「今日は、2時間、大人にまじって練習して、そのあと子供たちとやるから」 行きのバスの中、なんとか座れた座席で、隣に座っている武に今日の予定を伝えておく。 「?一緒にやるんじゃねえのか?」 「うん。大人と子供で別れてて、私はどっちも顔出してる。ちゃんと入ってるのは大人のほうだよ。子供のほうは、なんとなく小6まで、だから」 「へえー」 「で、今度夏祭りがあってね。大人の方に発表の依頼がはいったから、それの練習をするの。子供の方はついでだから顔出すだけ」 結構本格的にやってきているし、人数も増えてきているから、楽しくなってきてはいる。 「楽しみだな!」 「うん。武は質問攻めにあうかもね…」 そうこうしているうちにつき、私たちは練習場へと向かった。 ついた場所は、線路が近くにある木造の、それでも綺麗な場所だ。原っぱがあり、そこでは休日によくゲートボールをしているお年寄りがたくさんくる。 ほかには、ピクニックや小さな子供と遊ぶにはちょうどいい場所だろう。 その原っぱから見える割と大きな、横長の建物。その中に今日練習する場所がある。 その建物の前には水が張っていて、そこに橋がかけられ、あっち側に行ける仕組みだ。 たまにだけど、その水がないときもある。 夏には子供たちと水遊びを興じたりもした。まあ、びしょぬれになって怒られるのが落ちだったけど…。 武と一緒に中に入っていくと、すでに太鼓の音が聞こえてきた。時計を見れば、確かにもう練習開始時間は過ぎていた。 「お、やってるな!」 「うん。ちょっと遅れちゃったね」 そのまま、オープンスペースを通ってどんどん奥へ進んでいく。オープンスペースは外の景色が見えるように、文字どうりオープン状態になっていて、階段とともに椅子も設置されている。 そのまま、ドアをくぐって中に入れば、ホールとなっていて、さらに太鼓の音が大きくなった。ついでに、楽器の音も。 薄暗い中で、椅子を並べてそこに座り、各々の楽器を指揮に合わせて鳴らしているのは、まったく知らない人たちだ。 ここでは、AスタジオからGスタジオまであって、そのひとつひとつでならせる楽器が違う。 このホールは団体での練習用だ。ついでに、私たちが練習しているところには太鼓もちゃんと置いてあって全身鏡まである。狭いけど…。 「私たちは、Aスタジオ。ここよ」 邪魔にならないように、静かに歩きながら扉に大きくAと書かれたドアを前に少し武を見る。 ドアにある丸い窓からは、中で太鼓をたたいている人たちが見える。たちといっても、4人ほどだけど。中に入れば、いっきに注目された。 「こんにちわー。今日、一人見学してもいい?体験もできたら嬉しいけど…」 「ああ、いいわよー。…って、えっ!?男!?風の彼氏!?」 中に入りながら、一応リーダー的な人、佳南さんに言うと、太鼓をたたいたまま返事をした。でも、武が入ってくるのをみると、目を丸くして私に詰め寄ってくる。 「どういうこと!?私、彼氏ができたなんて聞いてなかったわよ!」 「誰が、いつ彼氏だっていったのよ。それに、佳南さんに知らせる義理は無いんですけど」 「まあ、義理ならあるわよ。誰があんたを育てたと思ってるのよ」 「あー、はいはい。佳南さん以外の誰かだと思ってますよ」 「もお、かわいくないわね。ああ、ごめんなさいね。お名前は?」 佳南さんは年齢の割に子供っぽい。というか、まあふざけているだけなんだけど…。 「あ、山本武っす。えっと、風とは…」 「まっ!呼び捨てする仲なのね」 「佳南さん、最後まで聞こうよ…。武は、空の従弟です。で、太鼓に興味があるらしいので連れてきたの」 「よろしくお願いします」 「あら〜、礼儀正しいのね。いいわよ。全然OK!じゃあ、その辺に座っててね。さあ、みんな。もうすぐ発表なんだから練習再開するわよ!」 って、練習止めてたのは佳南さんじゃん…。 「じゃあ、その、壁際に座ってて」 「おう」 私は、準備して、太鼓の前につく。まずは基本から。 太鼓の自分にとっては聞きなれた音が太鼓をたたくたびに空気を振動させて耳に伝わってくる。いや、太鼓は、体全体に伝わってくるといった方がいいかもしれない。 「じゃあ、次。発表は前にも言った通り、広場で10分間の演奏でやるわ。そのときは、『響き』と、『奏で』をやる」 佳南さんが言った『響き』というのは、一つの太鼓を横にしてそれようの台にのせ、二人で立って両側から違うリズムをたたくというやつ。 『奏で』は太鼓を台の上に斜めにおいて、膝たちのような形でたたいて行く奴。 ついでに、私は発表で『響き』は太鼓を、『奏で』では笛をやる。 「じゃあ、まずは、『奏で』から。風はこのとき、地打ちよね?」 「うん」 地打ちって言うのは、だいたい同じリズムをずっとたたいている奴だ。 「はい。じゃあ配置について!」 太鼓を上げて、台に乗せ、『響き』の形態をつくる。 