる節があって、ハッと気がついて隼人を見上げればそっぽを向いて煙草をくわえていた。 「え…、じゃあさっきから話聞いてなかったのって、……あたしの心配──?」 あたしが半信半疑でそう問いかけてみれば、一瞬だけ間があいて、直ぐにいつもの隼人の照れ隠しがでた。 「だから聞いてたっつってんだろ!俺は煙草吸いたいだけなんだよ!勘違いしてんなアホ女」 そのままあたしの質問を完全否定して道場から出て行く隼人の背中に、小さくお礼を言ってあたしも休憩に入る。 隼人は優しいけど照れ屋だからね、表現がわかりにくいけどあたしにはちゃんと伝わったよ。 まあ、煙草が吸いたかったのもあるんだろうけど、気遣ってくれてありがとう──。 (空さん!休憩終わったら相手してくださーい!) (はいはーい、美帆ちゃんもちゃんと休みなよー) (はーい!) |