当事者の負け

空ちゃんが更衣室に行くのを見送ってから、もう一度従弟とかいう彼に目を向けた。彼は、俺のほうをずっとにらんでいる。


「ねえ、名前は?」


「……名前を聞くなら、まずはてめえから名乗れ」


「そうだったね。ごめん。俺は相模 南。ついでに高3だよ」


「……獄寺 隼人」


ぶっきらぼうに答えた彼は、少し目線を逸らした。ずいぶん、嫌われてるなあ。やっぱり、バイトの時の態度が原因かな?


それにしても、空ちゃんの従弟、ね。見た目的にはただの不良にしか見えないけど…。


チラっとだけ師範のほうを見てみる。この師範は、そう簡単に見学や入門を許したりしない。許すとすればやる気があるか、何かを持っているか、のみだ。そして、彼にやる気があるようには見えない。


「つまり後者、か」


となれば、強いか何か才能が眠っているか。もう空手をやっているかのどれかだろうけど…。


「師範。彼と手合わせをしてみたいのですが」


「は?」


そう返してきたのは、俺が話しかけた師範ではなく獄寺君だった。


「うーん。手合わせね。まあ、いいんじゃないか。やってみれば」


「ありがとうございます」


「は?おい、ちょっと待て!俺は空手なんかやった事ねえからルールなんて知らねえぞ!」


空手をやったことがないなら、何か素質があると師範が見抜いたんだろう…。


「そうだな。じゃあ、ちょっとルールを変更しようか。空手にのっとれば南が勝つのは目に見えている」


師範はあごに手を当てて考え始めた。まわりの生徒はこの出来事に興味を示し始めたようで視線を向けている。


「よし。では、獄寺君は、自分の体術一つで彼に膝をつかせる、または転ばせたら勝ち。南も同様」


「…、じゃあルールは気にしなくていいんだな」


「そういうことだ。つまり、南は寸止めする必要ないってことになるな」


「わかりました」


「よし、じゃあ、誰か彼に胴衣持ってきて」


獄寺君が胴衣を着てから、ほかの人は見学ということになり、俺たち2人が真ん中で向き合った。空ちゃんがこれを見たら怒るかな。


彼から少し放たれている、ピリピリとしたものは、殺気というのかもしれない。


「始め!!」


師範の合図により、構えをとる。あっちは、構えることもしないけど、隙がない。


「先に、行くよ」


動き出したのは俺のほう。


寸止めをする空手方式がここでは教えられているけど、今回は寸止めをしなくていいということで、少し、興奮してくるのはきっと気のせいじゃないだろう。


蹴りを入れ、それを受け止められ、反撃され、と激しい攻防戦を繰り広げていく。どちらも、相手の攻撃を受け流していく。


獄寺君は空手をやったことはなくても、喧嘩は強いのだろう。俊敏な動きに、短気そうな彼だけど、意外とはめ技を使ってくる。短気のくせに頭脳派ってわけね。


「……くっ!」


「チッ…」


彼の蹴りを受け止め、よろめきながらも、動きを止めることはしない。止めた瞬間に彼の攻撃が繰り出されてくるだろう。止まった瞬間にこのゲームは終わりだ。


それでも、楽しいと感じる。久しぶりに感じる、足や手へと直接的な痛み。


自分の出した攻撃に即座に反応して返してくる彼に自然と口元が上がるのを感じた。


「…っ!何…、笑ってやがる…」


「…なんでもない、よ!」


言葉とともに、蹴りを繰り出せば、それはかわされた。


今まで戦った強い相手といっても、所詮やることは組手で寸止めだ。彼とのこの勝負、本能がうずくと言ったほうが正しいのかもしれない。


視界の端で、空ちゃんが師範と何かを話しているのが見えた。でも、それは、獄寺君が繰り出してくる拳によって、頭の隅に追いやった。




***

更衣室で着替えてから戻ってみると、そこではなぜかみんなが壁際に座っていて、注がれる視線の先には南先輩と隼人がいた。


「な、なんで?」


「ああ、南が戦ってみたいっていってね。ルールは、相手に膝をつけさせれば勝ち」


「そんなっ!隼人は、空手なんて!」


「そうだ。でも、彼は自己流で空手に対応している。…面白いだろう?」


この人という人は…。面白くなんてない。せっかく、マフィアから離れた生活をしていたのに、これじゃあ休憩にもならないじゃん。しかも、相手が先輩って…。


「止めたいか?」


「…はい」


「なら、止めてみろ」


師範は挑戦的に笑った。視線を戦っている2人に向けると、少し会話をしながら戦っている。隼人も、先輩の攻撃を受け流しては蹴りをいれたりと攻撃を繰り出している。


「はい!」


2人にゆっくり近づいて、目だけで二人の動きを追う。どうやって止めようかと考えながらも、深呼吸をひとつ。


よしっ、いける!


隼人が先輩に殴りかかり、先輩がよけて体制を崩したところに、あたしが足をかけて少し体を押す。すると、勢いに任せて先輩は尻もちをついた。まずは一人。


次の攻撃に出ようとして、また拳を前に突き出してきた隼人の攻撃を右手でいなして、足を引っ掛けると、左腕で隼人の鎖骨あたりを押した。


「おわっ!」


「ふぅ〜。師範!終了しました!」


「はい。じゃあ、勝者は空!」


「って、お前っ!あぶねえだろうが!仮にも、女なんだぞ!」


「仮にもって、何よ!仮にもって!ちゃんとした女なんだけど!」


「でも、感心しないね。本当に、怪我したらどうするの?…師範も、師範ですよ。空ちゃんに止めさせるなんて…」


「ハッハッハ、手っ取り早く実力が知れるには実戦が一番だからな。それにしても、君も強いな。…気に入った」


「フン、当りめーだろ!俺はマ―――モガッ」


「はい、そこまでー!!」


隼人が、マフィアと言おうとした寸でのところでなんとか、口をふさいだ。


「何しやがんだ!」


「隼人が、アホなこと言うから!」


「ああ?んだとっ!」


「はいはい。痴話げんかはそれぐらいにしろ」


「「痴話げんかじゃない/ねー!」』


「おお、息ぴったり」


師範は、そう言って、また豪快に笑った。


「ほら、師範。さっさと始めますよ。空ちゃん、こっち。一緒にやろう?」


「はいっ!!」


やった!先輩からの誘いだ!


あたしは、隼人に大人しく見学してるように言った後に、先輩のほうへと向かった。


そのあとは、先輩と組手をしたりといろいろとできて、もう、すっごいうれしい!!


まあ、隼人はなんかすごいこっち睨んでたんだけどね。でも、先輩とたくさん話せたから別にいいや!


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