地打ちだけど、これは好きだ。楽しい。『響き』では、地打ちだけど、ずっと同じリズムでたたくわけじゃないし、相手とのコラボみたいな感じだから、好きだ。 私の向かい側でたたいているのは、もう成人している椎名ちゃんこと、しっちゃん。 一通り、たたき終わってから、少し佳南さんに直してもらって、それに注意しながらやって、とりあえず『響き』は終わった。 そして、休憩。 「すごいのな!」 「ありがと。武もたたいてみる?太鼓、横になってるけど」 「いいのか?」 「うん。見てるだけじゃつまらないでしょ?どうせ、いま休憩だし。バチは私の貸してあげる」 「おう!ありがとな」 太鼓の前についた武は、少し悩んだ後にこう切り出した。 「なあ、風。さっきの奴たたいてくれね?」 「さっきの?『響き』?」 「そう、それ」 「いいけど…」 私は、構えてから掛け声をかけてたたき始めた。 それに合わせて、ぴったり『響き』のリズムで入ってくる。な、なんで!?一回聞いただけでできるほど簡単なものじゃないんだけど…。さすが運動神経bP。って、それは関係ないのかな。でも、楽しいっ! 打ち終わってから、少し上がった息を整える。 「武、すごい!なんで一回聞いただけで?あっちにも同じのあったとか?」 「いや、初めて聞いた奴だぜ。でも、やっぱ難しいのな!」 いやいやいやいや。初めてでこれだけできたら難しいって言わないから…。なんか、悔しいね。私、ちゃんとできるようになるのに2か月ぐらいかかったのに…。しっちゃんでさえ、結構大変そうだったのに。 「まあ!武君うまいのね!ぜひ、チームに入ってほしいわ!男手もほしかったところだし!」 途中から聞いていた佳南さんは、武の手を取って攻め寄った。武が、若干引いてる…。 「はいはい。勧誘してないで…。次、『奏で』するんでしょ?」 「あら。休憩しなくて大丈夫なの?」 「笛だからまだ平気」 「わかったわ。じゃあ、皆。はじめるわよ!」 「風、笛もできるのか?」 「うん。必死で練習したからね」 「ハハハ」 「ま、聞いててよ。終わったら酸欠でしばらくしゃべれないけど」 「ハハハ、おう」 「ほら、イチャついてないで」 「イチャっ!?もう、からかわないでよ…」 少し、熱くなる顔を見られないように武から顔をそむけて、佳南さんに悪態をつく。豪快に笑われて終わったけど。 この曲、『奏で』は『響き』と違って結構短い曲だ。だからこそ、私でも笛ができる。というか、息が続く。 激しい旋律、緩やかな旋律。何も考えずに太鼓のリズムだけを聞く。 終わりと同時に、武から拍手が送られた。 「ありがとうございました!」 佳南さんの声に合わせて武の方にお辞儀する。あ、やばい。頭くらくらする…。あー、ダメだ。気持ち悪。 「おい、風大丈夫か?」 「あー、無理。酸素、足りない…。血が回らない…」 ほぼ片言でしかしゃべれない。腕で目を隠して床に倒れこむ。しばらくはこの状態から治らないからこそ大変だ。そこまで肺活量がないから、どんどん酸素が足りなくなっていくんだ。 「この調子なら、大丈夫ね!風は、本番までにちゃんと毎日一回はふくこと!いいわね」 「佳南さんの鬼…。ちゃんと、やりますよ…」 「じゃあ、アンタの練習は終わり。どうせこのあとの子供の方も顔出すんでしょ?それまで休んでなさい。武君。風をよろしくね」 「はい。風、行こうぜ」 「うん。お疲れ様〜」 まだ、くらくらする頭を押さえながら、武に外に連れ出してもらう。 「本当に、大丈夫か?」 「んー、しばらくすれば…」 オープンスペースにある階段状の椅子に寝転がる。影になっていて、風も吹いてくるため夏の暑さがあまり気にならない。 心地よい暑さにまどろみ始める目。 「寝るか?」 「んー」 「膝枕するか?」 「んー…って、は!?」 「ほら」 そう言って、武は、自分の膝を両手で軽くたたいた。ノリで返事してしまったとはいえ、さすがにそれは…//というか、武は恥ずかしくないの!? 「早くしろよ」 これも、天然かな…。しかも、結構強引な…。そのまま、腕ごと体をずらされ、頭を押されれば膝枕の完成。武の体温をじかに感じて…やばい。酸欠どころじゃない。心臓バクバクいってる。 「た、武!?」 「ん?なんだ?」 いや、なんだじゃなくて…。もう、いいや。こっちの方が楽なのは確かだし。…周りから見たら付き合ってるように見えるのか、な。 「ううん。なんでも。でも、寝ていいの?足しびれない?」 「平気だぜ」 さわやかな笑みを浮かべた後に、そっと髪をなでてくる。その手つきが気持ちいいのと、涼しい風、酸欠ということが重なってまた眠くなってきた。 武のこの行動は、確信犯か、なんなのか…。武の前だと、ほかの人より無防備になってしまうからちょっと焦る。空は別だけど。 涼しい風がほほをなでていく中、武の体温に安心して私は穏やかな昼寝に突入した。 |